第9話 案山子はこうしてつくられた
そこで見たものは人の業
「また大きな壁に囲われた街だね。」
「油の臭いが殆ど無いな。発展はしていないだろう。」
「でも、少し気になるよね...あの門。」
国境から離れた街にしては高い壁に囲われている上に、門も見えるだけだが、鉄の門になっている。
「まるで、来るものを拒むようだな。」
「...意外とそうじゃないかもね。」
シオンを背中に乗せたテオが門に近づき、検問所を探そうとしていると、地響きの様な音を立てながら門が開いた。
「検問所も無しか。それほど警備に自信があるか...」
「何か別の理由があるかもしれない、でしょ?」
「ちゃんと分かっているからいい。それと、引き返すなら今の内だぞ。」
「引き返すつもりはないよ。ほら、歩いて。」
シオンがテオの背中を叩くと、テオは開いた門をくぐり抜け、街の中へ足を踏み入れた。
「さて、何があるかな。」
「取り敢えず食糧だな。干し肉が売っていればいいが...」
通りを進んでいると、背後から門の閉まる音が聞こえた。
「門の近くもそうだったけど、不気味な街だね。人が誰もいない。」
「いや...近くには居るな。周りの家をよく見てみろ。」
シオンが通りを進みながら両脇に建てられた家を見ると、窓や扉がほんの少しだけ開いており、シオンとテオを好奇と畏怖の眼差しで見ている。
シオンと目が合った住人は、すぐに窓や扉を音を立てて閉めた。
「嫌われてるのかな?」
「ここは交易国家だが、この街には商人も来ていない。街の人間以外が訪れる事が珍しいんだろう。」
「どうして商人が来てないってわかるの?」
「奴らからは獣避けの臭いがするからな。臭いも多少の違いがある。やろうと思えば、臭いを辿って商人のいる場所まで案内出来る。」
「流石はい...狼だね。」
「犬と呼ぼうとしたな?明日は自分で歩け。」
「ごめんね。間違えただけだから。」
「許さ...シオン、見てみろ。」
テオの視線の先には、齢10程の少年が家の前で芋の皮剥きをしていた。テオが気にしていたのは、少年の右足が無いからだった。
「気になるなら声でもかけてみたら?」
「俺が話しかけるのか?」
「私は特に興味が無いから。それとも、子供相手に怖気付いてるの?」
「黙れ。誰が人間の餓鬼相手に怖気付くものか。おい、人間。」
テオはシオンに煽られて、荒い口調のまま少年に声を掛けた。
少年はテオが言葉を発した事に驚きを見せたが、すぐに顔を伏せて作業に戻った。黙々と作業をしている少年を怒鳴りつけようとしてテオが1歩踏み出すと、少年は口を開いた、
「...宿は真っ直ぐ進んで、突き当たりを右に行くと左にある。」
「一応言葉は分かるみたいだな。ひとつ質問をする。」
「...別にいいけど。」
「その足はどうした。怪我か病か?」
「...これは...」
少年が何かを言おうとしたが、家の中から飛び出してきた母親によって、家の中に連れ込まれてしまった。
母親が去り際に見せた表情は、まるで悪魔の様だった。
「嫌われたね。」
シオンはテオの背中から降りると、まだ皮の向かれていない芋を数個を取り、脱いだ帽子に入れた。代わりに少しばかりの銅貨を残してテオの背中に戻った。
「人間は理解し難いな。」
「無くした足について聞く方が珍しいと思うけどね。」
「聞かなければ分からないだろ?」
「確かにそうだけど...」
「気にするほどのことでもないが...それはいいのか?」
「この芋?お金は置いたから大丈夫。」
「それならいいが...芋か。」
「やぁ、旅の人。」
テオが芋を見て溜め息をついていると、背後から中年の男性が声をかけてきた。
シオンはテオの背中から降りて、男性の前に立った。
「初めまして。私はシオン。この大狼はテオ。貴方は?」
「私はこの街の長。どうかな?この街は気に入ってくれたかい?」
「まだ見てないから分からないけど、静かな街だね。」
「そうだろう?この街に来た旅の人は、皆街を気に入って移住してくれるほどだ。君達もきっと気に入ると思う。」
「どこか観光出来る場所はある?」
「ふむ...観光の街では無いから特に無いな。街の様子でも見ているといい。きっと、気に入るさ。」
男性は大笑いをしてから立ち去った。シオンとテオは顔を見合わせてから、何も無い街を散策し始めた。
相も変わらず街の住人は、シオンとテオを見かけると家の中に逃げ込んでいく。
「何もないね。」
「この街の人間は魔獣を見たことがないのか?全ての店で入店を断られたぞ?」
「仕方ないよ。人間からすれば、人の言葉を話す獣なんて、畏怖の対象にしかならない。」
「面倒な街だ...何も無い上に面白くもない。そろそろ街を出るぞ。」
「そうだね。宿はあるけど、歓迎されてないみたいだったからね。今日は野宿で我慢する。」
「つまらない街だったな。」
テオが外に出る門を探して走っていると、すぐに見つけることが出来た。
入ってきた時と同じように門の前に近付くが、開く気配は無かった。
「おかしい...来た時の門は開いたのに。」
「...臭いがするな。」
「臭い?」
「まだ気にしなくていい。だが、気を引き締めておけ。」
「...分かった。でも、どうしようか。どうにかすれば開くかもしれないけど...」
シオンが辺りを見回していると、子供達の声が聞こえてきた。
「どこかで遊んでるのかな?」
子供達を探すと、すぐに見つけることが出来た。近くの広場で6人の子供が集まって遊んでいた。
シオンは門の開く条件を聞く為に近寄ろうとしたが、ぴたりと足を止めた。
「...この街は少しおかしいな。まただ。」
「しかも...全員だね。」
子供達の足元に目を向けると、左右はバラバラだが、全員に共通して片足が無い。
まるで、それが当たり前のように杖をついて遊ぶ子供達を見て、シオンは体の奥底が熱くなった。
シオンが感情を抑えながら見ていると、1人の少女の杖が折れてしまった。少女は地面に倒れると、折れた杖を見て泣きそうな表情を浮かべている。
「大丈夫?」
テオの背中から銀色のケースを持って降りたシオンは、倒れた少女に近づいた。
「うん...お姉ちゃんはだれ?」
「旅人だよ。怪我はしてない?」
「手...擦りむいちゃったの。」
手のひらを見ると、擦り切れた傷口からプツプツと血が滲んでいた。シオンに声をかけられて安心した少女も、自分の傷を見て泣き始めてしまう。
「うわぁぁあん!」
「痛かったね。手当してあげるから、少しの間だけ我慢して。」
シオンは銀色のケースを開くと、黄色の軟膏の入った小瓶を取り出し、少女の傷口に塗りこんだ。塗った時は顔をしかめていた少女も、血が止まり痛みが引くと、笑顔を見せるようになった。
「凄い!もう痛くなくなった!」
「それは良かった。」
「でも、杖壊れちゃったね。」
もう1人の少女が折れた杖を持って、シオンに近づいてきた。
「これ、私達に大事なものなの。お姉さん...直せる?」
「直せるよ。本当はお金を貰うけど、特別だからね。」
シオンは折れた杖を受け取ると、そっと地面に置いた。
シオンが杖に手を向けると、上下に挟むようにして、2つの白い魔法陣が展開される。
「『崩壊るいな』『再構築りすれくてぃあ』」
シオンは連続して魔法を発動する。魔法陣から放たれた光に呑み込まれた杖が再びを姿を現すと、杖は元通りになっていた。
「出来たよ。だいぶ古くなってたけど、状態も良くしたから長持ちすると思うよ。」
「すごーい!今のは何?」
「魔法だよ。私は魔女だからね。」
「お姉ちゃんは魔女なの!?魔女ってあのお話に出てくる...んむ!?」
「おい!その話はしちゃダメって言われただろ!怒られるのは俺なんだからな!」
子供達の中で、1番歳を積み重ねた少年が、少女の口を手で塞いだ。
「手当や修理してくれたことには礼を言う。だが、あまりこの街に深入りするな。余所者は出ていけ。」
少年がなにかを隠そうとしていることはわかったが、それが何かは分からない。
シオンは答えを探す為に、少年を問いつめた。
「ねぇ、まだ全て見たわけじゃないけど、この街には魔女はいないよね?どうして魔女を知ってるの?」
「そ、それは...」
「外から来たおばさんに教えてもらったの!」
どもっている少年では無く、怪我をした少女が答えた。
「移住者か。」
「喋った!?」
「魔獣を見た事はない?」
「話す動物なんて初めて!すごーい!」
「おい、寄るな!噛み付くぞ!」
近づこうとする少女に怒鳴ると、少女の目に涙が浮かんだ。
「ごめんね。テオは人間が嫌いなの。」
「怖い...」
「よしよし。ねぇ、私を外から来たおばさんの所に案内して欲しいんだけど、いいかな?」
シオンが少女の頭を撫でながら微笑むと、少女は何度も何度も頷いた。
「良かった。じゃあ、一緒に来て。」
シオンは少女をテオの背中に乗せると、少女の後ろに座った。
「お前以外を乗せるつもりは無い。連れていくならお前も歩け。」
「テオ...貴方の我儘に付き合ってる暇はないの。」
「...」
テオはシオンの言葉を聞いて少ししてから歩き始めた。
しかし、少年が前に立ち塞がり、テオを止めようとする。
「ま、待て!それは禁止されて...しかも、その子は...」
「それがどうした。俺は外の者であり魔獣だ。貴様等人間が決めた法を守れというのか?小僧。」
「...でも、俺の友達は人間だ!」
「...退け。」
テオは少年に構わず歩き出した。少年は避けようとしたが、テオの大きな体に当たってしまい、小さな少年は突き飛ばされてしまった。
「く、くそ!」
少年は杖を使って立ち上がると、他の子供たちを連れてどこかへ走り去ってしまった。
「テオ...さすがに今のは」
「黙れ。今は機嫌が悪い。」
テオはその後、目的地に着くまで一言も話さなかった。
少女の案内によって、壁の傍にある簡易的な家屋が並んだ場所にたどり着いた。
「ここにいるの?」
「うん、えっと...あの家!」
少女は48番と書かれた扉の家を指さした。シオンが少女と一緒にテオの背中から降りると、少女は一直線に家に向かった。
「テオ。」
「...早く行け。」
「ごめんね。私の我儘に付き合わせて。」
シオンはテオの額にキスをすると、少女の後を追った。
残されたテオは、額に残る柔らかい感触の余韻に浸っていた。
「...ませガキめ...」
少女の後を追って、シオンは扉の前に立っていた。
「おーばさん!」
少女が扉を叩くと、少し遅れて扉が開いた。
家の中から出て来た年老いた女性は、険しい顔をしていた。
「また来たのかい...ここには来てはいけないと言ったはずだよ。それに...後ろのま...人は?」
「初めまして。私はシオン。街から出る方法が無いか聞きに来たけど...」
「生憎、その方法は知らないよ。見ての通り、私もここにいる。それに、出ようにも出れない体でね。」
老人の足を見ると、左足が無かった。
「お前さんも、私のようになる前に出た方がいい。」
老人が家の中に戻ろうとすると、シオンが扉に手をかけて老人を止めた。
「待って。どうして足が...」
「...切られたんだよ。この街は、そういう街なんだ。」
「もっと詳しく教えて。」
「...それは無理だ。お前さん達は、余計なものまで連れてきてしまった。もう話すことは無い。はやく、逃げた方がいい。」
老人は力強く扉を閉めた。
シオンが訳も分からず立っていると、テオの声が聞こえた。
「シオン!逃げるぞ!」
「テオ!?」
シオンに向けて走ってきたテオは、シオンの襟を咥えて背中に放り投げた。
「待って!あの子が!」
「他人の身を案じている場合じゃない!来るぞ!」
シオンが体を起こすと、直前までシオンの頭が乗っていた荷物に、矢が突き刺さった。
「ぐっ...行くぞ!」
シオンが背後を確認すると、矢を構えた兵士が何人も並んでいた。その中心には下卑た笑みを浮かべる街の長が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます