第5話 大和撫子

「……で、唐突に『一位になりたい……』って夢を見ちゃったお兄ちゃんはどうやって戦ったのさ」

「よくぞ聞いてくれた妹よ」


 放課後、妹の雫と校門で待ち合わせ、仲良く下校する俺たち兄妹。

 カッコイイ武勇伝を妹に伝えたい。そんな思いを胸に抱き、会話を誘導すること幾星霜。やっと自慢することができる段階まで漕ぎ着けた。

 ……まだ下校してから五分も経ってないけどな。


「バトルロワイヤル形式のゲームだったから、一位になるには最後まで生き延びなければならない」

「うん、知ってる」

「だけどさ、今までクラスメイトだったやつらと急に戦うなんてできないだろ?」

「うん、うん……ん?」

「最初はさ、怖くて身を隠すことしかできなかった」

「なにこの流れ」

「俺はクラスメイト達が殺し合う姿を、指をくわえて見守ることしかできなかったんだ」

「なんかドラマが始まったんですけどー。にぃに、それ長いよね? 長くなるよね」


 雫のツッコミが激しいが俺はめげない。今いいところなんだ。


「でも、あいつらは楽しそうに他のやつらを殺し回っていた」

「そりゃあ授業の一環とはいえゲームだし、楽しいっしょ」

「死んでいくみんなを見て俺は思ったよ、『こんなのゲームじゃない!』ってね」

「だからゲームだって」

「でもさ、どんな争いにも終わりはやってくるんだよ」

「……あれ? おにぃ何もしてなくね?」

「……」

「黙るなよぅ、続き言ってみろよぅ」


 くっ、我が妹ながら随分真面目に聞いてくれるじゃないか。誤魔化しきれないぜ!


「全てを清算するには、ゲームを終わらせるには、最後の1人を決めなくちゃ駄目だったんだ」

「あ、こいつ……! やりやがりましたよ」

「いつの間にか俺の手は最後まで生き残っていたクラスメイトの血で汚れていたんだ」

「血じゃなくて値でしょ、経験値」

「まぁ、うん」

「うーわ、漁夫ですよ漁夫。漁夫の利で優勝してますよ、うちの兄貴」


 やれやれと肩を竦めるような大げさな仕草をする妹に俺は少し不満だ。


「せっかく遠回しに語ったのに、核心を突くなよ」

「遠回し過ぎるでしょ、もっと一言で済ませて」

「漁夫った」

「……うわぁ、ダッセ」


 ボロクソである。


「しかも中盤で死にそうな脇役っぽいのに、ラスト手前で立ち塞がって視聴者に『お前まだ生きてたの!?』って驚かれるラスボスみたいなキャラになってる」


 なんだその例え。


「妹よ、兄は1位だったんだぞ。もっと他にかける言葉があるだろ」

「いや~ん、あたしのお兄様すてき~超卑怯ーぅ。くそダサ~」


 雫はわざとらしくしなを作り、媚びるような声を出した。内容はやはりボロクソだった。


「勝ちゃあ良いんですよ勝ちゃあ」

「開き直っちゃったよー。でもさ、兄やん」

「ん?」

「実際さ、勝ち方としてはありだと思うけどクラスの人たちからは顰蹙ひんしゅくを買ったんじゃないの? 大丈夫?」


 なんだかんだ言いつつ俺のことが心配なのか、真面目なトーンでそんな心配を口にする雫。できた妹だ、と思うのと同時に安心させてやるために後半戦の話もしてやることにした。


「……フッ」

「おっ、なんだぁ~その勝ち誇った笑みは」

「これでも俺はゲーマーなんだ。ヘイト管理もばっちりだ」

「――と、言いますと?」

「その後のタイマン勝負でみんなにボコボコにされておいたぜ!」

「ただの憂さ晴らしじゃん……!」

「いや~モテる男は辛い。引っ切り無しにPvPを挑まれるサンドバックは辛い」

「にいやん可哀想~ウケる~」


 妹がクスクスと口元を隠しながら目を細めた。

 長年の付き合いからか、今の会話で俺がクラスメイト達とはそこそこ良好な関係であることが理解できたのだろう。心配する理由もなくなり、一安心した、といったところだろう。

 ――と、そうだ。


「可哀想で思い出したんだが」

「え、うん」

「雫はクラスに馴染めたか?」

「ぁーあたし? それは……って、おい、可哀想で思い出すっておかしいだろおい」


 半眼で抗議するような視線。

 確かに今考えてみれば失礼な連想だった。無難にクラスメイトで思い出した――と切り出せばよかった。

 手遅れなので言い直すつもりもないが。


「割と真面目な話な。俺を追って編入して一カ月。友達もいない場所でちゃんとやっていけてるのか、兄としては心配になってな」

「別におにぃを追ってきたわけじゃないですぅ~人をブラコンみたいに言わないでくださいぃ~」

「はいはい。で? 実際どうなんだ?」

「……最初は異世界人ばっかりでびっくりしたけど、今は友達もできたし楽しくはやってるよ。兄さんに心配してもらうほどのことじゃない」


 強がりや嘘は感じなかった。どうやら俺も心配し過ぎだったらしい。


「そっか、ならいいんだ。あと、俺の同級生の妹が雫と同じクラスみたいだから話してみるといいかもな。ネコの獣人さんだ」

「ん」


 ふて腐れているような生返事。

 そっぽを向いているのは照れ隠しなのだろうか? なんとなく雫の頭を撫でると「や~め~ろ~よ~、髪型がくずれるだろ~」とすぐに逃げられてしまった。昔は喜んでくれたのに……。

 何年も兄妹であり続けても妹心はわからないものだ。


 会話が止み、そのまま帰り道である商業区の大通りを並んで歩く。

 俺たちが住んでいるのは学園の寮ではあるが、決して学園の近くに建てられているわけではない。むしろ、そこそこの距離があり、自転車通学をする者もいるぐらいだ。

 アリア第一学園はエスカレーター式の学校であり、初等部、中等部、高等部、大学部の校舎が近い位置に集結している。そして俺たちが住む居住区との間には商業区が存在する。

 商業区にはアリアストラならではの店舗があり、例えば異世界産の食材を使用した本場の異世界料理店などが進出しているのは当然として、魔法書や魔導具といったテラではあまり役に立たない魔法関係の商品、異世界の民族衣装や雑貨、食材そのものを扱ったデパート等もある。


 無論、逆もしかり。

 異世界人向けに特に人気があるのは電化製品だ。昨今では大気中のマナを魔法術式で“雷魔法”に変換し電気を供給するという異世界だけに通用する永久機関に近い物まで生み出された。しかしそれは使用者が増えればテラのようなマナの枯渇した世界になるのではという懸念を生み、商品化には至っていない。

 どちらにしろ異世界に住む予定の無い俺には関係のない話だ。


 だが、こういった『異文化』に触れることを奨励し創られたのが『海上都市』であり、特に学園生徒には目で見てそして体感して欲しいからこそ、商業区が通学路になるように寮が少しだけ遠くなるように建設されたのだ。

 よって学園の意向は寄り道自由。学園の一生徒として買い食いでもなんでも積極的にしなさい、と俺たちは言い聞かされている。


「……ん? おや? にぃに、あれ見てあれ」


 だからだろうか。

 平日の帰宅時間に学生服を着ていない同年代というのは目立つ。

 雫が指差した方向には家電量販店のショーウインドーを真剣な眼差しで見つめる女性が立っていた。


「大学生……か? 俺たちと同い年にも見えるけど」

「すごい美人さんだよあの人、スタイルもめちゃくちゃいいし、モデルさんかな?」


 Tシャツにホットパンツというシンプルでカジュアルな装いを着こなす美女。

 学園の生徒であれば制服を着ている時間帯であり、着替えてから買い物に出かけているとは考えられなかった。私服で通学することが可能な大学生、もしくは本当にモデルの仕事をしている社会人かもしれない。

 腰に巻き付くようにけぶる黒髪と端麗な容姿。それを“あえて隠すような”帽子とサングラスはあまりにも変装染みていた。


「他の学園の生徒か? いや、でも、どこかで見たことがあるような……」


 学園であんな美人を見かけたら忘れないと思うのだが記憶にはない。しかし、既視感を拭うことはできなかった。


(本当にモデルさんなのかもしれないな……)


 俺がそんなことを考えていると隣からグイグイと制服の裾が引っ張られた。


「にいやんにいやん、こういう時はちゃんとあたしに『雫の方が綺麗だぜ』って、甘い言葉を囁かないとダメなんですよ~」

「……」


 声色を低めにして俺の声真似をしているのか、雫がそんな冗談を口にした。

 夜景を眺めてる恋人同士じゃあるまいし、何を口走っているのだろうかこの妹様は。


「……お兄様、ジョークは拾ってもらわないと、わたくし、滑ったみたいで嫌ですわ」

「いやぁ……冗談でもあちらのお嬢さんと張り合おうという我が妹の度胸に感心しちゃった、お兄ちゃん」

「そんなこと言うなよぅ。兄ならさ、もっとあたしのことをひいき目に見てくれてもいいじゃん!」

「あー可愛い可愛い。俺の妹、世界で一番可愛いわ~」

「え、そう? 照れる~」

「本気にしちゃったよ。この娘」


 本気だけどな。言わないけど。

 ――と、そんな兄妹のやり取りをしている間に美女はショーウインドーの中を覗きながら行ったり来たり。時折、ため息を吐くように肩を落としたり、しゃがみ込んで頬杖を突いたりしていた。

 私困ってますオーラ全開だ。だけど嫌味は全くない。横顔からでも伝わる戸惑いの表情は、あどけなさすら感じるほど素直なものだからだろう。


「声かけてみようよ、兄さん」

「俺たちが?」


 人見知りな雫にしては意外な提案だったので、俺は驚いたように聞き返した。


「だって謎のオーラの所為で近寄り難いのか、他の人も見てるだけだし。あたしたちなら男女――兄妹だから警戒とかされないかも」


 確かに彼女に注目しているのは俺たちだけではない。

 美人は目を引くのか、遠巻きに眺めているグループがいくつかあり、ちょっとした見世物のようなものになってしまっていた。気分のいいものではない。

 このまま俺たちまでぼーっと眺めていたら同類だ。


「それにあの人、ちょっと寂しそう」

「……」


 寂しそう……ね。

 そういうのに敏感だよな雫って。


「わ、ちょ、だからやめれ~」


 俺は妹の頭をわしわしと撫でた後、女性に向かって歩き出した。


「……?」


 女性と目が合う。

 どうやら彼女は耳がいいらしい。自分に近づく足音に気が付いたようで、帽子を傾け、サングラス越しにこちらを見上げてきた。

 間近で見るとさらにはっきりする。やはりこの女性はとんでもない別嬪べっぴんさんだと。

 惜しげもなく肌を晒した大胆な服装であるにも関わらず、その仕草や雰囲気は相反するように清楚で可憐だ。

 カジュアルな服装よりも着物を着てほしい、そっちの方が絶対に似合う――などと余計なお世話すら抱いてしまう。

 ――大和撫子。

 彼女のような女性を表現するのに、これ以上の言葉はないだろう。


「クー? なにか、ご用ですか?」


 だが、彼女の声――というよりは言葉遣いを聞いた瞬間、俺は戸惑った。 


(クゥ? 鳴き声? ってか、カタコト?)


 “発声した”というよりは“鳴らした”ような音。それに続くどこかたどたどしい言葉遣い。

 疑問を抱かずにはいられなかったが、あちらから話しかけられてしまったため無反応というわけにもいかず、俺は慌てて口を開く。


「いえ、あの……困っているみたいだったので「どうしたのかな?」と」


 おうふ、もう少しなんかあるだろ俺。


シズク:『コミュ障かよ』


 妹から<アーチ>に送られてきたメッセージが目の前の空間に表示される。基本的に<アーチ>にはプライバシー設定が適用されているので、このチャットは俺以外には見えない。

 だが、それに返信する余裕はないので、視線を雫に向けて「早くこっちにこい」と目力で訴える。


シズク:『や~ん、こわーい。眼鏡してても目つきヤバーい』


 そういうのいいから、さっさと来てください。


「クー……」


 彼女のその鳴くような感嘆詞は癖なのだろう。

 俺を見詰め、後方から俺を追うように近づいて来た雫を眺め、何かを納得するように頷く。


「では、お言葉に甘えてもいいですか?」


 サングラスを外し、立ち上がる。

 もともと警戒心は感じなかったが、頼ってもらえるようで一安心だ。

 小さな親切大きなお世話ということもあるで、邪険にされたら二日は立ち直れなかっただろう。


「喜んで。――それで、どうしたんですか?」


 改めて質問をすると、彼女はもじもじと恥ずかしそうに指を絡め、


「実は、わたし、日本に来たばかりなんですが、文字はまだ不慣れで、どれが目的のものなのかわからなくて」

「ああ、なるほど。そういうことですか」


 つまり日本語が読めない、と。

 なんとなく、彼女がどういう立場なのかわかってきたが、それについては今は言及しない。


「<アーチ>の翻訳機能は使えますか?」

「……<アーチ>?」


 これは珍しい。

 先進国であれば高い普及率を誇っている<アーチ>。彼女のような若い人が知らないのは稀だ。


「<アーチ>ってはAR型情報端末のことで……」

「??」

「あー俺が今、耳にかけているこれのことです」


 横を向いて見せると、彼女はまた「ク~」と鳴いて、耳元――ではなく帽子を両手で押さえながら項垂れてしまった。


「昨日、いただきましたが、よくわからなくて置いてきてしまいました……」

「……なるほど」


 機械音痴なのだろうか。


「ま、俺が代わりに文字を読むんで気を落とさないでください」

「ありがとうございます」

「それで、何を買いに来たんですか?」

「クー……アナザーワールドというゲーム? のコントローラー? を買いに来ました」

「え……?」


 その回答があまりにも意外だったため俺は思わず聞き返していた。

 今更になって量販店のショーウインドーの中を覗くと、そこにはゲーム関係の品々が並べられており、アナザーワールドのコントローラーとして機能するアーティファクトも当然置いてある。


「変、ですか?」


 俺が目を丸くしていたせいで誤解させてしまったようだ。


「へ? あ、いや、すみません。まさかゲームを買いに来ていたとは思ってなくて、意外だなって思っただけで変ではないです。それにアナザーワールドなら俺もやっているので仲間ですよ仲間。ゲーム仲間」

「なかーま?」

「そう、仲間」


 イントネーションが微妙に異なったが意味は同じなので頷いておいた。

 しかし、彼女自身は単語の意味がわからなかったようで「なかーま、ナカーマ?」としきりに首を傾げていたため俺はつい「友達みたいなもの、かな」と補足してしまった。

 飛躍し過ぎたかもしれないが、効果は覿面てきめんだ。友達という単語は知っていたのだろう。納得したように彼女は頷いている。

 そして、


「友だち……、わたしとあなたは友だち?」


 あまりにも無垢な瞳で問われ、俺は迷いもせず「もちろん」と答えていた。

 隣にいる雫からは詐欺師にでも遭遇したかのような視線を受けたが、さすがにここで「友だちではないです」なんて突き放すような台詞は口が裂けても言えない。ま、ゲームではほら、協力関係にいる相手のことを友達フレンドともいうし、あながち間違いではないしな。

 彼女も満更でもないのか口元を綻ばしているのでセーフだ。

 

「さて、じゃあせっかくなんで買い物をするところまで付き合いますよ。アナザーワールドで使うアーティファクトだけでいいんですよね?」

「クー! お願いします」

「でもどうしてAR版に手を出そうと思ったんですか?」


 場を繋ぐために話題を振る。一般的には己の肉体を全部使うAR版の方が難易度は高いとされているし、ほとんどのゲーマーは体力的な問題で挫折する。

 彼女はアナザーワールドのどこに惹かれたのか、純粋な興味があった。


「クゥ……それは」


 彼女は少しだけ言い淀む。

 何か不味いことを聞いたかな? と思ったがどうやらそうではないらしい。単語を思い出しているのか、悩ましげな顔で「ク~ク~」と唸り、次の瞬間には目を見開いていた。


「キャッチコピー? に惹かれました」

「へ~……『本当の自分になりたくはないか?』ってやつですね」

「クゥ、それです」


 アナザーワールドのアバターはカスタマイズの自由度も売りにしており、様々な種族や職業に就くことができる。今朝、エルフと獣人の女性が騎士や魔導士になっていたのは本当の自分、もしくは理想の自分があのアバターに反映されている結果なのかもしれない。

 もちろん、俺もその1人のはずだ。


「……」


 そんな俺たちの会話を聞いていた妹は少しだけ不満気な顔をしていた。

 たぶんゲームに興味がなかったため、つまらなかったのだろう。

 雫が口を開いたのはアーティファクトの買い物が終了し、女性と別れたすぐ後のことだった。


「あの美人さん、帰国子女ってやつかな」

「たぶんな。もしかしたらハーフって可能性もあるな」


 声を掛けようと提案したのは雫だったがまさか最後まで俺に任せっきりにするとは思わなかった。ただ、ゲームの話ばかりだったので会話に参加するタイミングがなかったこともあり、それを責めるつもりはない。


「にいにが<アーチ>の言語翻訳機能を使えばよかったのに」

「母国語が最初からわかってればそれもアリだったな。でも途中から使うのは何か気が引けるし、出身はどこですか? って聞くのもなー」

「本音は?」

「美少女と直接お話ししたい」

「正直者め~あたしがいれば十分だろ~」

「ハハハ」

「渇いた笑いはやめてください」


 そんないつも通りの会話をしながら、俺たち兄妹は帰路へとつくのだった。

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