第八話(エピローグ)

(剣が骨を通らない。こいつは、ゴリラ男と鋼鉄男の合いの子だ)

 ジェイコブを睨みながらダベンポートは冷静に考えていた。

 こんな奴が待っているであろう事は想定していた。だから拳銃を持ってきたのだ。だが、ゴリラ男と鋼鉄男が一つの身体に共存するとは思わなかった。

(鋼鉄男の骨は厚い部分から鋼鉄化し、関節部分は生身だった。ならば……)


 パンッパンッパンッパンッ


 ダベンポートは残りの四発の弾を全てジェイコブの右肩に撃ち込んだ。

「ガッ、グッ、グワッ」

 着弾するたびにジェイコブの身体が大きく泳ぐ。

 ダベンポートが装填している弾はマナを使った爆裂弾だった。

 この弾は着弾すると同時に周囲のマナを吸収して爆発する。

 四発の弾丸はジェイコブの右肩を打ち砕いた。

 肩関節が粉砕され、右腕が大きく垂れ下がる。

「……な、何をするんです」

「…………」

 黙ったまま、中折れ拳銃をジョイント部分で折り、空薬莢を排莢する。

 チン、チン、チン……

 足元に散らばった空薬莢が小さな音を立てる。

 すかさずポケットから次弾を取り出し、弾倉に装填。

「ジェイコブ君、すまないが無力化させてもらう」

「や、やめて!」

 ジェイコブがまだ無事な左手を前にかざす。


 パンッパンッパンッパンッパンッパンッ


 ダベンポートは六発の弾丸を全てジェイコブの左肩に撃ち込んだ。

「グワッ!」

 着弾した肩からオレンジ色の火花があがる。

 左肩も砕かれ、ジェイコブの両腕が力なく垂れ下がる。

 すかさず再装填。

 カウンターの後ろのスレイフは無表情なままだ。

「体当たりを食らっては敵わないからな」

 ダベンポートは呆然と立ち尽くすジェイコブの右膝にも銃弾を撃ち込んだ。

 オレンジ色の爆発に膝を砕かれ、ジェイコブの身体が横倒しになる。

「う、うわ、痛い、痛いよスレイフさん」

 ジェイコブが悲鳴をあげる。

 ダベンポートは再装填した弾丸を今度は横倒しになったジェイコブの左膝に撃ち込んだ。

「スレイフさん、まさかこんなバケモノがもう一人いるなんて、言わないよな」

 ダベンポートは再装填した銃を油断なく構えながらスレイフに言った。

「いや、ジェイコブ一人だ。その子はうちの大切な店員だ。殺さないでくれ」

 スレイフが眼鏡越しにダベンポートを睨む。

「殺しはしない」

 ダベンポートはスレイフを冷たく見つめ返した。

「だが、逮捕させてもらう」


 信号弾を見て駆けつけた第一小隊の騎士達が血まみれのジェイコブを三人がかりで囚人護送馬車の方へと運んでいく。

 ダベンポートは店の片隅にあった脚立がわりのスツールを持ってくるとスレイフの前に座った。

「ダベンポート、逮捕しなくていいのか?」

 横からグラムが話しかける。

「ハ、」

 ダベンポートは『逮捕』という言葉をバカにしたように笑い飛ばした。

「逮捕したってどうせまたすぐに出てくるんだろう? それよりももっといい手がある」

 片手で銃を構えたまま、ダベンポートはスレイフに訊ねた。

「で、あれはなんだ? どうやったら解呪できるんだ?」

「…………」

 スレイフは黙ったままだ。

 無言のまま、ダベンポートがスレイフを冷徹に見つめる。

 ふと、スレイフは相好を崩した。

「しかし、魔法院もやるじゃないか。ここがどうして判ったんだね?」

「トレバーという青年から聞いたよ。トレバー・スコーン。あんたの店の客だ」

「ああ、あの港で働いている青年か」

 思い出したかのようにスレイフが頷く。

「あれだけ口止めしておいたのに。そもそもその後、店に来ないからいかんのだ。どいつもこいつも術をかけたらそれっきり来なくなってしまう」

 スレイフは嘆息した。

「ある程度術が効いたところで解呪すればジェイコブのように普通に暮らせるのになあ」

「あれが、普通か?」

 ダベンポートはスレイフに言った。

「半分、ゴリラじゃないか。早く術を解いてやれ」

 だが、スレイフはニヤリと笑うだけだ。

「もう、解呪しているよ。ジェイコブの手の甲には魔法陣がなかっただろう?」

 ダベンポートは記憶を手繰った。

 確かに、ジェイコブの右手の甲には魔法陣がなかった、気がする。

 解呪している? それなのに肉体は変化したままだ。

 これは一体、どういう事だ?

「普通の呪文はなあ、効果が一時的でしかも不安定なのが難点だ。その点、跳ね返りバックファイヤーなら効果は永続的だし安定だろう?」

 まさか。

 突然、ダベンポートは全てを理解した。

「スレイフさん、あなたは跳ね返りバックファイヤーを逆手にとったのか!」

 ダベンポートは驚いて思わずスツールから立ち上がった。

「何を驚く?」

 スレイフが薄気味の悪い笑みを浮かべる。

「それが魔法本来の姿さ。今は跳ね返りバックファイヤーなどと言って魔法院は避けているようだが、そもそも魔法とはそういうもの、跳ね返りバックファイヤーこそが魔法の本来の姿なのさ。錬金術の時代からね」

「……なんて事を」

 スレイフはわざと跳ね返りバックファイヤーが起こるような大出力の魔法を使って、そのマナが対象の身体に溜まるようにしたのだ。滞留した大量のマナは対象の身体に劇的な影響を及ぼす。それこそ、あっという間に肉体変容が起こるかも知れない。

 それがあの複雑な魔法陣という訳だ。

「一体、どんな魔法式を使ったんだ? 何の組み合わせだ?」

「それは言えんよ」

 眼鏡を光らせながらスレイフが再び含み笑いを漏らす。

「今時の魔法院の連中には想像もつかんだろう。有機的跳ね返りバックファイヤーや無機的跳ね返りバックファイヤーにしてもそうだ。知識が及んでいるとは到底思えん。わしとてここにたどり着くまでには時間がかかった。そう易々とは教えられないね」

「…………」

 スレイフが言いたくないのであれば、無理に聞き出さなくてもいいかも知らんな。

 スレイフを睨みながらダベンポートは考えていた。

 魔法陣は書き写した。それに、妙に尋問して魔法院に要らない知識を溜め込むのも考えものだ。

 むしろ、墓まで持って行ってもらった方が後世のためかも知れない。

「まあ、いい。世の中知らんでもいい事もある。下手に記録を残したら他に真似する奴がいるかも知れん。……グラム、手隙の騎士を何人か貸してくれ」

 ダベンポートはスレイフに銃を向けたままグラムに声をかけた。

「ああ」

 グラムがハンドシグナルで部下に指示をする。

 集まってきた騎士達はすぐにカウンターの裏に殺到するとスレイフを押さえつけた。

「何をしたって無駄だ。どうせ証拠不十分になるだろう」

 スレイフは余裕の表情だ。

 ダベンポートは

「まあそうかも知れん。まあ、監獄でもどこでも好きに暮らしてくれ」

 スレイフにそう告げると、騎士達に

「その老人を床に押さえて上半身を剥いてくれ」

 と命令した。

「な、何をする?」

 にわかにスレイフの目が不安に泳ぐ。

 四人の騎士がスレイフを床の上に押さえつける。老人のシャツのボタンが弾け飛び、スレイフの上半身はすぐに裸にされてしまった。

「背中が見えるように裏返してくれ」

 ダベンポートが懐から羊皮紙を取り出しながら指示を続ける。

「何をする気だ?」

 うつ伏せにされながらスレイフが首を起こす。

「もう、魔法が使えないようになってもらう」

 ダベンポートは身動きもままならないスレイフを冷酷に見下ろしながら静かに告げた。

「何?」

 スレイフの目が恐怖に見開かれる。

「スレイフさん、これが何だか、判るね?」

 ダベンポートはスレイフに羊皮紙を広げて見せた。

 単純魔法陣の中に小さな●、魔力吸収マナ・ドレインの魔法陣。

魔力吸収マナ・ドレインか?」

「そう。魔力吸収マナ・ドレインだ。これをあなたの背中に焼き付けてやろう。そうすればもう、あなたは絶対に魔法を使えない」

 両手両足を騎士達に掴まれ、床に押し付けられた老人の背中に羊皮紙を貼り付ける。

「おい、やめ、やめろ!」

 ダベンポートは構わず魔力吸収マナ・ドレインの起動式を唱え始めた。

「────」

「やめろー……」

…………


 その日の遅く、ほとんど翌日になってからダベンポートは帰宅した。

 スレイフはその後、魂が抜けたようになってしまった。魔力吸収マナ・ドレインの呪文は単純だが強力だ。しかも一度起動したら効果は永続的に続く。

 これでスレイフの周囲のマナ濃度は常にゼロになる。マナがなければ魔法は使えない。

(これでもう、大丈夫だろう)

 ダベンポートは騎士団の馬車を見送りながら考えていた。

(あとは警察に任せよう。他にも右手に魔法陣がある奴がいないかどうか、セントラルを洗ってもらえばいい)

 まだ家の中に明かりが点いている。

「ただいまリリィ」

 一応ダベンポートは玄関から声をかけてみた。

「お帰りなさいませ旦那様」

 それまでリビングでうたた寝していたと思しきリリィがすぐにやってくる。

「遅くまでお疲れ様でした」

 コートを脱がせながら労いの言葉をかけてくれる。

「ああ」

 ダベンポートは頷いた。

「終わったよ」

「もう、大丈夫なのですか?」

 リリィが安堵したかのようにため息を漏らす。

「ああ、終わった。犯人は逮捕した。もう安心だ」

「良かった」

 リリィが浮かべた柔らかな笑みに、ダベンポートは胸が暖かくなるのを感じた。

 リリィの後ろから伸びをしながらキキが歩いてくる。黒猫の尻尾の先が揺れているところを見るとまだ構って欲しいらしい。

「旦那様、すぐにお茶を淹れますね。疲れた時には菩提樹リンデンのお茶がいいと聞いて取り寄せたんです」

 リリィはにっこりと微笑んだ。

「いやしかし、流石にもう遅い。リリィはもう寝なさい」

 ダベンポートの言葉にリリィが静かに首を横に振る。

「わたしもちょうどお茶が欲しいなと思っていたところなんです。お茶を頂いたらすぐにお休みします」

 ね? とリリィがキキに同意を求める。

「じゃあ、お言葉に甘えて頂こうかな。せっかくだ。一緒にリビングで飲もう」

「では、少々お待ちください……」

 リリィがキキを引き連れててトタトタとキッチンへ降りていく。

 リボンのように揺れるエプロンの紐を見ながら、ダベンポートはようやく心の平安を感じていた。

 それまで険しかった表情が和らいでいくことが自分でも判る。

 家はいいな。

 もう、しばらく魔法はこりごりだ。


──魔法で人は殺せない16:鋼鉄の骨髄事件 完──

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【第四巻:事前公開中】魔法で人は殺せない16 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo

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