第4話 バランス調整 魔力0の男

 eスポーツの中でVR・ARともに人気を博しているのは今も昔もFPSなどのシューティングゲームである。プレイスキルを活かし、銃で相手プレイヤーを倒すというシンプルなデザインでありながらドラマがあり、なによりもバランス調整が比較的に複雑ではない。

 だからこそAR技術が発展すればFPSを中心として、それを追いかける形で他のジャンルのゲームがそれぞれのeスポーツの形を見つけ発展していくだろう、と当時は期待されていた。


 ――異世界と繋がるまでは。


 異世界人は簡単に言えば強かった。

 マナが微量にしか存在しないこっちの世界テラでも多少の魔法が使え、獣人に至っては他の人種など足元にも及ばない程の身体能力を有している。

 正直、スポーツなどでは手も足も出なかった。

 思考能力で競い合うマインドスポーツであれば同じ土俵の上に立つことができたのだが、身体を使った競技とAR型eスポーツにおいてはハンデが無ければ勝負にすらならない。

 もし異世界間戦争が勃発していたらこっちの世界はテラという名前すらつかず滅ぼされていただろう。

 ちなみにアリアストラではこちらの世界とつながる数年前まで魔王と戦っていたそうだ。嘘か真か、その時に活躍した精霊が本気を出せば「テラは滅ぶ」とまで噂されている。

 専門家が言うには戦争にならずに異世界間条約を結ぶことができたのは奇跡だそうだ。


「よーし、みんな準備はできたか? できたやつからアーティファクトと<アーチ>を接続コネクトするように」


 ――とまぁ、それほどの身体能力の差があって「どうやって異文化交流していくんですか?」って話になった時に開発されたのがこの手袋型の魔導具アーティファクトだ。片手だけに装着し、個々が設定した起動キー動作と共に、


「コネクト」


 と呟くことで発動する魔法の防具。

 装備した人間に合わせて魔法の衣を形作り、身体を保護するスーツを装着させるのがアーティファクトの役割の1つだ。

 わかりやすく言うと変身ベルト。開発された当時は「特撮が現実になった」とあらゆるSNSで騒がれたそうだ。

 たまにノリのいい奴がいると……。


「へ~ん、しんっ!!」


 と特撮の変身ポーズのような動作を起動キーにする奴もいる。しかも彼は「コネクト」という起動音声をわざわざ「へんしん」に変えるほど徹底しているようだ。

 俺は恥ずかしくて真似できないため、授業用に設定した“帯刀した刀の柄に手を掛ける動作”を起動キーにしている。……え? 大差ないって? うっせ。

 隣ではユカナが両腕を組み、胸を強調するようなポーズで「コネクト」と宣言していた。なんて目に毒な変身なんだ。チラチラと俺たち――正確にはユカナに視線を送る同級生たちの気持ちがわかってしまう。


「今日はつい最近大会も行われたアナザーワールドを使用したeスポーツ関係の授業だ。説明するまでもないと思うが、ゲームを元からやっている奴も今日は授業用のアバターを使用することになるから見た目に変化はない。当然、プレイヤー名もお前たちの実名だ。ゲームの姿と名前で授業を受けられても先生、見分けつかないしな」


 本来であればコネクトと同時にアナザーワールドのアバターに変化――<アーチ>が情報を読みとり仮想世界を再現するのだが、今はあくまでも授業の一環なので個人アバターの情報はARに反映されない。ていうか反映されたら身バレするのでヤバい。俺は特にヤバいので洒落にならない。

 

「全員接続できたようだな。じゃあ、次は安全確保のためのステータス確認だ。しっかりと制限が掛かっているか確認して、異常があれば先生に知らせるように」


 はーい、という返事と共に生徒たちが目の前の空間を眺め始めた。

 俺も適当に指を振り、手元に表示枠を出現させる。そこには体力や筋力などの項目が並んでいた。

 ステータス――とは言葉通りの意味で自分の能力を可視化した値のことである。現実のプレイヤーの身体を<アーチ>とアーティファクトが検査し、能力値を割り出す。それを元に、公平に・・・ゲームができるように制限を課すのがアーティファクトのもう一つの役割。


 言うなれば現実世界で行われる“バランス調整”である。


 ARゲームを異世界問わずに安全安心公平に遊ぶため、アーティファクトがプレイヤーの身体の保護とバランス調整を行っている。

 特に異世界人に対しては本物の魔法が暴発しないように魔力は抑制、俺みたいな人間に対しては獣人の筋力に近づけるためのパワードスーツ的な役割が機能の中心となっている。

 この安全装置のおかげで異世界間交流という名のゲームが可能となったのだ。


「……はぁ」


 ……ただ、こんなにも便利で高性能なアーティファクトでも“誤作動”というものは存在するらしい。

 報告しないわけにもいかず、俺は先生に向かって口を開く。


「先生!」

「どうした周藤、なにか問題でも――」

また・・俺の魔力がゼロになってます!」

「いつも通りじゃないか、諦めろ」

「ひでぇ」


 いつものやり取り。

 周囲からは笑い声が漏れ、同情するような生暖かい視線が俺に降り掛かる。


「またアーティファクトがハルマ君の魔力を抑制したの?」

「魔力なんて元々1しかないし、ユカナたちのように魔法が使えるわけでもないのにゼロ。バランス調整どころか縛りプレイの強要とか、恐れ入る」

「――ふふ、<アーチ>がハルマ君のドМな深層心理でも読み取っているのかもしれないわね」

「誤解されるからやめてください。マジで」


 ドМうんぬんの冗談はさておき、これが俺の頭を悩ませている不具合だ。

 本来であれば魔力が高い人間――特に異世界人に適用される調整が、なぜか俺にも適用されてしまう。

 魔力は十段階評価であり、数値が高ければ高いほど強い魔法使いだと言われている。だから、例えば魔力5の異世界人がAR型ゲームをやろうとした際、安全性のためにアーティファクトが5から2まで力を抑制する。これによってマナが薄いテラではほとんどの人間は魔法が使えなくなる。

 つまり、元々魔力が1の俺は最初から魔法を暴発する心配なんて皆無なのだ。それなのになぜか、ゼロにまで下げられる。しかもアナザーワールドはそのステータスを基準にするため……俺はゲームの中でも魔法が使えないのだ。


「VRなら魔法が使えるのに、なんでARはダメなんだ……」


 やはりアーティファクトと相性が悪いのだろうか?

 AW運営やアーティファクトの販売元に問い合わせても「調査の結果、不具合は確認できませんでした」の一点張り。仕様として受け入れるしかなかった。


(……ま、だからこそ特殊な武器防具が装備できるって利点もあるんだけどな)


 授業用のアバターのアイテムボックスと装備画面を眺めながら使用するアイテムを選択し仮想化する。右手に収まった短刀はまるで本物のような質感と重量を感じさせた。無論、それは<アーチ>が見せる拡張現実ARとアーティファクトによる錯覚だ。


(とりあえず今は成績に響かない程度に授業をやるしかないか)


 最初は準備運動という名目のバトルロワイヤル。

 ルールは単純で最後まで体力ゲージが0にならず、生き残っていた者の勝利。俺のような魔法が使えない雑魚は真っ先に狙われてしまうゲームモードだ。


「……ん?」


 ピコン、という音と共にメールボックスに通知マークが現れる。

 差出人は『貴方の――』、件名は『練習』。どこからどう見ても迷惑メールであり、少し開くことを躊躇う薄気味悪さもあるのだが……俺はこの相手が誰だか知っている。


「ユカナ――って、もういなくなってる……」


 『辻斬り』について聞こうと思っていたが、すでに隣はもぬけの殻だった。どうやら隠れやすい場所を探しに行ってしまったのだろう。すでに授業が行われるAR対応型巨大体育館の内部は<アーチ>によって密林ステージが映し出されている。

 ゲーム開始までに探している余裕はない。


「夜でいいか、ゲームの話はゲーム内でするのが一番だし……げ、マジか」


 ユカナと会話することは諦め、メールを流し読み。

 内容は単純で俺の<師匠>である女性プレイヤーからの試練が記されていた。


『このバトルロワイヤルで1位を獲得してください』


 どうやら<師匠>は俺が学校でARの授業中だということをご存知らしい。

 はてさて、リアルの彼女はいったい誰なんだろうか? 皆目見当もつかないね。


「相変わらず難題を押し付けてくる<師匠>だ」


 目立つわけにもいかないのにバトルロワイヤルで1位をとれだなんて鬼畜の所業だ。

 彼女の方がよっぽど“鬼”に向いている。

 そんなことを考えながら、俺はAR空間を走り出したのだった。

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