スキャベンジャー


『人間ってやつは、些細なことにこだわるもんだったけな。つい忘れてたよ』


 カシャンカシャン。


 この辺はススキノと呼ばれる繁華街。時間的に華やだ人やビジネススーツの通行人は少ない。だが商売人や仕込みの時間なのだろう。いかにも普段着っぽいオッサンやお姉さんは、わりといた。鼻歌や言い争い、水を撒いたり、モノを運んだりする音はそこらじゅうからしていた。この狭路には、いなかったが。


 カシャンカシャン。だが、それらとは違う。金属が地面に擦れるような叩くような、一風かわった足音をたて、二足歩行の重量物がやってきた。


 廃品回収マシンスキャベンジャーと呼ばれるそいつは、シティ冬都のリサイクル業者に所有されるロボット。ゴミや集積した廃棄物を回収するための人型機械だ。


『来てくれたか。中島公園にはいかなくてよくなった。ここが終点だよ。右脚くん』


 ごうは首をかしげた。


「終点? その廃品回収マシンスキャベンジャーが終点って、どういうことだ。カスターブリテン社製の、えらく古くさい機体のようだが。あれそいつは……?」

『よく知ってるな右脚くん。それに、気づいたようだし。オリジナルに手を加えたんだよ。リベルテがね』

「リベルテ?」


 ごうの目は廃品回収マシンスキャベンジャーに釘付けとなった。そのまま口だけで反芻する。リベルテ。女性の名前のようだった。まさか、この廃品回収マシンスキャベンジャーじゃないよな。リサイクル会社の知り合い女性が改造。そう考えるのが妥当だ。陽一の知り合いというのが不気味だ。生前のという意味ならいいが、そうでないなら。


あろま・・・、どうなってるの? スキャベンジャーが幽霊のお友達ってこと?」

「まだ不明。だとすれば不思議な肉体関係」

「肉体……ってあろま・・・、何をしてるの?」


 不穏な女子会話は聞かなかったことにする。ミニサイズのほうは、積まれた廃品をがさがさ漁っていた。


『気にしなくていい。”甲状腺”は落としてないな。渡してやってくれ』

「渡す?バカいえ。廃品回収マシンスキャベンジャーに渡したら。即ゴミ処分だ」

『右脚くんが心配することじゃない。ほらほら。渡さんと、呪いが降りかかるぞー』

「わかったわかった。陽一が欲しがったものだからな。好きにすりゃいい」


 困難を排して入手したブツではあるが、記念に飾りたくなるものではない。ごうは、ポケットの異物入りパックを指先でつまみだした。取り出すと、いきなり廃品回収マシンスキャベンジャーが、カシャカシャ、すり寄るように迫ってきた。


「ぬおっ」


 ごうよりも低いスリムな2足歩行型。実はとんでもない有名な機体であり、実在が疑われている機体でもあった。目撃情報はあった写真が投稿されたこともあった。だが見間違い、CG偽造だと、相手にするものはいなかった。ゆえに実物を拝顔するのはごうも初めてだった。


 回収が仕事のロボットというのは、たいてい寸胴型をしている。業務用掃除機のお化けといえばわかりやすい。樽形の胴体にゴミをため込んで、運んだ先にそれごと渡し、代わりの缶をセットする仕組みができあがっているのだ。ボトム部は3足歩行かキャタビラ、または併用。とにかく運搬に適したフォルムというのが普通だ。


 このScvR0016が有名なのは、カスターブリテン社が、アンドロイドをベースに特注制作した一品ものということがあるが、それだけではない。

 完成したロボットは、実用向きでないと判明した。設計段階で気が付かなった開発者がバカだったのか、バトルロボに憧れた社員の暴走なのか。スリムボティ内には、もっとも肝心な、保管するスペースがほとんどなかった。発注したサルベージ業者は大いに怒った。契約不履行だと決めつけ、受け取りを拒否。開発費を支払わないのみならず、損害賠償請求の訴訟を起こした。機体の開発納品までの間、ほかの機体を買い控えている。得ていたはずの利益を肩代わりしろというのが言い分だ。


 いわくつきのScvR0016を、引き取る業者はない。アンドロイドでないから、接客には使えない。労働にするには運搬力が脆弱。なにより特注につき、メンテナンスが高い。パーツは都度製造で、維持費がかさむうえ、販売価格が高額だった。高い製造コストに加えて、裁判費用を上乗せさせたせいで、どんな使い方をしても民用採算に合わないのだ。結局、稼働実績のないまま廃棄と、伝えられている。


 悲しいモデルは、面白おかしく”アンドロイド50年史”に掲載された。アンドロイド史にロボットかい。そんなツッコミで、SNSはおおいに盛り上がった。コアファンにとって垂涎のネタ機体なのだ。

 一度は見てみたかった博物館物級モデルが、歩いている。そこまでディープファンではないごうだが、さすがに目を丸くする。


 いくつか写真と異なる点を発見した。目立つのはバックパック。あの4つのステン箱は、後付けだ。少しは廃品回収マシンスキャベンジャーらしく働くための収納ケースなのだろう。シンメトリックだったボディデザインは左右非対称に造りかえられている。右胸部の結合なんかは、ド下手にもほどがあった。リベルテとかいう人物は素人だったのか。


 ボディには、どうみても手書きのいたずらで”Nucleoside”とあった。ヌクレオシド。塩基と糖が結合した化合物のことだ。よくヌクレオドと混乱するんだなあと、試験向きのトリビアをごうは思い出す。


 高さ165.3センチ、質量235キログラムの躯体。複数の油圧ポンプを押しこむモーター音を鳴らして、両の手が動く。ベースはアンドロイド、だけどロボット。どっちなんだ。なめならかな挙動に見とれてると、人間の1.5倍ほどある手が、鼻先に突き出された。


「ひゃい」

「危ないっ!」


 悲鳴はモデル女子のほうだ。ぶん殴られるのかと頭を腕でかばったが、衝撃らしきものはなにもおこらなかった。恐る恐る腕を降ろすと、目の前に静止たまま。じっとしてると、ScvR0016の右手指先が、第二関節からくいっと曲がった。


「ソレ、クレ」

「あい? う、え。はい」


 スキャベンジャーというのは、作業ロボであるとともに所有会社の広告塔。有機ELパネルやLED掲示板に広告や文字が表示されることはあっても、緊急時のサイレン意外に音は出ない。まさかしゃべるとは思わなかった。

 ごうは、持っていたビニルパックを手の上に慌てて載せた。ScvR0016は、そっと受け取ると大切に持ち上げ、慈しむように頬にあてがった。


「生モノ、重さ、ティッシュペーパー、足リナイ、OKカ」


 リサイクルか。雑誌10キロが、トイレットペーパー一個にならないのに。

 わりと高値な引き取りだ。


「え? ああ、引き取り対価のことか、べつにいいけど。こちらからもいいか?」

「ナン、だ」

「あ、あ、あの。握手してもらっても、いいですか?」

「紅葉山くんのお友達みたい。幽霊のじゃなくて」

「アンドロイドより行動が読めない。やはり面白い」


 ほっとけ。ScvR0016のありがたさは、お前らにはわからない。鑑識で遭ったお姉さんも、アンドロ好きだったな。ScvR0016と話をしたなんて教えたら、涙流してうらやましがりそうだ。


「あと写真も一枚」


 ビニルパックは、開いた胸部に収まった。後部バックパックに送り込む仕組みだろうか。手が空くの待って、さっそく握らせてもらった。アンドロイドの表面は金属が少ない。金属は生体樹脂などで覆われているか、最初からなんらかの樹脂なのだ。少なくとも人間と接触する部分は、軟らか素材で設計されている。

 ScvR0016の手は、もろ金属だった。アルミなのかステンなのか、ごうにはわからないが、細かな傷でおおわれていた。指の何本かはオリジナルではなく別素材、無理やり繋いだ感が痛ましい。職業柄といっていいものなのか。年老いた老女という言葉が、頭に浮かんだ。


 握った手を放してから、スマホで一枚撮らせてもらう。ScvR0016はこれで用が済んだとばかりに、狭い路地をどこにもぶつからずに、シャカシャカと行ってしまった。これだけゴミが散らかっているのに、何にも目をくれずに。


 しかめ面で睨んだ陽一が、わざとらしくため息をついた。幽体が呼吸とか。蝶ネクタイの皴をピンと伸ばし、コホンと咳をしてから、芝居がかった口ぶりで大仰にしゃべりだした。


『キミの仕事は、これで、終わることになった』

「仕事が終わる? 仕事したって覚えはないが。帰っていい意味ならそのつもりだ」


 願ったりだ。俺だって、いつまでも中央区セントラルで命をさらしたくない。いくら腕のいいスナイパーだからって、無限に狙えるわけじゃない。レーザーだって低減するし。距離の制限はあるはずなんだ。相手がどこにいるにしても、豊平川を超えて、ビル密集地から離れてしまえば、スコープで追ってはこれないだろう。


 やっと息が整ってきた。行くなら攻撃の止んだ今。南がわのスラムではなく、東方向の農業生産区ファームへ歩き出した。


「違うよゴウ君。オレはキミと分かれるんだ」

「んん? マジか。それは、お前から解放されるって意味でいいのか?」


 憑りついたときの話はあったが、憑りつき解除のことは、言ったことがあるだろうか。呪うぞ、みたいなことは、何度かほのめかしてるが。そうか解放か。まぁ、なんにせよ、陽一がいなくなるのは朗報。静かな農園作業に戻れるってわけだ。


「そういうわけだ。帽子女、ミニ女。お前らも戻れ。こんなスラムに近い繁華街はあぶねーからな。時期に暗くなるぞ」

「なにが、そういうわけ?」

「もう終わりらしい。無駄になった」


 陽一は、こちらに背を向けてる。大人は背中でモノをいうというが、憮然とした肩は何かを語りかけてきそうだ。

 短い間だったが……なんて、似合わない分かれ言葉でも言うのかな。想像して、ごうは、にまにま頬がゆるんだ。だがそんな想定は、地鳴りをあげてただちに外れた。


『狭義ではそういうこと。オレの束縛から自由になる。そのとおりだな。だが広ーい意味なら、若干、いや大幅に風味は変わる』

「風味ってなんだよ。変わる?」

『この世とおさらば、ってことだよ。右脚くん』


 ひらり。陽一は、3頭身足らずの身体をかわした。その直後、背後のインテリジェンスビルを反射したレーザー光線が、郷の右太ももを貫いた。


「ぐああああああああ!!!」

「紅葉山くん!」

「ゴウ!」


 自販機のように、または、ソレイユの頭部のように爆ぜることはなかったが、焼ける痛みが、足を中心に体中に広がっていく。足をどうにか踏ん張って、べたつくアスファルトに沈み込まなかったのは、今しがたまでの危険認知であり、脳裏の一部に次弾への警戒があったため。でなければ、とっくに意識を失って、運命という名の偶然の悪意に運命をあずけていただろう。


 血は出なかった。焼かれたのだから、それが当然だ。だが、怪我イコール出血という常識が、いま考えなくてもいい疑問をもたげる。鼻をつく焦げた肉の臭い。人間の、それも自分の一部が焼かれた、不快なニオイだった。


 速くなった呼吸が止まらない。なのにちっとも、肺の中に息がとりこめない。継ぎ足しすような浅くて荒い息を、何十回何百回か数えたころ。どうにか口を開くことができるようになった。


「わ、わざと、教えな、かったな」

『レーザー狙撃手には、警察があだ名をつけてたな。タカだか、ふくろうとか。誰も正体を知らないんだが、オレだけは、名前をしってる』

「なんで、だ」


 なんでだ。聞いたのは、名前を知ってる理由ではない。

 昨日はソレイユ今は俺って。そいつの共通点、そのスナイパーの目的はいったいなんなんだ。そしてなんで陽一は俺を殺させる。いまのいままで、助ける側にいたはぞだろうに!

 わけがわからない。わからないことだらけだ。

 いったい、なんでなんだ。


『自分を買いかぶっちゃいけないな』

「なに?」

『キミ程度が、誰かに狙われるような大物かっつーの。右脚くん』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る