スキャベンジャー
『人間ってやつは、些細なことにこだわるもんだったけな。つい忘れてたよ』
カシャンカシャン。
この辺はススキノと呼ばれる繁華街。時間的に華やだ人やビジネススーツの通行人は少ない。だが商売人や仕込みの時間なのだろう。いかにも普段着っぽいオッサンやお姉さんは、わりといた。鼻歌や言い争い、水を撒いたり、モノを運んだりする音はそこらじゅうからしていた。この狭路には、いなかったが。
カシャンカシャン。だが、それらとは違う。金属が地面に擦れるような叩くような、一風かわった足音をたて、二足歩行の重量物がやってきた。
『来てくれたか。中島公園にはいかなくてよくなった。ここが終点だよ。右脚くん』
「終点? その
『よく知ってるな右脚くん。それに、気づいたようだし。オリジナルに手を加えたんだよ。リベルテがね』
「リベルテ?」
「
「まだ不明。だとすれば不思議な肉体関係」
「肉体……って
不穏な女子会話は聞かなかったことにする。ミニサイズのほうは、積まれた廃品をがさがさ漁っていた。
『気にしなくていい。”甲状腺”は落としてないな。渡してやってくれ』
「渡す?バカいえ。
『右脚くんが心配することじゃない。ほらほら。渡さんと、呪いが降りかかるぞー』
「わかったわかった。陽一が欲しがったものだからな。好きにすりゃいい」
困難を排して入手したブツではあるが、記念に飾りたくなるものではない。
「ぬおっ」
回収が仕事のロボットというのは、たいてい寸胴型をしている。業務用掃除機のお化けといえばわかりやすい。樽形の胴体にゴミをため込んで、運んだ先にそれごと渡し、代わりの缶をセットする仕組みができあがっているのだ。ボトム部は3足歩行かキャタビラ、または併用。とにかく運搬に適したフォルムというのが普通だ。
このScvR0016が有名なのは、カスターブリテン社が、アンドロイドをベースに特注制作した一品ものということがあるが、それだけではない。
完成したロボットは、実用向きでないと判明した。設計段階で気が付かなった開発者がバカだったのか、バトルロボに憧れた社員の暴走なのか。スリムボティ内には、もっとも肝心な、保管するスペースがほとんどなかった。発注したサルベージ業者は大いに怒った。契約不履行だと決めつけ、受け取りを拒否。開発費を支払わないのみならず、損害賠償請求の訴訟を起こした。機体の開発納品までの間、ほかの機体を買い控えている。得ていたはずの利益を肩代わりしろというのが言い分だ。
いわくつきのScvR0016を、引き取る業者はない。アンドロイドでないから、接客には使えない。労働にするには運搬力が脆弱。なにより特注につき、メンテナンスが高い。パーツは都度製造で、維持費がかさむうえ、販売価格が高額だった。高い製造コストに加えて、裁判費用を上乗せさせたせいで、どんな使い方をしても民用採算に合わないのだ。結局、稼働実績のないまま廃棄と、伝えられている。
悲しいモデルは、面白おかしく”アンドロイド50年史”に掲載された。アンドロイド史にロボットかい。そんなツッコミで、SNSはおおいに盛り上がった。コアファンにとって垂涎のネタ機体なのだ。
一度は見てみたかった博物館物級モデルが、歩いている。そこまでディープファンではない
いくつか写真と異なる点を発見した。目立つのはバックパック。あの4つのステン箱は、後付けだ。少しは
ボディには、どうみても手書きのいたずらで”Nucleoside”とあった。ヌクレオシド。塩基と糖が結合した化合物のことだ。よくヌクレオ
高さ165.3センチ、質量235キログラムの躯体。複数の油圧ポンプを押しこむモーター音を鳴らして、両の手が動く。ベースはアンドロイド、だけどロボット。どっちなんだ。なめならかな挙動に見とれてると、人間の1.5倍ほどある手が、鼻先に突き出された。
「ひゃい」
「危ないっ!」
悲鳴はモデル女子のほうだ。ぶん殴られるのかと頭を腕でかばったが、衝撃らしきものはなにもおこらなかった。恐る恐る腕を降ろすと、目の前に静止たまま。じっとしてると、ScvR0016の右手指先が、第二関節からくいっと曲がった。
「ソレ、クレ」
「あい? う、え。はい」
スキャベンジャーというのは、作業ロボであるとともに所有会社の広告塔。有機ELパネルやLED掲示板に広告や文字が表示されることはあっても、緊急時のサイレン意外に音は出ない。まさかしゃべるとは思わなかった。
「生モノ、重さ、ティッシュペーパー、足リナイ、OKカ」
リサイクルか。雑誌10キロが、トイレットペーパー一個にならないのに。
わりと高値な引き取りだ。
「え? ああ、引き取り対価のことか、べつにいいけど。こちらからもいいか?」
「ナン、だ」
「あ、あ、あの。握手してもらっても、いいですか?」
「紅葉山くんのお友達みたい。幽霊のじゃなくて」
「アンドロイドより行動が読めない。やはり面白い」
ほっとけ。ScvR0016のありがたさは、お前らにはわからない。鑑識で遭ったお姉さんも、アンドロ好きだったな。ScvR0016と話をしたなんて教えたら、涙流してうらやましがりそうだ。
「あと写真も一枚」
ビニルパックは、開いた胸部に収まった。後部バックパックに送り込む仕組みだろうか。手が空くの待って、さっそく握らせてもらった。アンドロイドの表面は金属が少ない。金属は生体樹脂などで覆われているか、最初からなんらかの樹脂なのだ。少なくとも人間と接触する部分は、軟らか素材で設計されている。
ScvR0016の手は、もろ金属だった。アルミなのかステンなのか、
握った手を放してから、スマホで一枚撮らせてもらう。ScvR0016はこれで用が済んだとばかりに、狭い路地をどこにもぶつからずに、シャカシャカと行ってしまった。これだけゴミが散らかっているのに、何にも目をくれずに。
しかめ面で睨んだ陽一が、わざとらしくため息をついた。幽体が呼吸とか。蝶ネクタイの皴をピンと伸ばし、コホンと咳をしてから、芝居がかった口ぶりで大仰にしゃべりだした。
『キミの仕事は、これで、終わることになった』
「仕事が終わる? 仕事したって覚えはないが。帰っていい意味ならそのつもりだ」
願ったりだ。俺だって、いつまでも
やっと息が整ってきた。行くなら攻撃の止んだ今。南がわのスラムではなく、東方向の
「違うよゴウ君。オレはキミと分かれるんだ」
「んん? マジか。それは、お前から解放されるって意味でいいのか?」
憑りついたときの話はあったが、憑りつき解除のことは、言ったことがあるだろうか。呪うぞ、みたいなことは、何度かほのめかしてるが。そうか解放か。まぁ、なんにせよ、陽一がいなくなるのは朗報。静かな農園作業に戻れるってわけだ。
「そういうわけだ。帽子女、ミニ女。お前らも戻れ。こんなスラムに近い繁華街はあぶねーからな。時期に暗くなるぞ」
「なにが、そういうわけ?」
「もう終わりらしい。無駄になった」
陽一は、こちらに背を向けてる。大人は背中でモノをいうというが、憮然とした肩は何かを語りかけてきそうだ。
短い間だったが……なんて、似合わない分かれ言葉でも言うのかな。想像して、
『狭義ではそういうこと。オレの束縛から自由になる。そのとおりだな。だが広ーい意味なら、若干、いや大幅に風味は変わる』
「風味ってなんだよ。変わる?」
『この世とおさらば、ってことだよ。右脚くん』
ひらり。陽一は、3頭身足らずの身体をかわした。その直後、背後のインテリジェンスビルを反射したレーザー光線が、郷の右太ももを貫いた。
「ぐああああああああ!!!」
「紅葉山くん!」
「ゴウ!」
自販機のように、または、ソレイユの頭部のように爆ぜることはなかったが、焼ける痛みが、足を中心に体中に広がっていく。足をどうにか踏ん張って、べたつくアスファルトに沈み込まなかったのは、今しがたまでの危険認知であり、脳裏の一部に次弾への警戒があったため。でなければ、とっくに意識を失って、運命という名の偶然の悪意に運命をあずけていただろう。
血は出なかった。焼かれたのだから、それが当然だ。だが、怪我イコール出血という常識が、いま考えなくてもいい疑問をもたげる。鼻をつく焦げた肉の臭い。人間の、それも自分の一部が焼かれた、不快なニオイだった。
速くなった呼吸が止まらない。なのにちっとも、肺の中に息がとりこめない。継ぎ足しすような浅くて荒い息を、何十回何百回か数えたころ。どうにか口を開くことができるようになった。
「わ、わざと、教えな、かったな」
『レーザー狙撃手には、警察があだ名をつけてたな。タカだか、ふくろうとか。誰も正体を知らないんだが、オレだけは、名前をしってる』
「なんで、だ」
なんでだ。聞いたのは、名前を知ってる理由ではない。
昨日はソレイユ今は俺って。そいつの共通点、そのスナイパーの目的はいったいなんなんだ。そしてなんで陽一は俺を殺させる。いまのいままで、助ける側にいたはぞだろうに!
わけがわからない。わからないことだらけだ。
いったい、なんでなんだ。
『自分を買いかぶっちゃいけないな』
「なに?」
『キミ程度が、誰かに狙われるような大物かっつーの。右脚くん』
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