第6話 危ない配下

 学生寮の一階は男女共有スペースとなっており、そこにはレストランスペース――いわゆる学食が開かれている。

 朝はバイキング形式の朝食が用意されているが、夜は完全オーダー制。生徒の懐事情に優しい夕食が振る舞われる。夜は外食、節約したいやつは自室で自炊――なんて選択肢もあるが、俺の場合は時間に余裕がないため食事は全部学校任せだ。


「日課、終了っと」


 雫と別れ、夕食は学食で済まし、シャワーも浴びた。そして今、日課である学生の本分である勉強も終わらせた。

 俺は去年、この学園の高等部に特待生として編入した。それまでは本土にある関東の学校に通っていたのだが、そんな俺がなぜ『海上都市』なんて場所で特待生になったのかというと理由は単純明快、学費免除というワードと寮生活という誘惑に抗えなかったのだ。幸い、勉強しかやることがなかった俺はそこそこ優秀な成績だったため、特待生制度への申請は難しい話ではなかった。

 これまではこの制度から蹴落とされないように勉強する毎日……だったのだが、それは経済的余裕がつい最近まで・・・・・・なかったから仕方なくしていたことだ。

 今はもう、特待生にすがり付く必要などない。

 2ヶ月前まではそう考えていた。


 だが、妹の雫が俺と同じ特待生として編入してきたことでそうもいかなくなった。

 俺は雫の兄として「カッコイイ兄」であり続けなければならない。妹が特待生で兄の俺が特待生から落ちた――なんてことになれば外聞的には最悪だ。俺は周囲からちゃんとした“兄妹”と思われたい。そのためならば努力は惜しまない。

 だから今も俺は手を抜くことなく勉学に励んでいる。


「……さて、そろそろログインするか」


 <アーチ>の“橋”――バンド部分を後頭部からなぞるように可動し、目元まで持ってくる。そうすることでARからVRへとシステムを切り替えることができる。

 フルダイブ技術――ユーザーの脳に直接仮想の五感情報を与え、仮想現実に飛び込ませる最先端技術。

 VRゲームをやるには仰向けにならないといけないため、俺はベッドに倒れ込むように横になった。

 そして、


「リ・リンク・アナザーワールド」


 起動言語とゲーム名を音声入力。

 自然と眠りに落ちるような感覚と共に意識が薄れ――途切れる前にアナザーワールドの自分のアバターと同期。次の瞬間にはアナザーワールドのマイルームに俺は立っていた。


「久々だな、この感覚も」


 手をグっパと握ったり閉じたりして感覚を確かめる。視覚から得られる情報はゲームそのものなのに触覚は本物とほとんど遜色がない。初めてゲームをやった時は感動したものだが、慣れてしまえばどうということはない。


「ん――っと」


 準備運動のように身体を動かす。

 マイルームという名のプライベート空間はユーザーごとに与えられた自室であり、出発準備エリアだ。VRゲームには『同期酔い』や『VR酔い』といった症状が表れ、気分が悪くなってしまうプレイヤーもいる。そういった人たちが最初からVRゲーム内の街に放り出された場合、色々と醜態をさらすことになる。……というか最初期のVRMMORPGのゲームではあったらしい。吐き気を訴えるプレイヤーであふれかえった広場は阿鼻叫喚の地獄絵図であり、現実世界も悲惨だった――という話だ。

 それはVRMMOに慣れていない初心者が最初からゲームを始めようと先走った結果でもあったのだが、それ以来VRゲーム会社は事態を防ぐためにユーザーをマイルームに押し込むことを義務付けられたそうだ。


 もちろん、マイルームの機能はそれだけではない。

 アイテム倉庫の管理や音量設定、自分のアバターであるキャラクターのクリエイト(期間制限付き)。マイホームもしくはマイホーム兼マイダンジョンの管理・リホームも行うことができる。

 建築にこだわるユーザーであればマイルームから出ずに一日のゲームが終わる、ということもざらだ。

 俺もフィールドの一部を購入し、ダンジョンを作成中なのだが……まだまだ完成の見通しが立っていないため非公開設定になっている。

 

「……とりあえず今日は話だけでも聞いてみるか」


 畳が敷かれた八畳ほどの小さな和室。

 そこに設置された不似合な姿見には、俺――正確にはアナザーワールドの使用しているアバターが映っていた。忍び装束のような和装に顔の下半分を覆い隠すマスク。それが俺の基本装備だ。

 “和”をモチーフとした装備や武器が好きな俺は他にも着物やら家具なども買い集めている。マイルームもその一環であり、この部屋を出るには掛け軸のある壁に貼り付き、隠し扉を作動させなければならない。


「……」


 回転式の隠し扉が回り、ロードを挟むことなく拠点である己のマイホーム兼ダンジョンである『城』――その内部をイメージして造ったおもて御殿ごてんが俺の視界に広がった。表御殿とは簡単に言えば城主や家臣が政治を行う場所であり、よく時代劇で殿様が偉そうに踏ん反り返ってる場所である。

 まぁ、そうは言っても所詮これはゲーム。表御殿などと格調高く謳ったところで、城主である俺が遊びの計画を立てる場所に過ぎない。しかも俺はソロ・・プレイヤーなので相談する相手もいない。完璧に趣味全開の無駄な空間だ。雰囲気と気分を高めるために造っただけである。

 

「ふぅ……」


 城主らしくどかっと腰を下ろし、脇息きょうそくに肘をかける。

 広々とした空間に2人だけ・・・・というのも寂しものだが、ギルドといったMMOお馴染みの組織に所属する予定は今のところ持ち合わせていない。

 賑やかにしたい――というだけならばNPCという手もある。プレイヤーにはゲームのお助けキャラとして1人につき数体の『アシストキャラ』を入手・作成することが可能であり、数カ月前にはなんとAIが導入され本物の人間のように会話ができるNPCが生まれた。当時、運営がそのアップデート前に「キャラクターに情を注げば愛が生まれます」と各SNSで発言した時は、ユーザー全員が「急にどうした運営?」と心配したものだ。まさかただのオヤジギャグだとは思いもしなかった。一部、勘のいい奴は冗談交じりに「AIでも宿るんじゃね?」と発言していたらしいが、俺は気付かなかった。


 アナザーワールドに導入されたNPCのAI化の条件は未だ解明されていない。だが、条件が謎というだけで難易度が高いというわけではない。『アシストキャラ』と旅をしていたらいつの間にか喋るようになっていた――というプレイヤーがほとんどだ。

 かく言う俺も数人ほどAI化に成功していて、彼らを御庭番衆おにわばんしゅうならぬ【鬼我おにわ番衆】の忍者・くノ一として暗殺職のスキルや魔法に極振りして育てている。

 そして、それとは別に――


氷菓ひょうか


 部屋の隅に控えていたNPCに声を掛ける。

 雪を連想させる白い着物を羽織った美少女。透き通るような白い肌と水色の髪。そして横に長い特徴的な耳。エルフと雪女のハーフであり、俺が最初に育て上げた『AIアシストキャラ』だ。


御館様おやかたさま、お帰りなさいませ」

「ただいま」


 三つ指をついて深々とお辞儀をする氷菓を眺める。

 彼女は少し――というか、だいぶ特別なNPCだ。

 別に“激レアキャラ!”というわけではない。今どきのゲームには課金ガチャは廃止されているし、イベントの上位報酬で手に入れたという経緯があるわけでもない。それどころかプレイヤーの誰しもがチュートリアル後にプレゼントされる『アシストキャラ(ハーフ)』の1体だった。どんな人種のハーフになるかは完全にランダムであり、造形は確かに大当たりではあったのだが、問題はそこではない。

 困ったことに彼女にはもう一つ・・・・厄介な魂があるのだ。


「来て早々で悪いが雪菜セツナに代わってくれるか? どうせ入ってる・・・・んだろ?」

「……」


 俺がそう言うと氷菓はあからさまに不機嫌な顔になり、ツンとそっぽを向いてしまった。

 主の言葉なんて無視である。AIってすごい。感心してる場合じゃないけど。


「……あのー氷菓さん? どうされました?」


 上司プレイヤーなのに下手に出る俺。

 だけど珍しい話ではない。最近では『AIアシストキャラ』と恋仲になったユーザーが痴話喧嘩をして戦闘になったという話まである。AIが芽生えたキャラとの関係性は人それぞれなのだ。


「……」

「おーい」


 黙り込む氷菓に対してめげずに声を掛け続ける。

 すると、澄まし顔に戻った彼女が目を細め、少しだけ怒ったような口調で「いけず」と小さく呟いた。


「え? いけ――」

「プロテクトを解除。アバター名“雪菜”との“同期”を許可します」


 俺が聞き返そうとした瞬間、言葉を遮るように氷菓の声が重なる。

 本当はそんな呪文のような言葉を口にしなくても“同期”することは可能なのだが、「さっさとやればいいんでしょう?」という俺に対する当て付けだったのかもしれない。

 

(氷菓のやつ、めっちゃ不機嫌だな……何かしたか? 俺……)


 高度AIが導入されてから『アシストキャラ』とのコミュニケーションに悩むユーザーが現れ、掲示板では専用の相談板があるほどだ。大体は惚気のような自慢話になることも多いらしいが……俺がこの状況を相談した場合はどうなるんだろう?


ご主人様・・・・


 呆然とそんなことを考えていると、氷菓の口からそんな呼び名が発せられた。

 先程までは「御館様」と俺を呼んでいたのに今は「ご主人様」と呼び方を変え――しかも、その声まで別人のように様変わりしている。それは俺たちの間で通じる合図のようなものだった。

 ――来たか。

 俺が改めて彼女に視線を向けると、そこには扇子を取り出して口元を隠す氷菓――いや、雪菜がいた。


「やっぱり待ち構えてたか」

「ふふ、こんばんわ」


 無表情な氷菓とは打って変わって、雪菜は“どこか見覚えのあるような”蠱惑な眼差しを俺に向けている。身体は同じだが、印象はまるで違う。


「久しぶりね、ご主人様とこうしてお会いするのも」

「会ったばかりだろ?」

「ふふ、何のことかしら? 私にはよくわからないけれど……今のはVR内ではって意味よ」


 ここにもし俺以外のユーザーがいたならば、二重人格のAIなのかと戸惑うことだろう。だが、違う。そんな生易しいものでは無い。

 雪菜は……いや、あいつは――


「あ、それとご主人様? 勉強で忙しいのはわかるけど、身体を休めるならシャワーだけではいけないわ。ちゃんとお風呂に入って身体を労わないと……せっかく寮の個室には備え付けのお風呂があるのだし、日本に住んでいるのだから尚更使わない手はないと思うの」

「……あーうん、そうだね。ちなみにさ」

「はい」

「どうして俺がシャワーしか浴びてないってわかったの?」

「<アーチ>の使用ログを辿れば簡単よ? 空白の時間が存在すればそれはつまり<アーチ>を外していた、ということ。お風呂か就寝の二択に絞られ、さらにお風呂に浸かっていた――と考えるには短すぎる時間。よってご主人様は“妹さんと別れた後、夕食を食べ、部屋に戻ってシャワーを浴び、勉学に励んだ後にアナザーワールドにログインした”と推測できる」

「それもう推測じゃないよね。前半の推理と後半の答え合わせの配分おかしいよね。“後をつけてたのストーキング?”ってレベルだよね」

「ふふふ」


 雪菜が楽しそうに笑っている。

 彼女は二重人格のAIでもなければ、普通のプレイヤーでもない。

 

「……仕様ログってのはアレか? またハッキング・・・・・したのか? 氷菓をハックしたように」

「ええ、気になっちゃって」


 悪びれもせずに俺の個人情報を入手するストーカー。

 それが雪菜であり、“あいつ”だ。

 しかも、


「後をつけるなら学園から一緒に帰ればよかったじゃないか。なんだったらその時に今日話していた『辻斬り』について――」

「何のことかしら? 私がご主人様とお話しできたのは今し方のことよ?」

「……」


 自分のことを“ユカナ”だとは絶対に認めないのだ。

 声なんてユカナそのもので隠そうともしていないのに認めないのだ。

 改めて紹介しよう、彼女はユカナ・ズナイト。俺の同級生でストーカー。その行為は現実世界だけでは飽き足らず、あろうことか俺の『アシストキャラ』である氷菓をハッキングして仮想現実VRにまでストーキングしてくる真正の“危ない友人”である。


「ね? ご主人様」


 俺の配下というキャラクターになりきっているのか、ゲーム内の彼女は俺のことを「ご主人様」と呼ぶ。一年ほど前はそれだけで頭を悩ませたものだが、今では些末な問題だ。よく友人にはストーキング行為を擁護してるのか? と聞かれるが、別にそういうわけではない。他の誰か・・・・で、そういったストーカーの話を聞けば最低だと思うし、もしも妹が誰かにストーキングされたらそいつは絶対に許さない。

 だけど、ユカナは別だ。彼女が俺の後をつける理由はわからないが、不快ではない。“何か”理由があるのではないか、と思わせる魅力――とも呼ぶべき“謎”が彼女にはあった。

 だから、


「わかったわかった。そういうことにしておくよ」


 許容する。

 この話は終わりだと言わんばかりに、俺はやれやれと肩を落とし終始笑顔の雪菜に本題を伝える。

 

「それで『辻斬り』についてなんだが……」

「調べてあるわ」


 そう言って雪菜は手元で何かを操作するように指を動かした。ウインドウを表示して集めた情報を整理しているのだろう。すぐに個別チャットに通知が送られ、それを開くと『辻斬り』に関するネットの記事やコメントが映し出された。「なんでもう調べてあるの?」というツッコミは不要だ。


「ブレイブで優勝を果たしたルーキーを探すためにやや強引なPvPが問題となっている。目的は力試し、勧誘と様々だが副賞の1つであるゼルを狙っている者も多い」


 要点をまとめるとそんな感じだった。

 ちなみにゼルとはゲーム内通貨のことだ。優勝者の<ノーネーム>には莫大なゼルが送られており、アナザーワールドではPvPによるゼルを賭けた勝負も可能だ。


「ん~……」

「どうするの? ご主人様。おそらく優勝者である<ノーネーム>が……いえ、今はもっと素敵な二つ名が定着していたわね。<か――」

「恥ずかしいからやめてくれ」

「あら? 残念」


 くすくすくすと、どこまで本気なのかわからない笑顔のまま雪菜が立ち上がり、俺の隣へとやってきて腰を下ろした。


「ふふ、みんな“鬼”を探しているわ。鬼が出るまで『辻斬り』は続くかもしれない。もし、ご主人様が解決を望むのであれば私はなんでもするわ」

「……おい、近い」

「照れてるの? 可愛い」


 妖艶に微笑む雪菜にどぎまぎしそうになるが、次の俺の言葉で状況は一変する。


「確かに<師匠・・>に任せれば簡単に解決してくれそうではあるな」

「――」


 ピキッとそんな幻聴が聞こえてきそうなほど、雪菜の笑顔が固まった。

 

「いや~いつも<師匠>にはお世話になりっぱなしで頭が上がらないよ。<師匠>様様だな、ほんと」

「――や、やめて」

「どうした雪菜? 照れなくていいだろ。俺にARでの戦い方を教えてくれたのは他ならぬお前……いや、貴女様じゃないか。<師匠>と慕って何が悪いんだ?」

「――いや」

「むしろ俺が<師匠>の部下になったほうが今後のゲームも……って、雪菜さん?」

「……」


 雪菜を褒め称えることたった数秒。

 耐えられなくなった彼女は己の顔を扇子で隠し「……ダメ、ダメよ、やめて……」とうわ言のように拒否する。

 嘘を並べ立ててけなしているわけでもないのに、雪菜は俺から<師匠>と呼ばれるのを嫌っていた。

 実際のところ、彼女は本当に俺のゲームの師匠である。ARで魔力0のハンデを背負っていた俺の前に突如として現れ、戦い方を教えてくれたのがユカナだ。有角族のユカナは戦闘民族でもあり、彼女が学園に編入する前は異世界アリアストラの故郷でひたすら武術の修業をしていたらしい。

 俺の戦い方には彼女から習った武術の基礎が根幹にある。そこにゲームとしてのスキルやデメリットをメリットに変える戦闘スタイルを修得していったことで、今の俺がいる。

 だから別に俺が彼女に対して<師匠>と慕うのはおかしなことではないのだが……。


「あー……そんなに嫌か、この二つ名」

「いや」


 即答だった。若干、精神年齢が下がっているのか、どこか子どもっぽい。


「俺的にはしっくりくるんだけどな」

「ダメ、私はご主人様の配下なの。奴隷がいいの」

「どさくさに紛れてなに言ってんの?」


 どんな顔をしたらそんな台詞を言えるのか。残念なことに扇子の所為で顔が見えないため確かめることもできない。

 ホント、どこからどこまで本気なんだかわかりゃしない。


「――ったく」

「……」


 頭をポリポリと掻き、間を作る。

 どうやら俺が呼び方をやめるまで状況は動かないらしい。


「やっぱり“コレ”は受け取ってくれないのか?」

「……私は、お金のために近づいたわけじゃないわ」


 ゲーム内から<アーチ>にアクセスし、預金通帳を開く。

 そこには約2億4000万という現金が一カ月ほど前に振り込まれた形跡があった。

 俺だけでは手に入れられなかった、<師匠>と2人で手に入れた賞金だ。

 彼女が俺のパートナーとして指南してくれたからこそ、俺は莫大な金を手にすることができた。だが、何回も山分けしようと提案しても、今のように躱されて相手にしてもらえなかった。


(<師匠>って呼んでも駄目か。交渉下手だなぁ~俺……。“コレ”だけで意味が伝わったってことは話の流れがバレてたってことだし)


 ため息を吐き、通帳を閉じる。


「わかった。一先ず、このことは保留にしよう」


 そう雪菜に告げると、彼女も扇子を閉じて、


「それでいいのよ、ご主人様」


 艶めかしいいつもの笑みではない晴れやかな笑顔を浮かべるのだった。

 あー本当によくわからん。

 俺がユカナのことを理解できる日はいったいいつになるのだろうか。まったく見当もつかない。

 

「とりあえずあれだ、話は戻るが『辻斬り』についてだが」

「ええ」

「放置一択。わざわざ、俺の姿を晒す必要はないし、何よりもリアル割れは避けたい」

「賢明ね。ご主人様のそういう堅実なところ、私は好きよ」

「はいはい、ありがと。ただ――」

「ただ?」

「もし、知り合いとか、友人が巻き込まれてたら助けに行く」

「え……ご主人様のご友人?」

「その「いましたっけ?」みたいな視線はやめなさい」


 折角、話を戻したというのに失礼な奴だ。


「俺にだってなぁ……」

「……」

「あー……大切な妹とストーカー女ぐらいしか思い浮かばねえ」


 後は今日話した獣人のニィナと含めていいのかわからない……あの娘。


「ふふ、私以外にもストーカーがいるの? ご主人様はモテモテなのね、妬いてしまうわ」

「白々しい」


 なぜか嬉しそうな雪菜に俺は呆れるように言葉を吐くことしかできなかった。


「――さて、そろそろタイムリミットかしら」

「ん? もう帰るのか?」

「氷菓ちゃんが「いつまで御館様とイチャイチャしているんですか、失せなさい」ってお怒りなの」

「イチャイチャ……」

「ご主人様もちゃんとフォローしてあげてね」

「フォロー?」

「あの子、顔には出さないけどご主人様が久しぶりにログインするって舞い上がってたのよ? それなのにさっさと私に交代してくれって言われて拗ねちゃってるの」

「あぁだから不機嫌だったのか」


 ログインも数週間ぶりということは氷菓と会うのも数週間ぶり。

 普通のNPCであれば特に問題はないがAIがある場合はそうもいかないということだ。蔑ろにされたと氷菓は思ってしまったのだろう。


「忠告ありがとな。今日は氷菓と――いや、氷菓たちとクエストにでも行くことにするよ」


 他の『AIアシストキャラ』を連れて冒険というもの悪くない。

 なにやらちまたでは『AIアシストキャラ』のみを出場させる大会が近いうちに開催されるのではないかという噂もある。さすがにそれはeスポーツの大会にカテゴライズされないが、賞金が出る可能性はゼロではない。

 それに、氷菓たちといるのも楽しいしな。


「ふふ、ごゆっくり。でも、あまり夜更かししてはダメよ、ご主人様」

「誰目線なんだよ、それは」


 雪菜が曖昧に笑う。そして俺の質問に答えようとはせず、また扇子を顔にかざし表情を隠した。


「……」

「……」


 少しの合間、沈黙が降り、


「余計なことを……」


 という恨みがましい氷菓の声が、俺の耳に届いた。

 どうやらハッキングから解放されたようだ。


「お帰り、氷菓」

「……ただ今戻りました。御館様」


 扇子を少しだけ下げ、こちらの様子を窺うように眼だけを覗かせる。


「なにしてんだ?」

「いえ、これは……」


 視線を逸らすように横目で流す氷菓だったが、


「ごめんな、氷菓」

「? 御館様?」

「寂しかったんだって? そういえばずっとログインせずに放置気味だったからな……お前たちには悪いことを……って顔赤いぞ? 大丈夫か?」

「こ、これは、その……」


 なんとなく雪菜に気持ちを暴露されて恥ずかしがってることは理解したが、あえて気付かないふりをして戯れることに決めた。


「大変だ。AI化されるとホーム内でも状態異常にかかるのか? 今、ステータスを確認して治してやるからな、待ってろ」

「あ、だ、だめ、駄目です、見てはいけません、御館様。は、破廉恥――それは、セクハラです……!」

「……あん!? セクハラ!? どこでそんな言葉……って、うわ……ガチの警告が来てる。マジかよ……」


 『アシストキャラ』のステータスを表示しようとしただけなのにゲーム内規則事項のセクシャル・ハラスメント警告の表示が俺の手元に浮かび上がっていた。


「俺のキャラなのにステータスが見れないってすごいな……さすがAI」

「お、俺の物……! 御館様、なんと大胆なっ」

「氷菓、とりあえず落ち着け。落ち着いてくれ。俺が悪かったから。このままだと俺がBANされる」


 久しぶりの配下との会話はそんな感じでてんてこ舞いとしていた。

 その後、落ち着いた氷菓が珍しく物を強請り甘えてきたので、俺は二つ返事で買うことを約束した。

 VR内でAI化した『アシストキャラ』をARの世界に呼ぶことができるアイテム。つまり<アーチ>を付けていればいつでも現実の世界で氷菓たち『AIアシストキャラ』と触れ合える拡張コンテンツだ。

 しかも現金で払うやつ。

 AIってなんでもありなんだな、って改めて思った。氷菓が嬉しそうにしてたからいいんだけどさ。

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