選択をした魔女

訳も分からぬ内に狙われたシオンとテオは、あてもなく走り続けてきた。

その途中、街の様子を垣間見る事になった。

この街に住むほぼ全ての子供が片足であること。ほんのひと握りの子供が、両足が無いこと。大人で片足の者は、あの数字の書かれた家にしか居ないこと。

少しずつシオンはこの街を理解した。そして、理解すればするほど、感情を抑えることが難しくなっていく。


「テオ...この街は腐ってる。」


「あぁ、そうだろうな。ここまでのクズには久し振りに会った。」


「...」


「よからぬ事を考えるな。今は、街をどうやって出るか考えろ。」


「分かってる。」


シオンの声色は落ち着いていた。だが、右手は腰の銃に触れていた。

テオが一切止まらずに走り続けて、ようやく別の門に辿り着いた。そして、テオが足を止めると、珍しく座り込んでしまった。


「テオ?」


「少し休ませてくれ...」


「テオが疲れるなんて...」


シオンがテオの背中から降りると、ようやく気が付いた。

テオの背中には、急所は外れているものの、矢が突き刺さっていた。


「...どうして、言ってくれなかったの...」


「この程度なら、急所さえ外れていれば大した事じゃない。」


「でも...」


「俺の事はいい。痛みもほとんどない。」


「今治療するから。」


シオンは銀色のケースを取り、薬を取りだした。

矢を抜くと血が流れ出したが、すぐに薬を塗りこみ止血をした。

包帯を巻こうとするとテオが立ち上がり、治療を中断してしまった。


「テオ、まだ包帯を巻いてないよ。」


「...人が来た。隠れるか?」


シオンがケースを閉じて右腰の銃を抜き、周囲を確認すると街に入って初めに声をかけた少年が歩いていた。


「...少し話を聞こうか。」


シオンは少年に駆け寄ると、少年の手を引いて建物の影に連れ込んだ。

少年が慌てて逃げようとするが、逃げ道にはテオが構えており、少年は逃げることを諦めた。


「...何?」


「この街...何故足が無いのか教えて。」


「...この足は親に切られたんだ。」


「親に...」


「街の決まり事だから仕方の無い事だとは分かってるけど、本当は自分の足で歩いて、世界を見てみたいけどね。」


少年は先の無い足を動かして、乾いた声で笑っていた。


「私は足を切る理由を理解しているつもりだけど、詳しく教えて。」


「何の変哲もない街は、子を産み、栄えさせていかなければ、ただ廃れていくだけ。そして、この街は既に破滅の道を進んでいる。若者達は街を出ていき、残るのは子も産めない老人と子供だけ。」


「だから、残った子供が街を出ていかないように足を切った。」


「そうだよ。分かってるなら聞かないで欲しかったけど。」


「他に決まりはある?」


「選ばれた人しか街の外を見てはいけない。移住者の居住区に近づいてはいけない。その2つが禁止事項だったはず。他にもあるけど、一番重い罪に問われるのはその2つだけ。」


「...その罪は?」


「足を奪う。子供なら残った足、大人なら両足だよ。」


「っ!」


シオンは突然どこかへ走り出した。


「何だったんだ...?」


「小僧。どこで刑が執行される。」


「街の北にある診療所の前にある広場で...」


少年から話を聞いたテオは、シオンの後を追って走り出した。

取り残された少年は、ただ呆然と走り去る背中を見ていることだけしか出来なかった。


「シオン!」


テオが後ろから追いつくと、シオンは背中に飛び乗った。


「お願い!急いで!」


「任せておけ。」


テオはシオンが乗ったことを確認すると、全速力で街中を駆け抜けた。

だが、怪我の影響があるのか、普段よりかは遅かった。


「早く...早く!」


シオンとテオが広場に出ると、叫び声が聞こえた。

広場の中央に建てられた断頭台の下には、頭の代わりに足が転がっていた。

周りで見ていた人々からは歓声が上がっていた。中には自業自得だと笑うものまでいる。


「どうして...どうして笑っているの...?」


断頭台から流れ出した血が、地面を赤く染めていく。

人々はそれを避けて、少女を嘲笑っている。


「諸君!これが決まりを破った者の末路だ!皆もこうなりたくなければ、私の決めた事を守る事だ!」


断頭台の上で声を上げる町の長の姿を見たシオンは、右腰の回転式拳銃を抜いて飛び出した。


「お前達は...人の未来を奪って、そんなに面白いか!?」


怒りをあらわにしたシオンは、普段からは想像もできない程の荒々しい雰囲気を漂わせていた。


「やぁ、旅の魔女。街は気に入ってくれたかい?」


「お前はこの街を殺した!それを理解していないのか!?」


「この街は死んでいない。未来ある子供達が生きているだろう?」


「その未来を足と共に奪ったんだ!人は自らの足で進む道を選択する。お前は、その選択肢を奪った!」


「...それがどうした?街の未来は安泰だろう?この決まり事は街の者達で話し合って決めたものだ。外から来たお前が口を出すな!」


「その話し合いに子供は...?」


「子供を街の存続を決める話し合いの場に立たさると思うか?」


「...今からでも遅くない。その子と同じ様な子を出さないためにも決まり事を無くせ!約束しなければ、殺してでも止める!」


「...おい、やれ。」


長が背後に立っていた男に指示を出すと、焼けて真っ赤になった鉄を、少女の切断された足の断面に押し付けた。枯れた叫び声が広場に響く。


「この街は私の、私達のものだ。この決まりのおかげで街は成り立っている。誰が旅の魔女と約束などするものか!」


長の声に続いて、周囲の人々からも罵声の声がシオンに浴びせられる。

シオンは人々を見て理解した。ここに居る者たちは、皆両足で立っている大人だけだと。


「お前たちだけが楽をしているのか...街の為と言い、全てを子に押し付けて、お前達は自己満足に笑っているのか!なら、私も自己満足の為に、魔女になろう!」


シオンを中心にして地面に魔法陣が広がっていく。広場の半分に広がった黄色い魔法陣に向けて、シオンは足を上げた。


「トルトニル!」


シオンが魔法陣を踏みつけると、硝子のように割れた魔法陣から中級基礎魔法トルトニルの雷撃が放たれた。

広場に立っている半分の人間が雷撃によって気を失った。

それでもシオンは止まらなかった。


「テオ、分かってるよね?」


「俺はお前に従う。だから、剣を使わせろ。」


「お願い、『狼の短剣ルフス・グラディア』」


テオの前に展開された魔法陣から、魔力で形成された両端に刃のある剣が現れた。テオは剣を咥えると、立ち上がろうとする人間に向けて走り始めた。


「ぎゃっ!?」


「うぁあ!」


テオの通り過ぎた背後から叫び声が聞こえる。斬られた人間達は、断たれた足を見て泣き叫んでいた。


「運が良ければ生きられる。運が良ければな。」


テオは立ち上がろうとする人間の足を断ち切り続けた。

シオンは武器を持ち、近寄ってくる人間の膝を撃ち抜く。両手で構えた銃は、標的を外すことは無かった。


「外さない。外すものか。必ず痛みを味合わせる!」


シオンが6発目を撃った時、背後から鎌を持った男が走ってきた。


「その銃は弾切れだ!今が好機だ!」


「よく知ってるけど、残念。」


シオンは銃を右腰のホルスターに戻すと、左腰の銃を右手で抜いた。


「死ねぇ!」


体を捻りながら、男の持っている鎌を撃った。弾かれた鎌が宙を舞っている間に、シオンは男の両膝を撃ち抜く。


「がぁああ!?」


間髪入れずに魔法陣を展開するが、降り注いだ矢が魔法陣を貫いた。


「テオ!弓を持つ人間を狙って!」


シオンが指示を出すと、テオは弓兵に狙いを変えた。群れる人間をすり抜け、弓兵の前で止まった。


「う、射て!」


弓兵はシオンに向けていた照準をテオに向けた。だが、1射目を飛び跳ねて躱すと、弓兵の後ろに着地した。


「お前らの矢が当たると思うか?」


「クソっ!意地でも当てろ!」


振り向いて矢を番えようとすると、足元に黄金に輝く魔法陣が広がっていた。

先程のことを見ていた弓兵達は、慌てて逃げようとする。しかし、既に魔法陣にはヒビが入っていた。


「食らえ、トルトニル!」


再び雷撃を身に受けた人々は、立ち上がることすらままならない。

地に伏した人々を横目に、シオンは断頭台の上で震える長とその取り巻きに近付いた。


「お、お前は魔女だ!邪悪な魔女だ!」


「言ったはず。私は魔女だよ。でも、私は人だった。それを、お前達が魔女にした。」


シオンが断頭台に登ると、魔女に恐れを抱いた取り巻き達が、断頭台から飛び降りた。だが、飛び降りた先には白き魔獣が待ち構えていた。

下から聞こえる悲鳴を聞いて、長の足の震えが強くなる。


「罪を償わせる。」


「お、お前にはそんな資格は無い!」


長の足の震えが止まると、長は懐から取り出したナイフを両手で握り、シオンの胸に向けて飛び込んだ。

しかし、思いを込めた長の勇気ある行動は、3発の銃弾によって止められた。

1発はナイフを弾き、残りの2発は右膝に撃ち込まれた。


「ぐぅうぁあ!?」


右膝を押えてのたうち回る目の前の人間の首を掴み、断頭台に乗せた。

テオも断頭台に上がり、重く大きなギロチンのロープを咥えて1番上まで持ち上げた。シオンは人間の両足を穴に入れて固定する。


「や...めろ...」


シオンが人間の声を聞き入れることは無かった。弾いたナイフを拾い上げると、テオの咥えているロープにナイフを当てた。


「やめろぉぉお!!」


血飛沫と共に、人間の悲痛な叫び声が広場にこだました。

シオンは銃弾を装填してから広場を離れる。テオが背中に乗るように諭すが、黙り込んだままシオンは歩いていた。


「...おい。これからどうする気だ?」


シオンからの返事はなかった。溜息をつきながら、テオはシオンについて行った。

ふらふらと歩いていると、何かを必死に探している少年に出会った。

少年はシオンを見つけると、悪魔の様な形相で近寄ってきた。


「お前だけは許さない!この手で殺してやる!」


少年はシオンに飛びかかると、シオンの細い首を両手で締め上げた。

テオが体当たりをして少年を吹き飛ばした事で、シオンは怪我をせずに済んだ。


「げほっ...」


「小僧...自分がなにをしたか分かってるのか?」


「黙れ!その魔女は俺の父さんを殺した!その報いをするだけだ!」


「お前の父が誰かなど知るものか。この牙でお前の腸を引きずり出してやろう!」


テオが脅しをかけるが、今の少年には無意味だった。


「俺の父さんはこの街の長だ!騒ぎを聞いて見に行ってみれば、父さんと街の皆が血まみれで倒れていた...そこで聞いたんだよ!お前が全部やったって!」


「私は...っ!」


シオンが立ち上がろうとすると、頭に拳程の石が投げつけられた。視界が揺らぐ中で見えたのは、少年と同じような表情を浮かべた子供達だった。


「何で...私は...貴方達に自由を...」


「俺は片足に不満はあった。でも、父さんや母さんと居られれば良かった!外の世界なんて見れなくても良かった!父さんと母さんが居れば...だけど!父さんはもう居ない!母さんも見当たらない!どうすればいいんだ!」


「新しい道を...」


「うるさい!お前に自由が欲しいなんて頼んでもいない!」


「私は...」


「皆も同じ気持ちだ。これからどうすればいいのか、分からない。お前のせいで!だから、お前に復讐する!」


少年を筆頭に、子供達は石をシオンとテオに投げつけた。

テオはシオンの襟を咥えて背中に投げると、無数の石が降り注ぐ中を走り抜けた。

背後からは子供達の声が聞こえるが、次第に小さくなり、最後にはテオの発する音に掻き消された。


「どうやって門を開けて逃げるか...」


テオは走りながら考えたが、何もいい案が思い浮かばなかった。

必死になって門に向かって走っていると、不思議な事に門が開いている。


「運が良い!シオン、街を出るぞ!」


テオは全速力で開いた門を通り抜けた。シオンとテオが門を通った直後に、門は大きな音を立てて閉じた。


「やっと出られたか。とにかく街から離れるか。」


シオンを乗せたテオは、街から逃げるように走り続けた。

その小さな魔女の背中を、高い壁の上に設置された門の開閉装置に寄りかかって見ている片足の老人が居た。


「未熟な魔女よ...お前さんはまだ若い。自分を認められなくとも、いずれ認められるようになる。お前さんは、まだ未来がある。もう旅の出来ない私の代わりに、前に進むといい。私が出来なかった事をした、未熟な魔女よ。これは、何も出来なかった魔女の、せめてもの罪滅ぼしさ。」


老人はシオンとテオが見えなくなるまで、壁の上で静かに、寂しそうに見つめていた。

街からだいぶ離れると、テオは足を止めた。

背中で泣いているシオンが、小さな声を絞り出した。


「私...間違ってたの...?」


「もう泣くな。お前の選択が間違っていた事を認める事になる。胸を張れ、お前の選択が間違っていなかったと。」


シオンはゆっくりと顔を上げる。荷物から布を取り出すと、涙で汚れた顔を拭き、空を見上げた。

空は夕陽によって赤く染っていた。


「...テオ。」


「何だ?」


「私は、間違ってないよね。」


「あぁ、間違っていない。それが、お前の選択だ。」


「...でも、忘れない。私が人になる為に、この事は忘れない。」


「それでいい。その方が、人間味がある。」


シオンは再び溢れ出した涙を拭うと、前を向いた。

テオはシオンが立ち直ったことに安心すると、ゆっくりと歩き出した。


その後、生き残った親も老いて亡くなる頃、街は地図から姿を消した。

だが、街はまだ存在している。

稀に旅人や商人が立ち入ってしまうが、門は開いたままなので、簡単に出る事が出来る。

しかし、出てきた者達は、怯えた様子で街を出てきた。


「あの街にある断頭台には近付くな。呪われて足を喰われる事になるだろう。」


そう言って誰も近寄らなかったが、ある好奇心の強い若者が街に入っていった。

そして、出てくる時には片足を失っていた。

話を聞くと、断頭台に刻まれた文字を読んだあと、声が聞こえたと言っていた。

若者は文字の事を話した。


「『あの魔女の事は忘れない。自由を奪った魔女に復讐を!』と書かれていたよ。そのあと、『お前は魔女じゃない。だが、旅人の足は切る決まりだ』と声が聞こえたが、後のことは覚えていないんだ。気付いたら足を切られていたよ。痛くないからいいけどね。」


そう話す若者の足の切断面は焼かれており、残った足には無数の子供の様な小さな手形が残っていた。

若者は笑いながらこう言った。


「あはは!これであの魔女が見てわかるだろう。さぁて、魔女を探しに行こうか。」


そして、若者は子供のような笑みを浮かべて人々の前から姿を消した。

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魔女の足跡 大神 雨乃 @ogami-amano

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