終章

終章

次の日、蘭のもとに別の人からメッセージが来た。

其れは、友達申請をしてきた、もう一人の人、時田さんという人であった。その人は、自己紹介欄に、「生きるに値しない人です」と書いてあって、明らかに変な人だなと思われた。蘭はたまに彫った人の

希望があれば、彫った物を自身のSNSに記載する事をやっていた。勿論、彫った人の許可を得ればの話だが。蘭としても、自身の仕事場の宣伝にもなるので、最近はSNSを積極的に活用するようになっている。

その日も、蘭は、ある女性の背中に、フクシアの花を彫って、彼女の希望で、自身のSNSに彼女の写真を掲載することにした。彫ったばかりの背中を蘭に撮って貰って、彼女はとても嬉しそうだった。これでやっと、父から殴られた後を、消すことができたという事で。

写真を、スマートフォンで撮影し、蘭はそれをSNSにアップロードした。彼女はそれを見て心から喜び、これで新しい自分になれますと言って、丁重に礼を言い、料金を払って、手早く洋服を着て、自宅にもどっていった。もう、泣かないで元気でやってくれよと励ましながら、蘭は、彼女を見送った。

彼女の姿がみえなくなって、蘭は、仕事場に戻った。スマートフォンを見ると、明かりがついている。何だろうと思ったら、先ほどの、女性の写真にコメントがはいっていたのだ。それが初めての、時田さんという人からのメッセージであった。

「素敵ですね。すごい綺麗です。日本の伝統的な彫かたは、、やっぱり違いますな。」

と、メッセージには書いてある。

蘭は、こう返信した。

「ああ、ありがとうございます。もしかしたら、和彫りに興味が有るんですか?」

すると、相手も丁度オンラインだったらしい。すぐに返信があった。

「ええ、まあ。でも、こんなのが刺青何かしたら、それでは例えやっていないとしても、犯罪者みたいになってしまう。俺は、もともと生きていてはいけないと言われている人間なのですから。」

どうもおかしいと思った。蘭はちょっと面食らって、

「ええと、どういう意味でしょうか。」

と返信した。すると、

「まあ、行ってみれば、障害者です。其れも、一番役に立たないといわれる障害者です。今、障害者認定を受けていて、精神障害者二級です。生活保護で暮らしています。親に死んでくれと言われて、其れだけは嫌なので、一人で住んでいます。」

という返事が返ってきたのである。蘭は、自己紹介欄に、生きるに値しないと書いてあった意味が少しわかった気がした。

「そうですか。なんでまたそういう生活を強いられているんですか。」

蘭はそう返信する。すぐに返事が返ってきた。

「ええ、ただ、学校でいじめられただけです。学校の作文を白紙で提出しただけですが、それでものすごく怒られましてね。もともと、僕は母がいなくて、父が僕を育てていたんですが、ある時学校で母について作文を書いてこいという宿題がありまして。それで、僕は母の顔を見た事もないので、何を書いていいかわからず、白紙で提出しました。それで僕は、担任教師から叱られて、そのあと学校にいかなくなりました。医者にも見てもらって、対人恐怖症と言われたんですよ。其れから、暫くは父と二人で暮らしていましたが、もう人が怖くて碌にそとにでることも出来なくて、それで働くことも出来ない訳ですから、父も、頭に来たんでしょうね。死んでくれとはっきりいわれました。なので僕は、今は障害者として、生活保護で一人で暮らしています。最近は、こういう者が、大量殺人を起こす事例もめずらしくないですよね。だから、近所の人の視線も冷たくなりました。まるで、お前もそいつのなかまだとでも言いたげに見るんです。それではいけないんだという人もいますが、そんな人にたどり着くにはお金が必要で、とても今のお金で、賄う事は出来ません。もう、頼れる人も誰もいないので、早く死ねる時が来ることを待つのみなのです。」

なるほど、言ってみれば、先生がもうちょっと生徒についてキチンと見ていてくれれば、こういう事例は起こらなかったのかもしれない。でも、どういう訳だか世のなかというモノは、あり得ないというか有ってはいけない事が平気で正義として勝ってしまうことが、本当によくある様なのだ。彼の話だって、学校がもうちょっとちゃんとしてくれれば、と、明らかにわかる理由というモノがある。それは、他人の目でははっきりわかっても、本人の目ではちょっとわからない、という事は、なぜかいろんな所にある。

「そうですか。でも、あなたは、悪いことをした訳ではないんですから、そんなおかしな教師の事なんて気にせず、堂々と生きていかればいいのではないでしょうか?だって、あなたが、白紙で作文を出してしまったのは、その状態では、止むを得ない事でしょう。其れは、気にしなくていいのではありませんか?もう、過去の事なんだし。其れはもういいという気持で、これから生きていけばいいのではないですか?」

蘭は、そう返信を打った。

「いいえ、もう、そういう事は出来ません。人間一度レールを外れてしまうと、二度ともとにもどることは出来ないんですよ。それでは、いくらやり直そうとしても、学校をやめているということが、必ずまとわりついてきて、やり直し何て出来ないんですよ。よい称号も悪い称号も、みんな一人の人間に、くっついてきて回るんですね。人生っていうのは、その繰り返しです。そして、僕がわかった事は、子どものころに、レールを外れてしまうと、碌な人生を歩けないという事です。」

時田さんはすぐにそう返事を返してきた。蘭は、なにか励ましてやりたかったけれど、何もいうことが出来なかった。一度悪い奴とレッテルを貼られると、挽回することは出来ないのは、蘭もよく知っている。それに、テレビではなにか事件が起きる度に、放送しなくてもいい、犯人の過去まで放送してしまうために、同じ病気や障害などを持っている人は、辛い思いをすることを強いられるのである。

だから、そういう障害を持っている人は、もう世捨て人のような感じで、生きていくしかない。もしかして、自殺をした時だけ、周りの人たちが、気が付いてくれるのかもしれない。賢明な死に方をしたという事で。

蘭は、この人が、そのことをちゃんと知っているという事に気が付いて、何か励ましてやりたいという気持になったが、先日、ワイドショーで大げさすぎるほど報道されていた事件を思い出した。ある、精神障害者の女性と、その交際相手が、富士川に飛び込んで心中したという事件だった。女性は死亡したが、男性は助かった。しかし、精神障害者を見殺しにしたとか、そんな人と付き合って、碌な奴じゃないという世論があちこちで噂になって、彼の家族がおかしくなって、家庭崩壊してしまい、責任を取って、彼は投身自殺した。本来、そういう終わり方ではいけないのだが、日本では、世間の評価というモノを大事にしすぎるせいか、誰かが決着をつけないとダメな様なのだ。それに、障害者本人だけではなく、障害者と付き合っているというだけで、その人も白い目でにらまれるというのも、何だか、不条理な話だが、そうなってしまう様である。

蘭は、現実の世界の話であれば、実際に会って、この人を励ましてやりたいと思うのだが、ネットの世界故、そういう事は出来ないのだという事を知った。それではいけないというのは、誰から見てもわかるのだが、それを破るというのは、歴史的な有名人でもない限り出来ないのである。

「そうですか。でも、きっと碌な人生ではないと思います。きっと、何か、報われる事があると思います。だから、それまで頑張ってください。」

蘭は、ありきたりの答えを出すと、スマートフォンを置いた。同時に、インターフォンがなる。何だと思ったら、その日は珍しく、午後のお客さんがやって来る日であった。それでは、お客さんの応答のため、蘭は急いで、玄関先に向かった。

その日、蘭はお客さんの施術をすべて終えて、それでは、晩ご飯にするかと、居間にもどってきた蘭は、また固定電話に留守電がはいっているのに気が付く。もし、新規のお客さんであれば、スマートフォンに電話してくれればいいのに。それでは、アリスに関係する電話だろうか?急いで蘭は、電話の着信履歴を調べてみると、番号はマーシーである。蘭は、全く、なんでスマートフォンにかけてくれないんだろう。と思いながら、マーシーの電話番号にダイヤルする。

「もしもし。」

「おう、マーシーか。さっき電話をよこしてくれた様だな。丁度、その時、仕事していて、電話にでられなかった。ごめん。」

と、蘭がわざと明るく挨拶すると、

「あ、ああ、そうか。其れならそれでいいんだ。で、どうだい?ちょっとわかっただろ?あの、二人の人と話してみて。あの時田さんたちだよ。あの二人、僕の生徒なんだ。二人とも悩んでいることがあるけどさ、救いようがない状態で、でも頑張って生きている。君は、手を出せなかっただろ?」

と、マーシーは、そんな事を言った。そうか。其れはマーシーが仕組んだ罠だったかということがわかって、蘭は、また怒りを感じてしまうのである。

「何!あの二人を出して、僕を陥れようとしたのかい!」

「違うよ。蘭。陥れるとかそんな事じゃないんだ。世のなかにはどうしても他人には救えない人もいるって事を、わかってほしかったんだよ。君には、右城君のような事情のある人は、どうしても救えないって、わかってほしかったんだ。そうじゃないと、君も右城君も、くるしみ続けることになるぜ。」

「うるさい!お前にそうやって利用されるような、馬鹿な奴ではないよ僕は!そういう事を言うんだったら、有んな惨めでくすんだ人生を送っている二人の男を僕の前に出すような汚いやり方はやめて、僕の前でちゃんと言えちゃんと!」

「何を言っているんだ。其れは前にやっているけど、君にはまるで通じなかったじゃないか。だから、あの二人に協力して貰って、、、。」

「うるさい!僕は、そんなことが出来ないほど馬鹿じゃないぞ!そんな事を伝えるんだったら、ちゃんと口に出していうのが、当たり前だ!」

「うるさいのはそっちだよ。蘭。」

マーシーは、しずかに言って、電話を切った。蘭も怒ったまま受話器をがちゃんと電話機の上に置く。

製鉄所では、今日も水穂が、杉三たちに看病してもらって、ご飯をたべろたべろと催促されながら、布団の中ですごしているのだった。

そして、マーシーは、やっぱり他人を救うことは難しいと思いながら、今日も、レッスンを行っていたのであった。

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突風 増田朋美 @masubuchi4996

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