囚われの人魚は魔女を愛す②

「さぁ、お集まりの紳士淑女の皆様! 早速、オークションを開始致しましょう!!」


 司会者の言葉と共に会場に拍手が鳴り響く。


「まずは、エントリーNo.1番。虹色に輝く美しき小さな羽に誰もが魅了する、幻の蝶!! こちら、50000Gからスタートです!」


 その掛け声と共に次々と各々の手持ち札を上げ落札しようとする貴族達。

 オークションにはユニコーンの角・妖精の羽根・人狼の毛皮等があり、中には偽物もオークションにかけられているが中には本物も混じっていた。

 普通の人間なら本物と偽物の区別はつかない。所詮は、このオークション自体が貴族の娯楽だからだ。

 しかし、オリビアは違う。

 オリビアは魔女だ。魔女だからこそ、その眼で本物と偽物の区別がわかる。

 本物が出てきた場合、オリビアの心は苛立ちで溢れ返っていた。


(私たちは姿が違うだけなのに……どうして人間はそれをわかろうとしないの?! どうして人間は……っ!)


 ぎゅっと手を握るオリビア。

 ここで本物達をを落札しても、所詮、自分のお金では無い。落札しようと思えばいくらでもできるが、しかしオリビアはそうはしなかった。

 変に注目を浴びれば疑われる可能性もあるからだ。


(堪えなきゃ……)


 オリビアは怒りを抑え無の状態でオークションを傍観する。自分が動くときは、メインの物だけ。

 恐らくそれは一番最後に来るだろう。何せ、このオークションの大目玉だからだ。

 そして、14個もの出品と落札が終了すると司会者は意気揚々とした表情で貴族達に大々的に言い放った。


「さぁ、皆様! 今年のオークションはこれが最後になります! 恐らく、殆どの皆様はこれが目的でしょう。私も何年もこちらに参加させていただきましたが、拝見して驚きを隠せません! さぁ、紳士淑女の皆様、心の準備は宜しいでしょうか? 今宵、最後の出品……見目麗しき人魚の登場ですっ!!」


(遂に、来た!)


 会場全員の拍手喝采の声と共に現れる人一人分普通に入れる丸くて四角い浴槽が現れた。

 その中には光を知らないで暮らしたかのような真っ白な肌に、シェルピンクの長い髪、見ていると吸い込まれそうな深いグリーンの瞳、何よりも一番目に付くのは魚の尾をした下半身がそこにあった。

 上半身は誰もが美しいと思えるぐらいの見目麗しい美少女だが、下半身は誰もが知っている生き物の尾だった。

 会場の人々の声は、浴槽の中にいる少女に驚く者、感動する者、息を呑む者、あまりの美しさに息を洩らす者がいた。

 浴槽の中に閉じ込められている人魚は首には鎖、手には錠を掛けられ中で怯えきった表情をしていた。

 そんな表情で人魚は会場の貴族達を見ている。

 人魚は何かを訴えるように何か喋っているが浴槽が分厚いせいなのか、こちらからでは全く聞こえなかった。


「ご覧下さい……こちらは正真正銘の本物! 本物の人魚でございます! 観賞用にしても良し、奴隷として扱っても良し! こちらの人魚の扱い方は、落札した者に与えられます!!……さぁ、始めましょう!! 今宵の目玉……人魚の落札をっ! 先ずは、150000Gからです!」


 司会者がそう言うと、次々に貴族達か札を上げ始めた。


「200000!」

「6番、200000G!」

「250000!」

「24番、250000G!」


 オリビアは自分の札を見る。番号は109番。

 しかし、オリビアはその時が来るまで動かない。今は魚のようにただジッと待つだけだ。


「203番、450000G!」


 どんどんどんどん己が落札しようと値を上げる貴族達。しかし、それ同様にその金額に諦める者も居た。

 一人、また一人と上げている札が何も言わずに下がる。

 そして、遂にオリビアが動く時が来た。


「203番、550000G! 203番、550000Gです!」

「109番、700000G」

「なっ?!」

「おっと、これは! 109番、700000G!! 他の方はいませんか? 700000Gです!」


 203番の札を持っている貴族が悔しそうに唇を噛むと、札をバッと上げた。


「……な、750000G!」

「203番、750000G!」

「850000G」

「っ?!」

「109番、850000G!」


 203番の貴族は悔しそうな顔をすると、ゆっくりと己の札を下ろした。

 これで、落札者は決まった。落札したのは、オリビアになったのだ。


 ――カンカンッ。


「人魚の落札価格850000G! 落札者は、109番になります!!」


 拍手や悔しそうな顔、羨ましそうな顔をする貴族達。

 そして、このオークションは終了を向かえた。

 オークションが終了すると、オリビアは早速人魚を引き取りに行った。

 勿論、相当するお金は小切手で払ってある。


(だいぶ使ってしまったけれど、人魚を目的として来ているぐらいだし、これで破産しても私には関係ないわね)


 冷えきった感情で裏通路に周り鉄格子の中に入るオリビア。

 その中には浴槽の中に入った人魚が怯えた顔でこちらを伺っていた。


「では、こちらが人魚になります」

「あぁ、ご苦労。すまないが、よくから取り上げてくれないか? それと毛布を持ってきてくれ」

「は……? このままのお持ち帰りではないのですかい? 旦那」


 出品する物を警備し管理する雇われ人の男が言った。

 オリビアはその男の言葉に小さく頷く。


「あぁ。この足だと人目につくからな」

「あぁ、確かに。では、こちらで少々お待ちくだされ」


 そう言って男は出て行った。

 残ったのは変装しているオリビアと人魚のみ。

 オリビアは硝子にそっと触れる。すると、人魚の方も中から恐る恐る手を合わせてきた。


「………!」


 人魚はオリビアの瞳を真っ直ぐな眼で見つめている。

 オリビアは人魚に何か言おうとしたが、その瞬間男が毛布を片手に戻ってきた。


「お待たせいたしやした旦那」

「あぁ」


 男は浴槽の中から人魚を、まるで捕った魚を引き上げるように無理矢理引きずり出す。

 オリビアは一瞬無造作に扱うこの男を殺してやろうかとも思ったが、ここで事を起こすと厄介になるのでグッと堪えた。


(我慢よ……)


 オリビアは毛布を持ち男から人魚を受け取る。お姫さま抱っこされた人魚は怯えたようにギュッと目を閉じていた。


「尾はどうしやすか?」

「毛布で隠してくれないか」

「はいよ」


 人魚を抱えているので両手が塞がり毛布を巻けないのでオリビアは男に頼む。

 男は尾を隠すように毛布で尾を包み鉄格子の扉を開けた。


「どっからどう見ても人魚には見えませんぜ」

「そうだな」

「では、旦那。また来年も宜しくお願いしますよ」

「気が向いたら、な」


 オリビアは人魚を抱え教会を出る。そして、眠っているマクレーンの場所まで戻るとオリビアは人魚を地面にそっと下ろし服を脱ぎ始めた。

 突然のオリビアの行動に人魚は目を見張るように驚くが、それでもオリビアはその視線を気にせず脱ぎ続けた。

 すると、オリビアの体は男の体格からみるみると美しい女性の女体へと変化したのだ。


「っ?!」


 人魚は口を開け唖然としながらオリビアを見ている。しかし、オリビアはそんな人魚のことは気にもせず、着ていた服をマクレーンに返し指をパチンッと鳴らした。

 するとマクレーンは虚ろな眼で目を覚まし始めた。

 オリビアはマクレーンの意識が完全に覚める前にマクレーンに今一度術をかける。

 今度は『記憶の上書き』だ。


「マクレーンよくお聞き? 貴方はオークションに参加して850000Gで人魚を手に入れた。世にも美しい人魚を。……しかし、その帰宅途中に貴方は数人の男達に襲われ、薬で気絶させられ、人魚を奪われてしまったの。あとの記憶はショックから何も覚えていない。勿論、私のことも。いいわね?」

「は、い……」

「さぁ、もう一度眠りなさい。そして、3分後に目を開けるのよ……おやすみ、マクレーン」

「はい……」


 そう言うとマクレーンは再び崩れ落ちるように眠りについた。

 オリビアはクスッと笑いオークションで貰った仮面をマクレーンの傍に置くと、オリビアは例の鍵を壁に挿し扉を開けた。


「さぁ、行きましょうか」

「…………」


 人魚は訳の分からない様子でオリビアに抱えられる。そして、オリビアと人魚はその場から姿を消したのだった。



 ――数年後



「オリビア様、オリビア様? ……ふふっ、眠ったみたいですね」


 気持ちよさそうに眠るオリビアの髪に触れ微笑む少女。

 少女は自分の足を撫で目を閉じる。目を閉じると、今でも鮮明に思い出せるあの時の思い出。

 それはオリビアに買われ、救われ、人間の足を貰ったことだった。

 そう。彼女は、数年前にオリビアがオークションで落札した人魚なのだ。


 人魚の名は――メリル。


 メリルは今では専属メイドとしてオリビアの傍にいる。黒のメイド服はメリルのピンク色の髪を際立たせていた。

 それに限らずその美しい容姿は、オリビアと引けを取らない。


「オリビア様、私、貴女に出会えて幸せです。貴女に初めて会った日……私は不思議な運命を感じました。怖かったけれど、何故か貴女にもっと触れたいし、貴女の事を知りたいと思ったの」


 眠っているオリビアに、寝物語を聞かせるかのように語るメリル。

 その声は、天使の歌声のように美しく優しい。


「貴女はひとりぼっちだった私に居場所をくれて、その優しさで愛してくれた……。私は、これからも永遠に貴女の傍にいます。貴女が眠れない日はこうやって歌を歌い、貴女が寂しい時は傍で寄り添います」


 メリルは眠るオリビアの頬に顔を寄せ、チュッとキスをする。顔を放したメリルの顔は、喜びと何処か恥ずかしみのある顔でとても幸せそうだ。


「オリビア様、愛しています。これからも、ずっと」

「ん……私もよ………メリ、ル……」

「えっ?!」


 もしかして起きていた?!と思っていたが、どうやらそれは寝言だったらしい。

 メリルは苦笑しながらオリビアの顔を眺め、自分も静かに目を閉じたのだった。


 END

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魔女達の集まりは月と花 月🌙 @Yodu1026ki

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