取り調べ
『そこで俺は言ってやったんでぃ。サツが金を持て来なかったら、おめぇらの命はねぇからな!ってな。あいつらの怯えっぷりときたら、そりゃあ傑作だったぜぃ。この子の命だけはお願いしますってな。わかるだろ? 子どもをかばう親の姿っていうのは、そそるよなぁ。どっちみち全員殺すってのになぁ、あんたにも見せてやりてぇよ。それでな……あ待て、話は終わってねぇ。これから面白くなるんだ。それから、俺は女を裂いて……』
善良なサラリーマンの仮面をかぶった犯罪者が、宮森クリスの指の動きに気づいた。哀願を試みるが、かまわず手元の停止スイッチにタッチする。ホログラフィックに人格復元された男は、半円テーブル上から消滅した。
「ふぅ……聞くに堪えないな」
宮森が、イジェクトボタンを指先ではじく。10インチ操作パネルのカバーが開いて、トレーが無音でせり上がった。そこにあるのは5センチ四方のハードメモリ。男の生前データを収録した
「……次」
無造作に置いた
「貴様は請負のスナイパーだったな? レーザー銃について知ってるか」
宮森の問いに、男が口角をあげる。
『殺し方なら知ってる』
ハンガーオブパーソナリティスタック。通称
”ひと房分”の内訳のひとつは、尋問に都合よく改善されている点。復元された人格は、知っていることは正しく返答するよう、意識改変プログラムが施されている。しゃべりたくて、しゃべりたくて、うずうずしているらしい。自白剤の電脳版だな。宮森は揶揄する。
『――とういわけで、遠距離ライフルの撃ち方のコツはみっつ。息を止めない、太陽を背にする、撃鉄は引くでなく落とす、だ。あとはターゲットの行動パターンを読むために2週間は粘り強く尾行。それから……』
「はい×印。時間のムダだったな。知ってることばかりだ。次の方どうぞ」
『あ、まて話し足りない、まだまだ有益な殺し方が、うぷっつ胃が……』
サーバー保存のデータにも、退屈という辞書があるのか。そう疑いたくなるくらい、凶悪な犯罪者だった連中が、話したがりに変貌する。トーク番組に抜擢された新人タレントかよ。従順なのは結構なこと。だが、無駄なしゃべりに付き合わされるのはたまらない。
それにしてもまた無収穫。朝、桜井たまき巡査長を引き入れてから、かれこれ半日。脈のありそうな犯罪者に絞ったというのにこの始末か。付箋の×印も書き飽きてきた。
「16人射殺して3年前に死んだ男、”ビル際の殺人ショット”も情報なし。期待してたんだがな」
携帯マグに手を伸ばしながら、背後のエンジニアの男にぼやいた。
「生前にシプナス精査保存をしてない人物の人格保存は、脳細胞の死滅との競争す。人格データ復元が不完全になるのは、避けがたい必然でしょう。こいつの場合、死に方がよくなかったってこともあるんじゃないすかね。サバで食あたりってのは、誰だって死にきれないすから」
エンジニアの名前は支笏原一朗。鑑識の知り合いだ。宮森クリスと桜井たまきだけでは、人手が足りなかった事情もあったが、それだけではない。資格者が立ち合わなければ、
じつは数カ月前、議員の一人がうろ覚えで操作して故障させる騒ぎがあった。この修理に莫大な予算がつぎ込まれ、
鑑識の係長。支笏原一朗は、言葉使いだけは丁寧だが、いきなり呼び出された不機嫌をずっと隠そうとしてない。宮森は、彼の態度をスルーして、熟練の専門家らしい説明のほうに、首をひねった。
「記憶が不完全だといいたいのか。どれもずいぶん人間臭かったようだが」
「ま、人格は再現できても、死亡までの記憶がパーフェクトとの保証はないすね。逆もしかりで、記憶があるのに人格が破綻してるケースもあります。生前保存された記憶なら、そこは安定するから、可能性は低いっすけどね」
「それよりもっすね。死人に意見を求めることが捜査としてどれほど役にたつものなのか、オレとしてはそっちのほうが疑問すね」
あんたの捜査は役にたたない。そう言ってるようなものだ。
「そうかい?シプナス保存はパープルグレイ社限定の技術だ。それなりに金もかかる。自分の人格を残したい奇特な奴が、自ら人殺しはしないだろう。はぁ、鑑識の改善案件だな、先輩。腐った脳ミソでも100%保存できる装置を購入するよう上司に言え。あーそれで、何人目だっけ?」
「削減を趣味とする議員連中が、新規予算なんかつけるはずないでしょ。17人目です」
「残り19人分か。今日じゅうに終わらんかもな。おーい桜井君。そっちの進み具合はどうだ?紙媒体は初めてだろう?」
離れたデスクで、テキパキ書類をさばく桜井たまき巡査長をふり返る。ため息とも呻き声こえともとれる「うう……」の声。巨大なスチール机には、何列にも分けられ山積みされた、膨大な資料が、座った彼女の背丈より高く積まれていた。1冊ごと、メモを挟んだクリップも、すでに小山といっていい高さに成長している。
「これ、ほんとに私が、ひとりで? 捜査課の増援は」
「……ない。がんばれ」
「早く終わらせて、手伝ってくださいよ」
「善処は、してる」
苦笑いを浮かべた。携帯マグをのぞき込む。残り半分の冷めきったコーヒーを、ビールのように喉の奥へと流し込んだ。
「うっぷ。じゃあ次いこうか先輩。コピーは24時間で消えるしな?」
図書館の
警部補から先輩と呼ばれた、第二鑑識室兼遺留品一時預かり室の係長が、しかめ面をつくる。手の上で
新人警官は、警察学校の授業の一環として、複数部署での研修が課せられている。職務という将来を選択するための課程だ。部署側にとっても有望新人と直に接する貴重な機会。人事課まかせでは得られない人選ができると好評だ。宮森クリスも3つの部署を体験した。配属されたのは希望した捜査課だったが、14日にわたって体験した鑑識課の業務は、いま、捜査に欠かせない糧となった。そのときの教育担当が、男性巡査部長だった。
「だいだいすね。現在の事件捜査に、過去のそれも無関係な犯罪者を尋問する意味ってあるんすか。こういう
「昨日の件を言いたいのか。生きた証人のほうは、仲間たちがあたってるよ。私は外されたから別件捜査、ということになっている。君は、未解決殺人が何件あるか知ってるか」
「えーと。たしか、12件」
「さすがだな。だがそれは最近3年間の平均だ。警察の威信を傷つけるには十分な数字だが、まったく足りない」
「十分でしょうよ。3年なら」
「集めたいのはもっと過去だ。10年は遡るつもりだよ。桜井君の掘り起こしによっては、19の
「10年以上も? な~んでまた」
あきれ顔。お前はバカかという思いがにじみ出ている。この正直さが、支笏原を頼る理由だ。
「なんか、言いたそうだな?」
「な! あ、いいえバカだなんで思ってませんから」
「……バカ?」
「あ、いや、どこの探偵きどりか、とも思ってません」
「……探偵きどり?」
宮森が睨む。口笛をふいて斜めうえに視線を固定する。
どん!桜井たまきが勢いよく机をたたいた。
「お二方! これは捜査なんですよ。新作コントの披露なんかやめて、まじめにどんどん進めてください。こっちは一人なんですから、あっ!」
わずかな振動がきっかけになったのか、ぎりぎりのバランスで積まれていた山の一つが、崩落した。あわてて桜井がその身体で支えたが、資料の重さにはかなわなかった。チェック済みとチェック前の資料が、折り重なって、床に散乱。混ざりあい、どれがどれだか、わからなくなった。
「くりすさーん。助けて」
下敷きとなった桜井が、救援要請する。
「……んーさて、何の話だったかな? 支笏原係長」
「えーと。10年は適正かという、議論でしたよね? 宮森警部補」
宮森と鑑識係長は、観ないふりすることに決めた。実際、かまってる時間はないのだ。桜井だって警官だ、華奢なようでも、自力で抜け出すことくらいは問題ない。ふんッと、気合をいれて瓦礫の下から脱出すると、無言で資料を片付ける。
「うむ。10年前から発生した未解決殺人事件の件数はわかるか?」
「ざっと10倍の170件ってとこすかね」
「429件だ」
「429ぅ? うっそ、でしょう! そんなに多く、殺人事件が起きてるはずがない」
「もちろんウソだ。私からの出まかせだよ」
「…………おまえは」
支笏原が、宮森をにらみつける。
「駄々洩れだぞ課長。私の階級をお忘れか?」
「失礼しました、
「よろしい」
お互い肩をすくめた。桜井のセリフではないが、このあたり息の合った漫才コンビにみえなくもない。宮森がコホンと咳払いする。
「話をもどすぞ。小瓶の中身は肉片のようだった。鑑識の仕事になるが、海藤ソレイユという人気ミステリー作家が、殺人を犯して首を切って、肉片をコレクションは異常だ。しかも、本人は腹を切られ頭をレーザーで破壊されてる。傷口からすると、腹はスライサー、頭はミミズクの可能性が高い。パトカーと追跡ドローンに囲まれてるど真ん中で、それがおこった」
「そんなこと、できるんすか?ドローンやパトが撮影した映像は?」
「解析中だが、それらしい人影もない」
「ならはやり、礼の高校生?」
「極めて怪しいが、奴がいたのは私たちが到着してから。海藤ソレイユが死体になった後だ。短時間に腸を取り出したことになるが、落ちていたものを拾ったと考えるほうが自然だ。その意味では犯人じゃないと断言できる」
「そうなんすか。釈然としないすね」
「とにかくソレイユだ。彼女には犯罪歴などない。それだけに、いかにも出来過ぎたミステリー。とは思わないか?」
「警察の知らない殺人をほかにも犯していると?」
「かもしれないし、そうでないかもしれない。意味することを調べたいんだ」
「ミステリー作家の、最後のミステリーですか」
「嗤えん冗談だ」
「それよりも、次いきませんか? 桜井くんのいうとおり、時間がもったいない」
「そうだな。えーと、”ウェン・チュク”だ。ギャング団の女頭目で……」
そのとき、静かなピアノの曲とともに、場内アナウンスが流れた。
『本日は、
「あーあ時間だ」
「片付けよう。急いで移動だ。保管室をレンタルしてある。そこに突っ込んで残りは明日だ」
「明日は、日曜ですよね?」
「知ってる。それがどうかしたか?」
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