第3話 “能面さん”への対応

 翌日の昼休み、隣のクラスだったはず、と〝能面さん〟を訪ねてみたものの会長から彼女の名前を聞いていないことに気づいた。

「こんにちは」

 「能面さん」と呼びかけるわけにもいかず私は彼女の席の前まで行ってから声をかける。

「あ。生徒会の。ようこそ」

です」

「トネヤさん……」

 表情のないまま首を傾げて固まってしまった〝能面さん〟にスマートフォンの画面を示す。十五年来使ってきた「禰」の字を言葉で説明する方法は未だに見つからない。

「ノウ○ンです」

 えっ、と耳を疑う。私には彼女が「ノウメン」と名乗ったように聞こえたのだ。彼女は私がしたのと同じようにスマートフォンで見せてくれる。「南畝」と書いてノウネンと読むらしい。

「能面だと思った?」

 昨日と同じように赤い唇に微かに表情が宿った。

「……ごめんなさい」

「気にしないで。そう呼ばれてそうな気はしてたし。前もそうでした」

「ええと。昨日、生徒会に来た用事って……」

 会長からは説明らしい説明もないままだ。わずかに思案顔を見せた南畝さんは違う話を切り出してきた。

「――昨日、刀禰谷さんが落としたクリアファイル」

 これ?と書類ケースから昨日のグッズを取り出して控えめに説明を試みる。

「アニメとかゲームで有名な日本のシナリオライターが台湾で人気の人形劇とコラボした番組なんだ」

「日本の人形劇ではないのですか」

「うん、台湾の。ていげきっていう。伝統芸能だけどテレビ向けに進化してCGを使ったり人形もお耽美な感じになってて国民的人気があるんだって」

 お気に入りの番組の説明についつい早口になり、スマホに常備の番組公式プロモーションビデオPVを再生して見せる。

「わぁ」

「元々の布袋劇も人気あったけどこの日台コラボ作品は向こうで大好評なんだって。日本だと人形劇ってあまり見ないけど」

「……うん」

 南畝さんは上の空で画面に見入っているようだった。無言のまま三回繰り返しPVを再生し、やっと上げた顔は薄く紅潮していた。

 ――うっわ。

 可愛い、と思ったけれど同時に――どう言えばいいのだろう、ぴったりくる表現が見つからない。はっとさせられるような表情だ。

「魔法みたいなのや水面はCGですか? 人形遣いの姿も操り紐も映りませんが、人が衣装の下で操っているのでしょうか」

「だと思う」

「これ、テレビでやってたんですか?」

「うん。放送知らなくて最後の方の回だけ偶然見て、円盤買ってもらった。劇場版も観たよ」

「大好きでいらっしゃるんですね。私、ちっとも知らなかったです」

「本土でも地方局しか放送しなくてこっちだとCS放送だけだったんだよね」

「昨年やってたんですか? 私、関東にいたのに」

「もう一昨年になるかな。東京?」

「神奈川です」

「都会」

「猪は出るし鉄道は鹿にぶつかって遅れる都会ですが」

「マジ?」

「うん」

 南畝さんはスマホの画面とクリアファイルのキャラを見比べ、一人頷いてから顔を上げる。まっすぐな視線で、刀禰谷さん、と呼びかけてきた。

「私と、部活をやりませんか」

「はい?」

「部活」

「私が?」

「ええ」

「何の?」

 今度こそはっきりと笑みの形を作った赤い唇が言葉を紡ぐ。

「オトメブンラク」

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