第8話 お茶会は事件の前に
「ふぅ……だいたい良いですかね」
ヨシキは、肩を鳴らした。
読みふけっていた資料を、本棚に納める。
ガラハ・ボルドーは、驚きの色を隠せない。
「……もう読み終わってしまったのか?」
「ええ、おおよそ目を通しました」
「そんな1冊を読むのに、数分足らず。 何度か、パラパラめくる程度で……」
「だいたい目で字は追えますから。 僕、目がいいのと歯が白いのが自慢なんですよ」
ヨシキは、資料をじっくり読んだりなどしなかった。
速読を行い、それぞれの資料のおおよそ内容を確認した。驚異的な集中力、記憶力を使い、大量の情報を蓄積さえ、その情報の傾向をあとから分析。
それにより資料から新たな発見を見出すよりも、ヴィトン・トライバル氏が自身に伝えようとうとしている意図の方を読み取ろうとした。
特筆するべきは、彼が異世界の言語で綴られた文書にすら、それが行えたことだろう。
なお、彼の言語能力へのモチベーションは、女性に罵倒してもらった際に気付くためである。
「地名がいまいちわかりませんでしたがね、地図付きで方角や事件の数もわかるようになっていました。 僕のような人間にもわかりやすい。 この資料をまとめた人物はかなり有能ですね」
「……そういうものかの。 ワシにはよくわからんが」
「ええ。 グラフなどを使用して図解されている資料が、存在するとは思っていませんでした。 正直、この世界は、そういった部分は中世と同じくらいかと思っていましたよ」
「この世界? 中世?」
「まあ、お気になさらず」
ヨシキはそう言ってほほ笑んだ。
彼は白いスーツを整えながら、歩きだす。
老兵、ガラハ・ボルドーは、当然のようにヨシキに追従した。
それが自然なことであるかのように、ガラハ・ボルドーは感じていた。
いや、それが誇らしいことですらあった。
「どこに行くのじゃ、ヨシュキ殿」
「ここにある資料は、大きく分けて二つです。 この街、つまりユーストルムで起きている事件。 それと、ここの外で起きた異変……」
この街で起きている事件と、外で起きている異変に繋がりがあるかまではわからない。
ただ、街の外がどんな状況化は、ヨシキにも予想がつき始めていた。
「各地で、多くの
「確かに、ワシらが対応していた事件も、多くがそこに本来いないはずの
「おそらく、北に棲んでいた
「サイクロプスが移動……? なぜじゃ」
「北で何かが起きている……。 それが何かは、わかりません。 ただ、それによって移動してきた
「ワシらがここ最近、戦いを強いられた理由はそういうことか」
ガラハ・ボルドーは、トライバル冒険社に所属する戦士長として、戦士団を率い人類の生存息を守るため戦ってきた。それが、近年まれにみる頻度で
あくまで、ガラハ・ボルドーの率いる戦士団は、資質はあるものの、トライバル冒険社の精鋭と比較すれば引けを取る。徐々に戦士団たちが受ける被害は、無視できないものになりつつあった。
一方で、トライバル冒険社の精鋭たちですら、サイクロプスの出現と言う事態に、すぐに対抗できなかった。それほどに事件が多発しているのである。
その現状を垣間見れば、さらに状況が悪化すれば、より対応が追い付かなくなるのも目に見えていた。
いや、ヨシキたちが到着しなければ、少なくとも戦士団は壊滅していたのである。事態はひっ迫していると言わざるを得ない。
「資料を分析するに、様々なモンスターが流れてきています。 魔獣はもちろん、少なからず知性ある鬼や巨人、そして人狼までも」
「……ならば、北方の街ではさらに大きな変化を感じておるじゃろう」
「その通りですね。 北に行けば、もっと何かがわかるはず」
「おぬしは、原因を究明するつもりかの?」
「もちろんです。 それに、この辺りに流れ込んでくるモンスターの数は、今後、増えていく可能性もありますからね。 一刻の猶予もない」
ガラハ・ボルドーには想像がつかなかった。
それは前代未聞の事態である。
ただでさえ、少ない人類の生存域がさらに狭まることになるのだ。
いや、最悪を考えれば、この地域に住む人類が全滅する可能性すらある危機だ。
「いったい……何が起きているんじゃ」
「さあ。 それは直に確かめる他ないでしょう」
ヨシキは、その渦中の真っただ中に進むことに躊躇いはなかった。
異変の解決。それが彼の目的だからだ。
いや、本音を言うなら、なにより彼がドMだからである。
強大なモンスターが逃げ出すほどの危険など、楽しみで仕方がないのだ。
人々に被害さえなければ、もっと状況が悪化することを望んですらいる。
しかし、その迷いない姿は、はたから見れば危険を顧みず立ち向かう英雄そのもの。
不思議な力を用い、戦う戦士でありながら、現状を把握することのできる知恵者。
ガラハ・ボルドーは、自分の気持ちを自覚しつつあった。
魔法使いたるヨシキと共にあることのできる。偉大な英雄だけが許されるおとぎ話のような状況に、今自分がいるということ。そこに高揚感を感じていた。
「ですが、その前にこの街でやるべきことがあります」
一刻も、早く原因究明を望んでいたはずのヨシキは、そう態度を翻した。
その言葉には、ある種に覚悟が感じ取れる。
「ヨシュキ殿、まさか」
ガラハの問いを最後まで、言わせず。
ヨシキは自信に満ち溢れた、好戦的な笑みを浮かべる。
「もちろん、この街の事件を解決することですよ」
「おおっ」
ヨシキの笑みは、凛々しく。見る人々に頼もしさを感じさせる。
そこには、人々を惹きつけるカリスマ性があった。
「ガラハさん、案内をお願いしたい」
彼は英雄の資質を持っていた。
尋常ではないドMは、ある一転を超えれば偉大な英雄となれるのである。
ヨシキたちが真っ先に向かったのは、貧民層が住まう地区だった。
貧民街、すなわちスラム街と表現してもよいだろう。
今回の住民集団失踪殺害事件。ケイジに言われせれば『人食い事件』の被害者は、そのすべてが貧民街に住まう者たちである。
ガラハ・ボルドーは語る。
ユーストルムに限らず、都市は魔術防壁を有した城壁で囲われていることが多い。
それだけに住むことのできる人間は限られているが、実のところ都市内部では労働力はそれほど必要ではないのだと言う。
都市部の生産は、ゴーレム技術により自動化されているからである。
故に、貧民層の仕事とはもっぱら危険な外部での仕事に限られていた。
広大な土地が必要な農作物の生産、資源の採取。城壁の内部だけでは賄えないものも多い。
「ワシが率いていた戦士団は、その多くが貧民街の出身じゃ。 それだけでなく冒険社に所属する大半の人間はそうじゃろう」
「なるほど。 冒険者とは、危険地域に駆り出される日雇い労働者でもあるわけですか」
「むろん、各地に点在する村々からも、戦士になる者は少なくないがな。 この辺りじゃ、特に家業を継ぐことのない三男坊なんてのは、行きつく先は冒険者じゃの」
「冒険者と言う名称のわりに、冒険してなさそうですね」
「まあ、一山当てようとして、命を落とす者もおるよ」
安全な都市部を囲うように、衛星のように点在する村は、資源を得るための拠点だった。当然ながら、
ヨシキが、ユーストルムに到着する前に世話になっていた村も、都市部の住民からすれば危険地帯には違いないのだろう。
いくら警備となる戦士がいたとしても、サイクロプス級の災厄に襲われれば、外にいる人間は、ひとたまりもないのだ。
しかし、だとすると、サイクロプス級の災厄。強力な
「僕が言うのもなんですが、人間としての上限を超えているようにも思いますね……」
「……確かに、トライバル冒険社の精鋭たちは、人間離れしておる」
「どのようにして、そんな力を得たのか気になるところです」
もしかしたら、それを解明することで新たな戦力を得ることも可能かもしれない。
いずれにせよ、ヨシキにもケイジにもより強力な力は必要だ。
少なくとも、北で異変を起こしているものが、
ガラハ・ボルドーはある建物の前で足を止める。
「ここが、ヘクサーの診療所じゃ」
ガラハ・ボルドーが案内したのは、貧民街の人々が必ず世話になるという診療所だった。
ヨシキは、ここに案内してもらうよう、ガラハ・ボルドーに頼んだのである。
話を聞けば、ガラハ自身も世話になったことは少なくないとの話だった。
「しかし、ヨシュキ殿。 ここに何の用なのじゃ?」
「いえ、ね。 こういうところなら、必ず情報が集まるはずなんですよ」
ヨシキは事件解決に向け、非常に意欲的だった。
なにせ、被害者がすでに明確に存在する事件なのだ。彼にとっては、それだけで見過ごせない事態である。
力なきもの、罪のない人々が、命を奪われるなどあってはならないことだ。
ヨシキが診療所を訪ねると、ヘクサーと思われる女性が出迎えた。
長い髪に金髪、青い瞳。
その女性は、どこか生命力に欠けており、折れてしまいそうなほど、か弱く儚い印象を備えていた。
ただ、顔立ちは整って入るのだが、美女と言う印象は感じない。
影がありすぎるのだ。
「久しぶりじゃの。 ヘクサー殿」
「あら、ボルドー様……。 お久しぶりです」
だが、ヨシキは、そんなヘクサーに見惚れた。
元々、根っからのフェミニストなだけでなく、女に惚れっぽく弱いところがある男である。
ヘクサー診療所までの道中、「道行く女が、みな美女に見える」と豪語し、無駄にガラハ・ボルドーを驚かせた経緯すらあった。
ヨシキは、ヘクサーに駆け寄った。
「お美しい……。 こんなに美しい方に、まさか出会えるとは」
彼はまっすぐにヘクサーを見つめた。
そこに迷いはなかった。
「う、美しいだなんて」
「貴女に出会えた。 今日と言う日を、僕は忘れないでしょう」
ガラハ・ボルドーは頭を抱えた。
「まったくヨシュキ殿……魔法使いともあろう者が」
呆れるべきか、感心するべきか。
ケイジとは別の意味で、俗なところがある魔法使いである。
ガラハ・ボルドーとしても判断に困るところだった。
「魔法……使い……?」
ヘクサーはその言葉に反応した。
ありえない言葉を聞いたかのように。
「ええ。 僕は魔法使いのヨシキ。 困っている人が見過ごせない、お節介焼きです」
「魔法使い…… ヨシュキ様」
自信満々にヨシキがそう言い切る。
すると、ヘクサーは瞳の奥を覗きこもうとした。心の奥底を見透かそうとするように。
ヘクサーの表情は凍り付いていた。
体はうっすらとこわばり、どこかその声が震えていた。
「本気で……おっしゃってますのね」
「ええ、僕はいつでも本気ですよ」
「そう、ですか」
ガラハ・ボルドーは、いつもとヘクサーの様子が違うことに気付いていた。
なぜこんなにも、動揺した姿を見せるのか。確かに、魔法使いは驚きに値する称号ではあるが、むしろ恐怖の対象に会ったような態度にすら見える。
違和感がそこにあった。
と、思いきや、ヘクサーは儚げにほほ笑む。
「これは失礼しました」
その微笑みの中に、暗い憂いを帯びつつも、ヘクサーは丁寧に迎え入れた。
話している間でさえ、静かな印象を与える所作だった。
彼女は、両手を重ね、祈るように体を抱えながら言葉を紡ぐ。
「魔法使い様がこんな場所に来られるなんて。 何の御用かはわかりませんが、お茶の一杯くらいはごちそうさせてくださいな」
「ええ、喜んで」
ヨシキは、我が意を得たりと言わんばかりに、まるで気にも留めずに頷いた。
ヨシキとガラハ・ボルドーは、奨められるがままに、お茶を口にした。ツンとするハーブの香りが、口内いっぱいに広がる。
爽やかなキレのある後味だった。
「美味しいですねえ」
「あの、ヨシュキ殿?」
「この焼き菓子もすばらしい……。 おや、これもハーブ入りですね」
「……事件を解決するのではなかったのかの」
すっかりお茶を楽しんでいるヨシキに、ガラハ・ボルドーは困惑する。
ガラハ・ボルドーには、先ほどまでヨシキが使命に燃えていたように見えていた。にも関わらず、今では呑気に過ごしている。
その変わりように、どうしていいかわからなくなっていたのである。
「いやいや。 焦ってもよいことはありませんよ、ガラハさん」
どう見ても、能天気な道楽人としか思えない在り様。
これが奇跡を起こすと言う、魔法使いの余裕と言う者だろうか。
ガラハ・ボルドーも魔法使いと言う存在に、今まで会ったことはなく、解釈に困っていた。
「さて。 ヘクサーさん、いくつか尋ねたいことが」
「……おや、なんでしょう」
ヘクサーの声には、覇気がなかった。
力のこもっていない声色、生気に欠けた肌。
いくら顔立ちが整っていても、これでは幽霊のようだった。
「貴女に会えただけでも、僕としては大変満足なんですが。 残念ながら、今日はそうもいかなくてですね」
それでも、ヨシキは女性と話すのが楽しくてたまらないのか機嫌がよくなる。
己の欲望に、正直な男である。
「貧民街で行方不明者が出ているのは、ご存じですか?」
「ええ、それはもちろん」
「なかには、死亡が確認された方もいたとか……」
「わたしも心を痛めているわ。 行方が分からない人たちも、心配で仕方がないくらいです」
「おや」とヨシキは、細めていた目を見開いた。
この男は、非常に勘がいい。しかし、あえて何も指摘しなかった。
「行方不明者や被害者は、みんなあなたの患者でしたか」
「そうね。 この区画に医者はそう多くないですから」
「それは家族ぐるみで?」
「医者が少ないのに、家族を分けて診るのは不自然じゃないかしら」
「確かにそうですね、それはそうだ」
「……お尋ねになりたいこととは、そのことですか?」
「いえいえ、僕の本題はここからです」
ヨシキはお茶に口をつけた。
勿体をつけるかのように、ゆっくりとヨシキは話す。
根が、のんびりとしている彼は、なにかとことを性急に進めることを避ける。極力、ゆっくりと落ち着いて物事を楽しみたがる癖があった。
彼が焦るのは、他人の命がかかっているときだけである。
「僕は思うのですが、犯人の目的も謎ですが。 どうして、貧民層の人間ばかり狙われているんでしょう」
「……さあ? わたしにはわかりかねますが」
「そもそも、今回の事件。 一見すれば、子供や女性が失踪していると言う件。 そして、血肉の残骸となって発見される件。 それぞれは、別に起きている事件に見えます」
「それは、どちらも同じ時期に起きたから……」
「その通りですね。 どちらも同じ時期に起きたからこそ、同じ事件だと思われている」
「……ええ」
「ですが、自然に考えるならば、こうも考えるべきです。 それぞれ別の事件が重なった可能性もあると。 でも、なぜ貴女は、そう思わなかったんですか?」
「うーん、わかりません。 わたしは冒険社の人間からそう聞いていたわ」
「確かにそうですね、トライバル冒険社ではそう判断しなかった。 どちらも同じ事件によるものだと判断していました」
「……ヨシュキ様、何が言いたいのか、よくわからないわ」
ヘクサーの言葉に、ガラハ・ボルドーも同意した。
「ワシもじゃ。 ヨシュキ殿はいったい何を気にしておられる?」
「……ガラハさんはご存じなかったようですね。 殺人現場には、死体の臓物に紛れて、獣の毛らしき残留物があったんです。 さらに、死体からは動物の歯形のようなものが、見つかっています」
「……なんじゃと?」
「それは発見された殺人現場、すべての共通項であり。 行方不明者の自宅、あるいは自宅付近での共通項でもあったんです。 つまり、行方不明者となった人間の近くでは、ほぼ必ず獣の毛が見つかっている」
普通に考えれば、それはその獣が事件に関わっている。
そのことを証明しているに他ならない。
ヘクサーは、ヨシキのお代りのお茶を注ぎながら尋ねる。
「まさか、その獣が人々を連れ去り、喰らっているということですか?」
「いえ。 事態はもっとシンプルでしょう。 行方不明者はまるまる食べられてしまっただけ。 その残ってしまった残骸が発見されたケースだけが、殺人として表に出ている、と」
「……街中にそんな怪物たちがいるということですか」
「あくまで僕の推理ですが、そうなりますね。 とはいえ、すでにその獣の毛は、冒険社所属の魔術師が分析を終えていますから真相もわかっています」
「それならば、その分析結果をもとに調査をすれば解決ですね」
「ええ、その通り。 説明が長くなりましたが、だから僕はここに来たわけです」
ヨシキは礼を述べ、注がれた茶を再び受け取った。
満足そうに、香りをかぐ。
「その獣の毛。 この診療所で保護している男性のものだったんです」
なんてことはないように、ヨシキはそう述べた。
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