第9話 事件の犯人は誰なのか

 ヘクサーは、ヨシキの発言に戸惑いを見せた。

 ためらいがちに、疑問を口にする。


「獣の毛が……あの、男性のものだった、とは?」

「そのままの意味ですよ」


 ヨシキは、お茶を口にする。

ハーブの風味を口いっぱいに味わい、舌を湿らせた。


不思議なことに先ほどから、違和感がぬぐい切れない。

ヨシキは、自分の口がすぐに乾く妙な感覚があった。

なにか、嫌な予感がする。


ヨシキは笑った。

危険は彼にとって、望むところだからだ。ドMな性癖は伊達ではない。

気を取り直して、ヨシキは会話を続ける。


「トライバル冒険社では、少なからず魔術師を抱えているようですね」

「……確かに、実力がある組織ではありますが、わたしは毛髪の分析までできる人材がいるとまでは思っておりませんでしたわ」

「僕はそういった技術があること自体に驚きです。 ヴィトン氏は、冒険者に属する魔術師は、殺し合いの業しか知らない者が大半などと言っていましたが、実際は組織の『頭脳』としても有用に使われているようだ」

「実際のところ、市井の人材の多くは大学の出身者ではありませんから」

「ええ、なので。 魔術師への知識については、提供するレベルにないと断られてしまいましたよ」

「冒険者などに身を落とす魔術師に、まともな者がいるとも思えませんわ。 破壊の魔術に傾倒する者は、みな汚れているのです」


 ヘクサーの物言いに、ガラハ・ボルドーは同意する。


「ヨシュキ殿は、くれぐれも関りなさるな。 破壊の魔術を振り回す、外道使いどもは、皆どこかおかしい。 魔術師からの本道を外れた、とても正気ではないものばかりだわい」

「同じ冒険社という組織に属しているガラハ殿でも、そう思いますか?」

「同じにしてほしくはないのう。 我らは誇りを持って戦っている。 だが、外道使いどもは、魔術師にあるべき誇りと本分を忘れておる」

「……ガラハさんは、魔術師の本分とは何だと思いますか?」

「知れたことよ。 人々のために、世の理を探求し、解明することじゃ。 破壊の魔術を扱うことばかりしか考えない者たちなど、暗殺者か虐殺者でしかない!」

「そ、そうですか」


あまりの勢いに、ヨシキは気圧された。

 そんなヨシキを見たガラハ・ボルドーは、はっとして咳払いした。


「とはいえ、冒険社のなかには、学を修めた者もおるようじゃからな。 そういった者たちが研究部門として、働いておるようじゃ」


ヨシキは、冒険社での働きは、資料から見て、警察の鑑識のようではないかと思った。

あるいは、この世界では、魔術師とは科学者の立ち位置にあるのかもしれない、とも考えた。だとすれば、殺し合いの業しか知らない魔術師は異端なのだろう。


人を殺すしか能がない科学者など、確かに正気ではない。


「世の中には、いろんな人がいるんですねえ」


 ヨシキはそんな呑気な結論を出した。

 狂人を受け入れる程度の容量なら、ヨシキにもある。

 なにせ、ヨシキ自身が狂人に近い人間だと自覚している。自分が、普通の人間よりも、とんと外れていることすら、彼は大きく受け入れている。

 単純に、物事に頓着しないだけともいうが。


「して、この診療所で療養している男と、獣の毛が一致したと言うのは?」

「……残った痕跡である毛の持ち主を、魔術で特定したそうです。 血液や唾液からでも、持ち主である個人を特定できるとか」

「しかし、奴は獣などではないぞ」


 そこで、ヘクサーは呟いた。


「……人狼ね」


 人狼、世に言う狼男のことである。

 夜になると、普通の人間が狼に変身すると言う。満月に反応すると言う説もある。

 この世界における人狼が、どのようなものかはわからないが、人間が化け物になると言う点では、同一だろうとヨシキは推測した。


「じ、んろう……じゃと?」

「おそらく、その通りでしょう。 外部からの侵入はないとすれば、犯人は内部の人間だったのです。 凄惨な現場も、人間でありながら、化け物に変化するのならば説明はつく」

「そんなことが……そんなことがありえるのか?」

「人狼もまた南下していることは、資料で確認していますよ」

「しかし、奴はこの街の出じゃぞ」


 そのガラハ・ボルドーの疑問に対しては、ヘクサーが答える。

 専門家らしい淡々とした口調だった。


「獣の病、人狼病ライカンスロープかもしれないわ」

人狼病ライカンスロープですって?」

「人狼に接触した人間。 例えば噛みつかれるなどの被害を受けた人間もまた、人狼になる可能性があるの。 ……感染性の病なのよ」


 ヘクサーは腕を組み、思索し始める。


「人狼が何らかの手段で、街に侵入……しなかったとしても、街の外で働きに出たときに、人狼と接触したのだとしたら、説明はつきますわ」

「貧民層の人間は、外での仕事がメインと聞きました」

「ええ、ですので、いくらでも可能性はあると言えますわ。 変化した人狼は、人間に近しい形状の者から、狼にしか見えないものまでいるのです」

「と、なれば、本人が普通の狼だと思って接触した対象が、そうではなかった可能性もあり得ますね?」

「……そうね、その可能性は確かにありますわ」


 それを聞いて、ガラハ・ボルドーが憤る。


「ならば、本当に奴が! 奴が、この事件の犯人か!」

「待ってください」

「止めんでくだされ、ヨシュキ殿! ワシは、ワシはやらねばならんのじゃ!」

「冷静になってください、ガラハさん。 だとしても、おかしいのです。 それだけでは説明がつかないほど、失踪事件が起きています」

「……どういうことじゃ」

「考えてみてください。 たった1匹の人狼で、複数人の家族を消せるものですか? 1晩足らずで、食いつくせると?」


 それを聞いて、ガラハ・ボルドーは唸る。


「ならば、どうしろと言うのじゃ……」

「この事件は、1匹の人狼を退治することで解決するような事態ではない。 まずは1つ1つ、真実を確認していくしかないのです」


 ヨシキは、ガラハ・ボルドーの感情の激しさに違和感を覚えた。

 だが、思い返してみれば、ガラハ・ボルドーは事件の解決に非常に意欲的である。

 このガラハ・ボルドー自身も、貧民街で暮らしているのだとしても、それだけでは説明がつかないほどに熱心であるように感じた。


「ガラハさん。 嫌ならば、答えなくて結構です。 あなたは、この事件に身内の方がかかわっておりますか?」


 ヨシキの質問に、ガラハ・ボルドーは目を伏せた。


「……娘と孫たちがな。 しばらく前に、姿を消しておる」

「なるほど、通りで。 腑に落ちました」


 ガラハ・ボルドーは、ヨシキに希望を見出している。

 この事件を解決してくれると言う希望を。

 ただ、薄々気付いてもいるのだ。おそらく、家族は死んでいるのではないかと言うことに。


「難しいかもしれませんが、熱くならないように。 くれぐれも冷静になってください。 それが解決のための一番の近道となるでしょう」

「努力はする。 だが、ヨシュキ殿……さすがに約束はできぬ」

「……わかりました」


 ヴィトン・トライバルが、戦士長と言う役職に立っていたこの男を、あっさりとヨシキの補佐に付けたのは、こういった事情があってのことだろう。

 ああ見えて、情に厚い男なのかもしれない。


 なぜ、トライバル冒険社でも、探り当てている事情を使って、調査に乗り出さないのか、いささか不審ではあるが。

 現在ある情報でも、かなり真相を掴めつつあると言うのに、なぜ余所者の自分にそれをやらせているのだろうか。


「トライバル冒険社でも。 ヴィトン氏からも、こういう話が上がっていました。 犯人は人食いではないかと」

「人食い……ですか?」

「ええ。 それが人狼病ライカンスロープによるものとは、あの時には思いませんでしたが」

「ヴィトン様がそのようなことを……」


 ヘクサーは、それを聞いて考え込む。

 しかし、彼女が思索の迷宮に入り込むのを、ヨシキは引き留めた。


「ヘクサーさん。 一家の中で、生存が確認されている夫とやらに会わせてください」

「……ええ、かまいませんわ。 事情も事情ですし、ヴィトン様の命を受けて来られたとあれば。 なにより、魔法使いであるヨシュキ様の頼みですから」


 そう言って、ヘクサーは丁重に案内をする。

 彼らは、個室に案内をされた。

そこは簡素なベッドと、チェストがある程度の殺風景な部屋だった。窓から差し込む光の下に、ベッドに座り込んでうずくまる男性。

 彼を指して、ヘクサーは言った。


「彼の名前は、ディートン。 しかし、お会いするだけ無駄かと思います。 会話をすることが出来ないのです」


 確かにディートンは、なんと声をかけても一言も発することがなかった。

 沈黙を保ったままである。

 彼が、現実を認識できているかどうかも、危ういものだった。


「ヨシュキ殿、これは多少、強い刺激を与えてもよいのでは?」

「そういう手法は、好きませんね。 ヘクサーさん、人狼病とやらに罹患しているかどうか、調べる方法は?」


 ヘクサーは頷く。


「血を採り、専用の検査をすればわかりますわ。 注意せねばならないのは、その血液から感染する恐れがあることです」

「具体的には?」

「血液が傷口に入らぬように、気を付けるべきですわね。 あとは、唾液からも感染する恐れはあります」

「なるほど」


 そこで、ヨシキは言葉を止めた。


「ヘクサーさん。 この方の血液検査は、今までにも行っていないのですか?」

「いえ、もちろん診療所ですから、何か異常があるかを調べていますとも。 ただ、以前も血液検査は行ったのですけど、人狼病は想定していなかったものですから」

「……そうですか」


 ヘクサーが、注射器を使って血液を採取するのを見守るヨシキ。

 ガラハ・ボルドーは、ディートンが暴れ出す可能性を考えて、警戒し身構えていた。


 しかし、彼がこれで人狼だったとわかったとしても、彼一人で被害者すべてを喰らい尽くしたとは、ヨシキには到底思えなかった。

 相当な数の人狼が、街には潜んでいるはずだった。


 しかし、だとすればいったいどこにいると言うのか?


「ちなみに、血液検査は一般的には、誰にでも行うものですか?」

「まず、来られた方で原因が不明であれば、行いますね。 いろいろなことがわかりますから。 栄養状態も勿論ですが、何かに感染している可能性もありますし」

「……人狼病は、一般には疑わない感染病ですか?」

「街の中のことですから。 ここで生活する分には、ほぼありえない病ですわ」

「しかし、街の外に出る人間もいたわけですから。 基本的には、調べてもよさそうなものですが……」

「それはわたしの不徳とするべき所ですわね」


 ヨシキは不可解に思った。

 なぜ、この街の領主がいるとすれば、街の内外に出る人物への調査を、なぜ義務付けていないのか。コストの問題だろうか。

 確かに、検査とて無償で行えるわけでも、手間がかからないわけでもないだろう。


「人狼病に自覚症状はないのですか?」

「自覚症状以前に、狼や人狼に襲われたとなれば、訴えがあるはずですわ。 変身体質以外にも、影響は大きいです」

「それは?」

「初期症状としては、風邪に似ています。 発熱や頭痛、疲労にも似た倦怠感、体の痛み。噛まれた部位が強く痛んだり、痒くなったりと言うのもありますね」

「風邪に似ている…… しかし、噛まれた部位に異常があると言うのが違いですか」

「そうですわ。 続いて、精神にも異常が現れます。 異常に興奮したり、不安になったり、幻覚が見え、攻撃的になることもありますわ」

「それは明らかな異常ですね、周囲の人間が気付かないなどありえない」

「ええ。 だから不可解なのです。 そして、最終的には動悸など発作や昏睡症状経て、変身体質が現れるようになるのです」

「そでは、どれくらいの期間で?」

「それは……そうですわね。 個人差はありますが、1か月から3か月程度でしょうか」


 そうなれば、変身体質が現れるよりも早く、ヘクサー診療所に掛かる可能性が高い。

 家族からも異常を訴えるだろう。


「血液の採取はできました。 これを検査いたします」

「はい、ありがとうございます」

「いえ、わたしの仕事ですから」

「……もし、人狼病だとしたら、治療法はないのですか?」

「初期症状の段階であれば、予防ワクチンによって発症を防げる場合かもしれません。 ですが、発症してからとなると……」

「不治の病だと」

「残念ながら。 これは人間を根本から変えてしまう病です。 そうなれば症状を抑えることは可能ですが、治すことはできません。 いずれは、完全に怪物となりましょう」


 ガラハ・ボルドーは苦々し気な表情を崩さなかった。

 自身の家族の仇だとしても、病が原因となれば、憎み切ることもできない。ましてや、それが不治の病となれば。


「人狼病の症状を抑えるとは、変身体質を抑えると言うことですか?」

「そうです。 抑制剤を使えば、普通の人間と同じようには生活できます。 ただ、これも早めに投与せねば、病が精神に影響を与えてしまいますから。 そうなれば、抑制剤でもどうにもならないでしょう」


 ディートンは、すでに廃人のようですらある。

 人狼病だとすれば、救う手立てはないのだろう。

 安全面を考えれば、どこかに閉じ込めるか、殺すしかないのかもしれない。


 ……どこかに閉じ込める。

 そこで、ヨシキは思い至った。

 他に人狼病の罹患者がいるとすれば、どこかに閉じ込めているのだろうか。


 それを解き放ち操り、人狼たちに餌を与える者がいる?


 ヘクサーは、試験管に詰められた血液を携えた。

検査室と思われる部屋の扉に手を掛け、ヨシキに声をかける。


「それでは、わたしは検査に入らせていただきます。 ああ、それと奥の部屋には、無断で立ち入らないようにしてください」

「はい、わかりました」


 ヨシキは頷く。

 思わず時間が空いてしまったが、この時間を利用して考えをまとめようと思った。


「まず、今回の事件の犯人は、『人狼病の感染者』である可能性が高い」


 問題はその感染経路と、他の感染者が今どこにいるか、だ。


「ガラハさん。 貧民街の男性の中で、ディートンのような人物はいるでしょうか」

「さあ? 様子が同じような人物となると、ワシには、心当たりがないのう。 家に閉じこもっていれば、別じゃが」

「その場合だと、知ることが出来ませんね」

「いや、逆じゃな。 人の口には、カギがかけられぬ。 働き手や家族が、家から出ないとなれば、少なからず周辺で話題にはなるじゃろうな」

「なるほど。 では、その線はないですね。 では、他に行方不明の人物は…… そう、被害者と思われる女性や子供たち以外に。 働き手の男性の中で」

「いなくはないじゃろうが行方をくらます人間など、どこにでもおるものじゃ」

「では、存在はしている、と」


 女性や子供たちが、人狼病に感染している可能性もあるだろうが、その線は薄いように思った。

 犯人ともいうべき人狼たちは、被害者を選んでいるように思う。

 なにせ一斉に行方不明となる者たちが、血痕や臓物などの痕跡を残したものも含めて、貧民層の女性や子供たちに限られているのだから。


 一家まるまる消すほどの人狼の数は、相当なものになるだろう。

 その数をどこに、閉じ込めているのか。誰にも気づかれずに。


 いや、しかし。ただ、ヘクサーの話によれば、抑制剤さえあれば、意図的に変身体質をコントロールしている可能性もありうる。


 どこかに閉じ込められているのではなく、人々の生活に溶け込んでいる?

 それも、相当な人数が行っているのだとしたら、恐ろしいことだ。


「いや……。 待てよ」


 ヨシキの脳裏に浮かんだ考えは、恐ろしいものだった。


「ところで、ガラハさん。 あなた、ヘクサー診療所には掛かっておられますか?」

「ワシかの。 それはもちろん、世話になっておる。 仕事柄、定期的にかかっておるの、戦士団の連中も少なからず、そうなのではないかの」

「怪物と戦っていれば、怪我もしますもんね」

「それは、もちろん。 それに……今回のような場合もある。 戦った怪物については、ヘクサー殿に伝えたうえで、診察してもらっておるよ」

「では、それこそ血液検査や処方などももらっているわけですね」

「おう。 注射されることもあるが、検査も含めてワシはアレが嫌いでな」

「まあ、針で刺されるのが好きな人はいないでしょうね」


 人狼たちは、いったいどこにいるのか。

 誰にも見つからず、怪しまれることなく、被害者たちを一晩で喰らい尽くす。それを実行するには、高い知性や計画性が必要だ。

 獰猛な獣としか思えない犯行でありながら、少なくとも犯行そのものには、人間のような知恵を感じる。


「犯人は、本当に貧民層を狙ったんでしょうか。 本当は、順番が逆なのでは」

「逆じゃと?」

「狙いやすかったのが、貧民層だっただけなのでは」


 ヨシキが思うに、実行犯が人狼であることは、検査結果がまだ出ていないながらも、ほぼ状況的には間違いないと言えた。

 しかし、一方でこう考えた。

ただの感染者による犯行にしては、知性の色が濃い。

そんな整然と計画性や隠密性を保った犯行が、あんな心神喪失しているかのような人物に、可能とはとうてい思えなかったのだ。


 結論として、人狼を操っている人物がいると考えた方が納得はいく。

 外部から怪物が侵入した可能性がないとすれば、その犯行は街の内部にいる。

 何者かが人狼を操り、街に潜伏させている。


 しかし、どうやって?

 誰になら、それが可能だ?


 貧民街において、人々を操作することを可能にする人物。


「被害者や生き残った人々、その共通点はなんなのか」


 ヨシキは、気付いた。

 そして、診療所の奥へと向かう。


「ヨシュキ殿? どこに向かわれるのか」


 ヨシキは声を潜める。


「ガラハさん、ここは静かにしてください」

「……どういうことじゃ」


 ヘクサー診療所を頼りにする人間は、貧民街には相当な人数がいる。

 それはそうだ。貧民たちが唯一、頼りにできる医療機関なのだから。


 ガラハ・ボルドーはヨシキを咎める。


「その部屋は、入らぬようにとヘクサー殿が話しておったぞ。 良いのか?」

「……ええ、そうでしょうね」


ヘクサー診療所の一番奥、そこは資料庫だった。

 一面、部屋の壁にそって本棚が立ち並ぶ。

 ヨシキは床に這いつくばり、耳を当てた。


「な、なにをしとるんじゃ?」

「静かに」


 ガラハ・ボルドーの指摘を無視し、口を噤むように要求した。

ヨシキは軽く床をコンコンと叩く。

 そして、指をなめると、部屋を眺めた。


「……床下に空洞がありますね、それに空気の流れを感じる」

「なんじゃと!?」


 と、その時、眩暈のような感覚がヨシキを襲った。


「くっ……」

「ヨシキ殿? どうなされた?」


 ヨシキは、冷や汗を垂らした。

 ゾクッと、背筋に氷柱を突っ込まれたような感覚がする。

 直感が、全力で警鐘を鳴らしている。

 手足がしびれている感覚がある。


「手伝うぞ、ヨシキ殿。 ……うっ」

「ガラハさん?」


 ヨシキを助け起こそうとしたガラハ・ボルドーもまた膝をつく。

見れば、胸を抑えている。呼吸が浅い。


「どうしたことか、身体が熱い……」


生粋のドMである彼は、自らの性癖を満たす可能性について、敏感である。

危険であれば、危険であるほど。命が脅かされれば、脅かされるほど、喜びの感情が強く刺激される。その直感は、必ず外れることがない。

百発百中、完璧なる未来予知にも近い危機察知能力。


そう、彼の第六感はここが危険だと訴えていた。

思えばその予感は……。


「あらあら、いけない子たちね」


ハーブのお茶に口を付けていたときから、鳴り続けていたのである。


「でも、そろそろ効いてきた頃でしょう?」


 ヨシキとガラハ・ボルドーは背後を振り向く。

 そこには、冷たい微笑を浮かべるヘクサーが立っていた。


「やはり、貴女は美しい人だ」


 それでもなお、ヨシキは余裕な態度を崩さなかった。

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うちの勇者はドMとクズ 裃左右 @kamsimo

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