後編

 俺はイザベルの手を引っ張り、地上へと昇る階段を駆け上がった。


 上は細い路地になっていて、表でもなにやら騒ぎが起こっていた。


『HEY!ミスタ・オペレーティヴ!』


 車のタイヤがきしむ音がし、クラクションと共に、誰かが叫ぶ声が聞こえた。


 そっちを振り向くと、路地の入口をふさぐように黒い4WD車が停まっており、そこから見慣れた顔が覗いた。


『愛馬参上か・・・・』俺はにやりと笑い、彼女の手を引っ張って、車に乗りこんだ。


『で、旦那、どちらまで?』


 白タク屋のジョージだった。


 まさかの時のために、俺が頼んでおいたんだ。


『いいタイミングだったぜ』


『礼には及ばねぇ。後でギャラははずんでもらうんだからな。で、どちらまで?』


『晴海埠頭公園』


『オーケー、しっかりつかまってな!飛ばすぜ!』


 ジョージは車を急発進させた。


 

 六本木から晴海までの珍道中については、いつものことだから省こう。


 案の定、向こうは二台のセダンで追跡してきた。


 しかし、流石さすがはジョージである。


 東京の道を知りつくしている。


 連中の先へ先へと、縫うように道を走り回る。


 それでいて一度も信号に捕まらない。


『餅は餅屋』と言う言葉があるが、俺の運転より、ずっと確かだ。


 晴海に着いたときは、10時を少し回っていた。


 空は雲一つなく、東京だってのに星さえ瞬いて見える。


 俺はジョージに車をパークさせ、イザベルと二人で車を降りた。


『助かったぜ。ここで暫く待っててくれ』


『待ち代は別料金だぜ』


『もちろん』


 俺とイザベルは埠頭公園に向かって歩き出した。


 こんな時間、幾ら晴れていたって、潮風に吹かれようなんて考える酔狂な人間がいるとは思えない・・・・が、そこは彼女だ。

 

 マリーは一番海が見渡せるベンチに腰を掛けて待っていた。


 クリーム色の無地のワンピースに、髪形も、化粧も控えめで、いつもの彼女とはおもむきが違っている。


(女が恋をすると、こうも変わるものかな?)


『は、初めまして・・・・』


 イザベルと俺が歩み寄ると、彼女はベンチから立ちあがって、こっちを見ながら言った。

 

 マリーはどぎまぎしたように声が上ずっている。


『おいおい、その前に何か言うことがあるんじゃないか?』


 俺は苦笑しながら声をかけると、


『あ、あの、どうも有難う・・・・』


 そういって、ハンドバッグの掛け金を外そうとする。


『お礼は後で結構。指定の口座に振り込んでくれ』


 じゃ、といって俺が立ち去ろうとして、ふと後ろを振り返ると、もうマリーとイザベルはベンチに腰を下ろし、何事か話していた。


 そして、マリーが意を決したようにイザベルの手を握り締めた。


 と、イザベルの顔がマリーに接近し、二人の顔が重なる。


 もういいだろう。


 俺はそう思って、駐車場に戻り、ジョージに、


『お待たせ、行こうか』と告げ、車を出させた。


 

 3日が過ぎた。


 事務所宛てにマリーからの手紙が届いた。


 中には礼の言葉と、俺の口座にギャラを振り込んだ旨が書かれてあった。


 確かに、もう確認済みである。


 通常の三倍だった。


 え?


(向こうの二人はどうなった)って?


 そうそう、手紙には二人で伊豆にある某リゾートホテルに旅行に出かけた事が書かれてあり、ホテルの部屋で肩を並べて写した写真が添えられてあった。


 まあ、後の事はどうでもいい。


 俺はあの程度の仕事で、ギャラをはずんでもらい、それでまた美味い酒が呑める。


 それで満足さ。

                                 終わり



*)この物語はフィクションです。登場人物、事件その他は全て作者の想像の産物であります。


 


 

 

 

 





  




 



 



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恋するマリー 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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