◇第三魔女

囚われの人魚は魔女を愛す①(※百合)

 ここは、とある街の裏路地。


 表の路地とは違い、裏は正に光と影である。

 華やかな服を着て、美味しい物を食べて、笑い合う友や家族がいる表とは違い、貧しい人や身なりの汚い子供、ガリガリに痩せ細った動物が裏にひっそりと住んでいるからだ。

 この裏路地は、時には闇取り引きの場所としても使用されている。


 それが裏路地――通商、裏の街。


 そんな裏路地でコートについているフードを深く被り、酒場でお酒を飲んでいる一人の女がいた。

 彼女の名前は『オリビア』

 魔女の末裔の一人のでもある。

 もちろん、本人も魔女の力を持っている。歳を取るという概念が無く、不思議か魔法や呪い等を使う。


 オリビアは他の人の目になるべく止まらないようにフードを被りながらお酒を飲んでいると、ある男達の会話が耳に入ってきた。


「なぁ、知っているか? 明日、久しぶりにオークションが開かれるんだってよ」

「あぁ、あのオークションか。本当に久しぶりだな。てことは、今年は大物がいるってことか」

「あぁ、何でも今年は人魚が出るんだってよ」

「人魚かぁ」


『人魚』という言葉にオリビアは反応し、ヒソヒソと話している男達のテーブルにズカズカと歩き向かって声をかけた。


「ねぇ、そこの人達。ちょっといいかしら? オークションについて聞きたいのだけれど」


 突然、話に入ってきたオリビアに男達は怪訝な目を向ける。


「あ? 何だ、ねぇちゃん」

「おいおい、ここは色っぽいねぇちゃんの来る場所じゃないぜ」


 男はケラケラと笑うが、オリビアは動じなかった。

 オリビアは男達の目を見てもう一度言う。


「……オークションについて教えなさい。人魚が出るというのは本当なのかしら?」


 ほのかにオリビアの瞳が黒から赤に変わる。それは一瞬のことだった。

 すると、男達から何故だか先程までの引けらからしていたような態度が消失し、ぼーっとした表情でオリビアの質問に坦々と答え始めた。


「はい……明日の夜に行われるオークションに人魚が出るという噂を聞きました……」

「そのオークションは何処で行われるのかしら?」

「サンディー教会の地下階層です……」


 オリビアは「教会?」と、呟く。すると、もう一人の男が「あそこの神父の裏の顔は……闇売買……」と、向かいに座る男同様にぼーっとした評価で答えた。


「ふぅーん。神父がねぇ……」


 顎に手を当て考え込むオリビア。


「ねぇ。どうやったらそのオークションに参加出来るのかしら?」


 オリビアは男達に尋ねるが、二人とも答えは「わからない」だった。

 すると、男の片方が「あのオークションは階級のある者しか参加出来ない……」と、答えた。

 それだけでオリビアは満足し「そう、ありがとう。もう、いいわ」と、言うとオリビアは男達に背を向け酒場を出る。

 そして、酒場を出る直前にパチンッと指で音を鳴らした。

 すると、男達はハッとした様子で正気に戻り、辺りをキョロキョロと見回した。

 どうやら、ものの数分間の記憶が無いらしい。


 何故、男達が突然素直になったのか――それは、オリビアが男達に魔女の力の一つ『魅了』を使ったからだ。

 魅了の能力を使えば、老若男女問わずにオリビアの言いなりなり従順になるのだ。


 酒場を出たオリビアは人目が無いことを確認すると、胸の谷間から銀色の鍵を取り出し、それを何の変哲もないただの壁に挿し鍵を回す。

 すると不思議なことに、壁からスーッと扉が現れた。

 オリビアは現れた扉のドアノブに触れ、再度、周りに人がいないかを確認すると扉の奥へと入って行く。

 扉の向こう側――そこは、古い物で溢れている普通の家の中だった。

 壁には風景画や多彩な本がずっしりと並び、天井にはシャンデリアが吊るされている。

 オリビアは「ふぅ」と、小さく息を吐きフードを取ると、フードから漆黒の髪がふわりと揺れ腰まで流れた。

 右目には泣き黒子があり、両耳には薔薇の形をしたガーネットのピアスがある。オリビアを見た者は、その美しさに思わず息が洩れてしまうだろう。

『魔女』と言われれば納得してしまう美しさをオリビアは持っていた。


 人を惑わし、魅了し、操る魔の女――それが、オリビアだった。


 無論、先程のような不思議な鍵で自分の家と繋ぐ扉を作ることも容易に出来る。しかし、オリビアの場合はそう言った魔術を使うことはあまり無い。

 人目に晒されると後々面倒なことになり得るからだ。

 オリビアはフードをポールハンガーに掛けると、また息を吐きソファーに腰を下ろした。顔色は少し悪く見える。


「人魚、か……。本物の人魚を手に入れれば、私は安らぐ事が出来るかしら……? いえ、それよりも明日のオークションで出品されるのが本物かどうかも怪しいわよね」


「はぁ……」と溜め息を吐くオリビアは、ゆっくりと瞳を閉じる。

 顔色が悪いせいなのか、目を閉じるとオリビアは自然と眠りに落ちたのだった。


 ✿―✿―✿


「はっ、はっ、はっ、はっ」

「追え! 絶対に見つけ出すんだ!」

「お前ら、体に傷は付けるなよ! 生け捕りにしろ!」


 深い深い森の中、小さな少女は裸足のまま森の中を走っていた。

 どれ程走っているのかも少女の中ではわからない。ただ、頭の中に浮かぶ言葉は一つだった。


『捕まったら、私は死ぬ』


 服もボロボロで体のあちこちに傷が出来ている少女。恐らく、森の中で走って枝で傷つけたものだろう。

 それでも少女は生き延びるために無我夢中で走っていた。


「はっ、はっ、はっ……あっ!!」


 追っ手を気にして振り返りながら走っていたので、少女は木の枝に足をひっかけてしまいそのまま転けてしまった。


「うっ……!」


 少女は足首に痛みを感じ無意識のうちに手で押える。恐る恐る手を離し足首を見ると、少女の足首は赤く腫れ上がっていた。

 転けた拍子に足を捻ったようだ。しかし、それでも少女は歩みを止めることはしなかった。

 少女は一生懸命知恵を出す。その結果、少女は近くにある太めの枝を拾い、そこら辺にある蔓を歯で千切り捻挫した足に固定することにした。

 ガッチリと固定できると、少女はよろよろになりながらも起き上がり前へ前へと進む。進み続ける。

 遠くの方からは男達の声が聞こえ、少女の心臓も早くなっていた。


「はっ、はっ、はっ」


 何度転びそうになっただろうか。足の痛みと、枝で切った傷の痛みに耐えながらも少女は決して足を止めなかった。

 しかし、少女の進む道は突然終了を向かえてしまった。

 目の前には道が無く、あるものは崖だった。

 その時の絶望感は計り知れないだろう。

 少女は絶望で青くなった顔色で崖の下を見下ろす。崖の下には川が流れていた。

 音からにすると、そこそこの激流だった。

 どれぐらいの深さかは暗闇のせいでわからない。

 すると、男達が少女に気づいたのか男の一人が「こっちだー!」と、言った。


「……っ!?」


 少女は手をぎゅっと握り、崖の下をもう一度見る。そして、震える足を頑張って抑え込むと顔を上げ飛び降りたのだった。



 ✿―✿―✿



「――はっ! はぁ、はぁ、はぁ……」


 オリビアは慌てて起き上がるように目を覚ます。額や首筋には薄らと汗が付着していた。


「また、あの時の夢……」


 オリビアは傍に置いてある赤ワインをグラスに注ぐと、それを一気に飲み干した。

 喉が焼け付くような感じが、オリビアの脳をハッキリとさせた。

 時刻を見ると、もう日は過ぎており朝になっている。


「……確か、場所はサンディー教会と言っていたわね。……神に仕える神父が闇売買人だとわね。まぁ、そんなことはどうでもいいわ。先に、少し調べた方が良さそうね」


 そう言うと、オリビアはある一室の中に入る。その部屋の中は、まるで幻想世界のように薄暗く、色とりどりな水晶がキラキラと輝いていた。

 中央には丸いテーブルがあり、水晶やカード等が置いてある。壁には何かわからない剥製が掛けられており、虹色に光る蝶の羽根等も掛けてあった。

 棚にも色々な物が置いてある。何かの骨や、青い粉が透明な小瓶に入っていたり。

 その部屋の中で、オリビアは中央にあるテーブルに座りカードに触る。すると、カードが勝手にシャッフルし始めた。

 オリビアはシャッフルが止まると、カードを上から順に三枚のカードを取っていきテーブルの上に並べた。


「まずは、何時から開催されるかね」


 オリビアは右のカードを捲り、カードの意味を読み取る。


「……真夜中。00時ね。場所はもうわかるし、後はどうやって入るかね」


 そう呟き、オリビアは次に真ん中のカードを捲った。


「あぁ、成程。そういうのも悪くないわね。……さて、最後の1枚だけれども。これは見ないでおくわ。結果はお楽しみにとっておくもの……ふふっ」


 そう言ってオリビアは三枚のカードを捲らずに一つに纏め、カードにお礼を言った。


「ありがとう。教えてくれて」


 そう言うとオリビアは席を立ち、今度は棚にある物を手に取り、それを小さな鍋に入れ何かを調合を始めた。


「外見を変える為には、マンドレイクと妖精の鱗粉、猪の肝、偽りの水……後は、薔薇の花弁を少々。このままだと苦いから、砂糖も入れようかしら」


 鍋を木ベラでかき混ぜると、鍋の中は次第にグツグツと煮始めた。

 最初の色は黒黒としていたが、火が通るに連れて黒から赤に変わる。最後に呪文を唱えると、赤は透明な赤に変わり、オリビアはそれを空の小瓶の中に入れた。

 ドロリとしていたものが、今では水のようにサラサラとしている。


「残りは何かの為に置いときましょう。液体だと直ぐに駄目になるし、粉にしようかしら」


 液体を完全に蒸発させると、鍋の周りにその液体の結晶がこびり付いていた。

 オリビアは薄い鉄のヘラで、それを削ぎ落としていく。そうしてる内に時間はコクコク経ち、あっという間に外はもう暗くなっていた。

 オリビアは粉にする詐欺を終えると掛け時計を見て、小瓶を胸の谷間に挟むと部屋を出てコートを着た。

 そして、扉の前で目を綴じ「サンディー教会」と、小さく呟くと、扉を開け外に出たのだった。


 扉を開けたその先は、建物と建物の狭い隙間だった。

 オリビアは周りを見回し人が居ないことを確認すると扉から出て狭い路地を出る。路地を出ると目の前には大きな教会が建っていた。

 そんな中、ひっそりと教会の裏へ向かう者も多数いた。

 どうやら、あれがオークションに参加する人なのだろう。貴族なだけあって、堂々とし、服装は立派なものだった。

 オリビアはフードを深めに被り、その中の一人と接触する。


「あっ!!」

「うわっ!」

「す、すみませんっ! 怪我はありませんか?」


 ドンっとぶつかられた貴族は舌打ちをすると、まるで汚らわしい物を払うようにぶつかった箇所を手で叩き愚痴をこぼす。


「ちっ……平民風情がなにしやがっ――」


 オリビアはその貴族を覗き込むように真っ直ぐと目を見つめる。オリビアの目は黒から赤に変わると、貴族の男はとろんとした表情でオリビアを見つめ返していた。


「そう、いい子ね……さぁ、私の目をそのままジッと見るのよ。そう……」

「…………」


 態とぶつかったオリビアは、目が合った瞬間に男に魅了の力を使ったのだ。

 貴族の男はオリビアのことをジーッと見つめる。そんな彼の手を取るとオリビアは「さぁ、こっちにいらっしゃい」と、男を別の場所へと誘導した。


 オリビアは男を路地の中へと誘うと、男に命令する。


「貴方、名前は?」

「マクレーン……」


 マクレーンは酒場の男達同様に従順にオリビアの質問に答える。


「マクレーンね。貴方は今日は何を買うつもりだったのかしら?」

「人魚……金の瞳を持つ妖精……」

「あら。なら貴方、相当なお金を持っているのね。……さぁ、マクレーン。さっそくだけれど、服を脱いでちょうだい。脱いだら私が指を鳴らすまで、深く深く眠りなさい。そして、今日のことは全て忘れなさい」

「はい……」


 マクレーンはオリビアの命令通りに服を脱ぎ始めた。

 それに合わせオリビアも服を脱ぎ、代わりにマクレーンの脱いだ服を着用する。体格の違いで服はどうしても大きく感じ、胸だけは苦しくなってしまう。

 やがて、全て着替え終わったマクレーンは崩れ落ちるように眠りに落ちた。

 オリビアは男が眠るのを確認すると、谷間から例の小瓶を取り出し男の髪の毛を一本抜き取る。そして、それを小瓶の中に入れ、一気に液体を飲み干した。

 すると、オリビアの体はみるみる変形し始めた。

 大きくふくよかな胸は引っ込み、女性らしい美しい体のラインは男のものへと変わり、漆黒の長い髪は焦げ茶色の短い髪へと変化したのだ。


 大きかった服は今ではピッタリになり、外見は最早オリビアの面影は少しも無くマクレーンその者だった。

 オリビアは眠っているマクレーンの姿が見えないように魔法を唱えサンディー教会へと向かう。

 サンディー教会の裏口へと回ると、他の貴族達が門番に一通の黒い封筒の手紙を見せていた。

 どうやらその手紙がオークションへの参加証のようだ。


 オリビアはコートの内ポケットをまさぐり手紙を見つける。手紙は他人に知られないよう半分に折られ、ポケットの奥へと入っていた。

 オリビアはその手紙を門番に見せると、門番は手紙を確認し扉を開けた。


「どうぞ。お楽しみくださいませ」


 オリビアは無言で中へと入る。すると今度は、先程とは違う警備の者から一つの仮面と番号が書かれている札を手渡された。

 オリビアは会場に入る前に仮面を被る。そしてそのまま細い廊下を進むと、奥にエレベーターがあった。

 エレベーターの所にも警備の者が居てオリビアは内心呆れていた。


(どれだけ警備がいるのよ……呆れるわね。まぁ、それだけ今回のオークションの品は貴重ということね)


「こちらをどうぞ。今宵の出品表でございます」

「あぁ」


 オリビアはエレベーター前に立つ警備人から出品表を受け取るとエレベーターのボタンを押し、エレベーターが来るのを待つ。


 チン……と、エレベーターが到着する音が鳴ると、警備人はエレベーターの柵を開け「どうぞ」と、マクレーンに扮しているオリビアを誘導した。

 オリビアがエレベーターの中に入ると、男は柵を閉める。柵を閉めると自動的にエレベーターが下に降下し始めた。


(もう直ぐで……)


 チン……と、また音が再び鳴ると、地下にいる警備人がエレベーターの柵を開け「あちらへどうぞ」と、オリビアを誘導する。オリビアは誘導されるままに細い一本道の廊下を歩く。

 やがて、廊下は行き止まりになり、目の前には紅い扉が立ち塞がっていた。

 オリビアは金の取手を掴み扉を開け中に入る。


(ここが……)


 オリビアは、オークション会場に辿り着くと、その光景に思わず息を飲んだ。

 オリビアが今いる場所は、大きく広い祭壇だろう場所と大勢の人が座れる客席があったからだ。

 まるで、どこかの舞台劇場みたいだった。

 オリビアの潜入は成功した。同じ魔女でない限り、誰もマクレーンがオリビアだと信じないだろう。

 オリビアは空いている席に適当に座り、オークションが開催されるのをただジッと待つ。


 待つこと30分。

 正装した一人の男が壇上に上がってきた。


「長らくお待たせいたしました。紳士淑女の皆様、お集まりいただき大変感謝致します。さぁ、皆様! これより、約3年ぶりのオークションを開催致します!」


 ドンドンッとドラムの音が鳴り場を盛り上げる。道化師のようなの仮面を被った司会者がスポットライトに照らされ、大きく手を拡げ煌々と言い放つ。


 遂に、オークションは開催された。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る