第四十四話 ケンカ殺法


「出るぞ、千手照応剣せんじゅしょうおうけん!」


 諏訪が叫んだ、そのとき――

 無数の光の矢が大地に殺到した。

 真桜流の奥義『千手照応剣』とは、目にもとまらぬ高速の突きを次から次へと繰り出す多段攻撃の業である。


「っ!―――」


 単なる手数てかず頼みの業ではない。そのひとつひとつが正確に人体の急所を突いてくる。ひとつでも受け損なえば致命傷となりかねない。




「師匠!」


「あかん!」


 記者席の祐馬と虎之介が同時に叫んだ。

 大地は受けるのに精一杯で後退を余儀なくされている。

 瞬く間に剣武台のへりまで追い込まれた。




 トゥ


 たまらず大地は跳躍して空中に逃げた。

 だが――


「なっ!」


 なんと松浪も跳躍して追ってくる。しかも後から跳びあがったというのに、大地よりも高い位置に到達している。

 松浪は打ち下ろしの一撃を大地の左側頭部に見舞う。

 大地はかろうじて横面受けで防御する。


 牙止ガシッ


 物凄い衝撃が防いだ両腕に伝わってきた。

 しかし、それで終わりではない。松浪がそのまま力ずくで押し込むように大地の体を床板にたたきつけた。


 大地の体が跳弾バウンドした。

 床板からはね返った体はきれいに弧を描いて剣武台の中央に音をたてて落下する。

 それはまるでケンカ殺法であった。

 いままで見たこともない、荒々しい松浪がそこにいた。




「これだよ、これ! この筆頭さんが見たかったんだ!」


 一丸が手をたたいてはしゃぐ。


「……これが筆頭どのの本来の姿……うーむ」


 諏訪が唸り声をあげ腕を組む。こめかみには暑さによるものとは別種の汗が浮かんでいる。




「技あり!」


 行司が有効打を宣した。

 そこで仕切り直しではない。試合はまだ続行中だ。




「あかん、気ィ失っとる!」


 虎之介がいったとおり大地の意識はとんでいた。

 そんな大地を松浪は悠然と見下ろしている。

 すでに勝敗は決したも同然であった。



    第四十五話につづく



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