第7話 暴走モード突入

『なんかブツブツ言ってるっすよ!?この子怖いっす!!』

 

 聖剣がミサキの変貌に恐怖するのはどうでもいいが、こうなったミサキは兎に角大変だ。

 うまく言いくるめることが出来るだろうか……。

 

 まず、否定から入ってもムダだ。完全にそうだと思い込んでいる。

 自分の妄想と現実の境をうまく見出せない状況だ。俺は暴走モードと勝手に名付けているが、今のミサキはまさしく狂戦士。錯乱状態と言っても間違いではない。

 

 ミサキの勘違いであって、魔王の幹部なんていない。現実はそうなのだが、ミサキからすればそれは事実と異なる。

 もしそんな事を言ったらどうなるか、まず魔王の幹部と手を組んで自分を騙そうとしている、なんて勘違いが始まる。

 それが何を意味するか。

 言うまでもなく俺が完膚無きまでにやられる。前に強盗犯を捕まえて暴走モードが発動した時は、魔王に操られていると勘違いして催眠をかけ、強盗犯をいい奴に変えてしまった。

 俺が後から魔王には操られてない、元から悪人なんだと諭したら、何を思ったのか俺が魔王に操られているんじゃないかと疑いだして、俺にまで催眠を掛けてきたのだ。

「元の優しいルーくんに戻って!!」と、かけたのが元に戻す催眠だったので事なきを得た。とりあえず元から元通りだった俺は催眠がかかったフリをして何とかやり過ごしたが、あれで更に否定していたら別の何かをされていただろう。

 

 兎に角、暴走モードのミサキを諭す事に関して俺はすでに両手を挙げている。

 無理ですから。

 

『幹部は何処?って連呼してるっすよ!?

 早くなんとかしてくれっす!怖いっすよぉ〜!!』

 

 幹部は何処にいるんだろうな?

 そういえば、お前がなんとか出来ないのか?聖剣だよね?

 

『無理でしょ!?』

  

 もっとちゃんと考えてから答えてくれよ。聖剣の力で殺気を抑え込むとか、何かないのか?

 

『そんな力無いっす!!』

 

 使えねぇなぁ……。

 まぁいいや。とりあえず方法はいくつか思いついてるから、なんとか収めてみようじゃないか。

 

『頼むっす!頑張るっすよ!!』

 

 使えない聖剣は置いといて、俺はやっとの事でたどり着いたテイでミサキの元へと走り始めた。

 

「ミサキ〜!!」

 

 わざとらしく息を切らせて走る。演出もちゃんとしとかないとな……。

 

「ルーくん遅いよ!!大変なんだよ!?

 魔王の幹部がこの人を罠にはめたみたいなのよ!!」

 

 うん、情報を元に推測した通りの勘違いだ。罠にかかったお馬鹿な男も何が何だかわからない様子で戸惑っている。

 というより、いきなり周囲の木を薙ぎ払ったミサキに対して恐怖しているのかもしれない。

 

「なんだって!?だが、特にそんな気配は感じなかったぞ!!」

 

 否定せず、肯定もしない。まずはミサキの出方を伺う。

 

「そうなのよ、全然気配を感じないわ。

 かなりのやり手かもしれないから気をつけて。私は出来る限り二人を守り抜くから!

 この聖剣に賭けて!!」


 あ〜。これ、やっぱり聖剣持った事で気負い過ぎてんだ。とりあえず、まずはこっちの罠にかかった男の人を助けるか。

 ミサキには少し大人しくしといてもらおう。


「成る程、敵はミサキの接近を察知して逆方向へ距離をとったのかもしれないな。

 ミサキも俺も敵の位置を把握できないほどの距離。もし相手の索敵能力が高ければ、俺たちの索敵範囲外から隙を伺っているのかも知れないぞ。」

 

「成る程。じゃあ少し先を見てくるわ!

 二人はここで待ってて!!」

 

 ミサキは地面を強く踏みつけて跳躍し、木の枝を飛び移りながら来た方向とは真逆に向かって行った。

 とりあえず、これで時間は稼げるな。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、足をやられました……。」

 

 三十代半ば程と思われる男性はそう言って右足を抑える。その抑えた場所を確認すると、膝から下が黒く焼け焦げている。

 地面に火属性の魔法陣が描かれているところを見ると、炎系のトラップが発動した可能性が高い。

 あたりに燃え広がっていないところを見ると、一点集中型の爆発系トラップだろうか?

 

 しかし、思ったより傷がひどい。切り倒されて横になった木の幹に大きな張り紙。『罠注意、近寄るなかれ。』

 ここまで書かれて罠にかかったこの人の自業自得ではあるが、ヒーラーである以上そんな事は言ってられないな。

 

「今すぐ完全には治せないかも知れませんが、じっとしていてください。

 《ツヴァイ=キュアー》!」

 

 通常のキュアーでは回復量が乏しいだろう。一段階効果の高いツヴァイ系を使用する。その上にはドライ系、最上位のアハト系が存在するが、俺はまだ一部のドライ系を使えるまででアハト系は習得していない。

 ドライ=キュアーを使えばこの程度一発で治せるだろうが、俺も魔力を温存しておきたい。

 自業自得の部分を差し引いて、後できちんと治療をすれば治せる程度でも十分だろう。

 

 見捨てるつもりはないが、俺は自らを犠牲にしてまでも他人を救うなんて度量はない。

 

「貴方はなんでこんな所に?」

 

 回復魔法をかけながら男性に問う。そもそも街道から外れて密林を歩く事自体が間違っている。

 

「恥ずかしながら、これを探してました。」

 

 男性はポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出して俺に見せた。

 それを見て納得する。そこには真ん中に花の絵が大きく描かれており、下には報奨金額が載っていた。

 それは冒険者ギルドで受注できるクエストの張り紙であった。内容は花の採取で、たしかにこの密林に生えている花だった。

 

 ドライアド、木の精と同じ名前で呼ばれるそれは月光花だ。しかし、この人は最も重要な花の詳しい情報を仕入れていない様だ。

 ドライアドは確かにこの密林に咲く花だが、それは満月の前後二日間程度の短い期間にしか咲かない。

 

 先週満月を迎えたため、次に採取できるのは数週間先である。年は俺より大分上だと思うが、まさか駆け出しの冒険者なのだろうか?


「失礼ですが、冒険はお一人で?」

「はい、最近なったばかりなもので。」


 学校へ行かなくても冒険者にはなれる。有名な冒険者には学校など行かずに名を上げた者も大勢いるが、それはやはり才能があったからだ。

 生きる才能、戦いの才能、サポートの才能など様々だろうが、全ての人間がそんな風にはなれない。

 

 なので最低限の準備は必要だ。例えば下調べ、道具の調達、仲間集め。やるべき事も多様にあるが、それらを怠る事はクエストの失敗、または死を意味する。

 この人は少なくとも下調べや仲間集めと言った準備を怠ったようだ。


「その花は、次の満月まで当分採取はできませんよ?」

 

「えっ!!そうなんですか!?」

 

 男性は肩を落として残念がった。まぁ探しても見つからない花を探して、挙句罠にかかって怪我まですればそうなるわな。

 しかし、俺がこれを教えていなかったら更に無駄な時間を過ごしていた事だろう。

 

「満月の前後二日を探してみてください。できれば今度は二人以上での探索をお勧めします。

 ここは街道から外れると魔物も多いですから。

 ……よし。これで歩けますかね?」

 

「ありがとうございます!」

 

 一回分の魔法である程度回復した足を確認し、男性へ声をかける。男性もぺこぺこと頭を下げて、治った足で足踏みしながら問題なく歩けると言ってくれた。

 腰の低い人だな。悪く言えば覇気がない。悪い人ではなさそうだけどな。

 

「そう言えば、先ほどの女性は何があったんでしょうか?とんでもなく強そうでしたが、何やら叫んでおられましたけど……。」

 

 足が治って一旦落ち着いたのか、男性はミサキへの疑問を抱いたようだ。あまり詮索しないで貰いたいし、ミサキを鎮めるためにもここはお帰り頂くとしよう。

 

「彼女は少し変わってますが、とても強くて頼りになる人ですよ。今は先ほど誤って食べてしまったバーサークキノコで錯乱しているんです。

 僕はこれから彼女を治療します。貴方は、危ないですから早く逃げてください。」

 

「バーサークキノコ!?気をつけて下さいね!!

 私は隣町のペステカに住むタムザムと言います。このご恩は忘れません、どうかご無理をなさらないでください。」 


「僕はルーイです。タムザムさんも、罠にかからないように街道を行ってくださいね。」

 

 腰の低い男性はぺこぺこと頭を下げ、手を振って去っていった。ちなみに、バーサークキノコとはその名の通り食べるとバーサーク状態になる。いわゆる凶暴化だ。

 バーサクキノコなんて物は食べてはいないが、実質暴走モードのミサキは似たような状態だ。

 ある意味間違ってはいない。薬や魔法で治療できない分、もっとタチが悪いかもしれないけどな。

 

 さて、これで邪魔者も居なくなったことだし、ミサキを通常モードに戻すとしようか。

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