第4話 乙女文楽部

 南畝さんが口にした音の並びは「乙女文楽」と書くという。文楽から派生した伝統芸能で、南畝さんは中学の頃から習っていたそうだ。

 文楽と聞いて私が思い浮かべたのは昔の国産テレビ人形劇だった。件の台湾人形劇ファンの間でしばしば引き合いに出される有名作品で文楽とは違ったけれど絡めて話題になることが多い。試しにタイトルを挙げてみると南畝さんは私の手を取りテンション高く応じた。

「それ、私の先生の劇団がやってたんです!」

 先生というのは乙女文楽の師匠のことであるらしい。

「高校ではその乙女文楽っていうのをやろうと思ってた?」

「ええ」

「そういう部活のある学校はなかったんだ」

「神奈川にあるにはあったのですが」

 そっか、と私は相槌を打つだけにした。地元を選ばず辺鄙な北国にやってきたのにはそれなりの事情があるのだろう。福祉に力を入れるこの学校には訳ありの入学者も多い。

「ま、うちを選んだのは割と正解。一人で部活みたいなことやってる人もいっぱいいて、学校の承認も支援も簡単に得られるよ。活動内容がしっかりしてれば専門家を指導に呼べるし」

 南畝さんは目を丸くしたけれどそういう学校なのだ。

「どこも部員は少ないけど色んな部活があるんだ。南畝さんと関係がありそうなとこだと、人形作り、演劇、和楽器あたりかな」

「人形に邦楽も?」

「人形って言っても文楽みたいなのじゃなくて、和楽器も三味線だけだけど」

「刀禰谷さん、詳しいですね」

「うちの生徒会のお仕事は生徒の役に立つことです」と軽く胸を張ってみせる。「中等部からずっと生徒会だからね。会長に相談しても『あたしはわかんないな』じゃありませんでした?」

 思い当たることがあったのだろう、赤い唇が再び笑みの形を作った気がした。

「だから刀禰谷さんが対応してくれてるんですね」

「予算を通じて一通りの部活の活動内容は把握してるんだ」

「人形にも詳しいし?」

「ああ。会長はそう思ったのかも」

 南畝さんは十数えるほど天井を仰いで訊ねてきた。

「刀禰谷さんは寮生ですよね」

「南畝さんも」

「刀禰谷さん」

「はい?」

「円盤、持ってるっておっしゃってましたよね、人形劇番組の」

「うん」

「ぜひ、見せていただけませんか」

 少しだけ期待していた展開に内心で快哉を叫ぶ。

「喜んで! いっしょに観てくれる人、ずっと欲しかったんだ。――部の設立は何日か時間をもらえるかな。乙女文楽のこと、少しは知っておかないと。部活への参加ももう少し保留にさせてもらってもいい?」

 もちろん、と南畝さんが頷いたところで予鈴が鳴る。急いで連絡先を交換し、また寮で、と手を振った。廊下に出たところで鼻歌が出た。

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