エピローグ

陶器の鎧のパラディン

 ――死というのは、どのような感覚を伴うものなのだろうか?


 とても静かなもの?

 痛みすら感じないもの?

 もしくは、ただひたすらに昏く、孤独で寂しいもの――?


 初めて経験する感覚を前にして、セシリアは様々な想像を巡らせながら、その時を待った。

 もはや、恐怖はない。

 かといって、開放感を感じている訳でもない。

 強いて言えば、ただひたすらに、この身に訪れるを、待ち続けているというだけの状態。

 ところが、その到来を待ち続けた彼女に、もたらされたものは――。


 ――闇夜を切り裂いた、蛮族たちの悲鳴だった。


「ギアアァァァァッッ!!」


 すぐ近くで上がった絶叫に、思わず閉じていた両目を大きく見開く。

 身体は相変わらず自由に動く気配は感じられない。


 だが、明らかにセシリアを狙っていた小鬼オークたちの気配が、遠のいて行くのが分かった。

 周囲には剣戟の音が響き出して、蛮族たちの声が盛んに上がる。


 一体、何が起こったというのだろうか?

 その理由を推測して、セシリアの心臓の音は、早鐘のように高鳴った。

 具体的に誰かの姿が見えた訳でもない。

 何しろ、彼女を救えるはずの仲間は、一人残らず殺されてしまったのだ。

 だが、それでもなお、この場にいるセシリアを救える存在があるとすれば――。


 きっと、それができるのは、しかいない。


「ど、どうして――?」


 結局、唇からつむぎ出せたのは、疑問を投げ掛ける言葉でしかなかった。

 そして、セシリアはたったその一言だけしか、声にすることが出来ない。

 あとは、止めどなく溢れ出すものによって、全てが押し流されてしまっている。


 剣のぶつかる音が聞こえる中で、セシリアは仰向けのまま、星々の煌めきを見上げた。

 そして、まるで小娘のように、大きな嗚咽を漏らしながらむせび泣いた。

 腕を動かすことすらできず、顔も覆うことも、流れ落ちるものを拭うこともできはしない。


 だが、しばらくすると、派手に響いていた剣戟の音も、それが嘘であったかのように止んでいく。

 そして訪れた沈黙の後に、セシリアのぐしゃぐしゃになった顔を、そっと覗き込む影があった。


「――セシリア、良かった!

 何とか間に合った。もう、大丈夫だ」


 聞きたかった低く優しい声色に、ただただ嬉しさが込み上げてくる。


 だ――。


 セシリアは誰にはばかることもなく、派手に声を上げて泣きながら、漫然とそう思った。

 そして、涙でボロボロになった顔を隠すために、すぐにでも目の前のたくましい胸に飛び込んで行きたかった。


 だが、軽やかに森を駆けたはずの身体は、まるで石になってしまったかのように動かない。

 だから、せめて一目だけでも、が見られれば良いと思った。


 ところが、肝心の彼の顔は――視界がぼやけてしまって、よく見えなかった。





「――実はな、心配でこっそり後を付けてきてしまった」


 照れくさそうに言ったその言葉を聞いて、セシリアは思わず唖然とした。

 さすがにすぐ側にまでは近づかなかったようだが、カイは遠巻きに、セシリアたちの遠征をずっと見守っていたらしい。

 セシリアは、カイの言葉を聞いて驚きはしたものの、同時に何だ、そうだったのねという安心した思いをいだいた。


 だが、実際はそれだけで済ませられるようなことでもない。

 何しろ、あの危機に彼が都合良く現れたところで、どうにもならないはずだったからだ。


 彼が突然ここに現れたことと、あの宝石を押し込んだ瞬間、彼女の身体がしたこととは、決定的に意味が違う。

 そして少なくとも、彼女が知る限り、空間を転移するような魔法の存在は、見たことも聞いたこともないものだった。

 だとすれば、その不思議な力の存在は、一つの理由に帰結する。


 ――思い返せば、ここに至るまでの彼にまつわる全てのことが、不思議で不自然な出来事ばかりだったのだ。


 セシリアが初めて立ち寄った奇跡の酒場で、黒髪の男性と出逢う切っ掛けを得たこと。

 その男性が見たことも聞いたこともない素材を使って、この美しい陶器の鎧を生み出したこと。

 彼が陶器の板に特別な魔法を付与して、セシリアに強敵を倒す力を与えたこと。


 そして、セシリアの絶体絶命の危機に、彼が助けに現れたこと――。



 思えば、そのどれもが普通では起こり得ない、奇跡のような出来事だったと言える。

 だが彼はそんな疑問を気にも留めずに、未だ動けぬセシリアを見ながらニッコリと微笑んだ。


「セシリア、よく頑張った。もう心配はいらない。

 一緒に帰ろう――あの街に」


 そう言ってカイは彼女に、そっと手を差し伸べる。

 そして、セシリアはまるでその手に縋るように――ようやく軽くなり始めた身体を起こそうと、ゆっくりと右手を差し出した。






◇ ◆ ◇






 死地を切り抜けたセシリアを待っていたのは、アルバート騎士団長が率いる騎士団の本隊だった。


 カイは話がややこしくなることを危惧して、彼女が本隊に合流する前に、姿を消していった。

 セシリアはさすがに不安に陥ったが、ここは彼の「一緒に帰ろう」という言葉を信じる他ない。


 彼女は本隊と合流すると、そこで事情を話し、自分たちに起こったことを包み隠さず喋った。

 アルバートは、隊長のグレン以下全ての団員が死亡したという事実に、相当な衝撃を受けたようだった。


 だが、彼はすぐさま騎士たちに指示を伝えると、大魔樹エルダートレントとの死闘の場を入念に調査する。

 結果、セシリアの報告通りの形で、全ての騎士とハンスの遺体が回収された。

 その遺体の中には、ミランのものも含まれていたらしい。


 ただ、彼女が踏み割ったと言っていた、釣り餌アンカーの残骸だけはどうしても見つからなかった。





 そして、負傷のため遠征軍から離脱し、街に戻った彼女を待ち構えていたのは、事情聴取という名のだった。

 その命令はカイとの再会や、彼女の快復を待ってくれるような類いのものではない。

 セシリアは仕方なく頭部に包帯を巻いて、左腕を釣った状態で、宮殿に出仕した。



 謁見の間に入った彼女を待ち構えていたのは、数多くの有力貴族たちだった。

 そして、貴族たちが彼女の前で繰り広げたのは、事情聴取という名目のである。


 だが、貴族という名の査問官たちは、勝手に持論を展開し続け、セシリアの言い分をろくに聞こうとはしなかった。

 しかも、不思議なことに彼らの話は、一向に『釣り餌アンカー』の話には及ばない。

 そして、貴族たちの中心に腰掛けていた領主代行のオヴェリアは、彼らの勝手な持論に一切口を差し挟まず、何も言おうとしなかった。


 すると、次第に貴族たちは、セシリアとミランの痴情のもつれが、グレン隊の崩壊を招いたという結論を導き出していく。

 つまり、セシリアにつれなくされたミランが、彼女に憎しみをもって大魔樹エルダートレントを誘引し、グレンたちはその巻き添えを喰って殺されてしまったという筋書きである。

 その話は詰まるところ、全ての遠因がセシリアにあると物語っていた。


「待ちなさい」


 まさに結論が固まり始めた時に、それまで沈黙を守っていたオヴェリアが口を開いた。

 彼女はさも詰まらない話を聞かされ続けたとでも言うように、赤毛をくるくるといじりながら言った。


「その話が仮に真実だとしたら、ミランという男は、どうやってそんな危険な魔物を誘引したのかしら?

 最初から集落の近くに、そんなに危険な魔物が居たわけじゃないんでしょ?

 ――セシリア、あなたにはその理由と手段が判って?」


「はい。

 大魔樹エルダートレントは、魔法道具マジックアイテムの『釣り餌アンカー』によって、集落近くまで誘引されたと思われます」


 セシリアが挙げた一つの単語に、貴族たちは一斉に色めき立った。


 釣り餌アンカーは非常に危険な魔法道具マジックアイテムであるため、ミランのような地位にあるものが勝手に持ち出せるものではない。

 セシリアの証言は、いわばが、この件に関与しているという意味なのである。

 ゆえに都合の良い筋書きを作り上げていた貴族たちは、その発言を簡単に認めるわけにはいかなかった。


「君は発見された当時も、同様の主張をしていたと聞く。

 しかし、釣り餌アンカーのような危険な道具は、どこを探しても出てこなかったのだぞ!」


 有力貴族と思われる人物が、彼女の証言を取り潰すかのように叫んだ。

 途端に周りの貴族たちが、そうだそうだと同意する声を上げた。


 すると、オヴェリアは極めて冷静な声で、セシリアに再び問い掛ける。


「セシリア、あなたのいた部隊は、あなたを残して全滅しているわ。

 だからあなたの主張を、客観的に証明出来る者は誰もいない。

 そして、アルバートは貴方の言うことを信じて、戦闘のあった周囲を捜索したと聞いているわ。

 でも、釣り餌アンカーはおろか、それに類するものは何も見つけられなかった。

 その結果はあなたも知っての通りでしょう。

 ――では、あたなはそれが真実であることを、どうやって証明するというのかしら?」


 セシリアはオヴェリアの言葉を、ある意味自分を試すような挑戦的な発言だと思った。

 だが、一方でオヴェリアの瞳は、ある種の自信に満ち溢れているようでもある。

 それは、詰まるところオヴェリアは――セシリアを信じている――そう語っているに違いなかったのだ。


 セシリアはオヴェリアの方を見つめると、無言のままで、スッと右手を持ち上げた。


 その手には、何かののようなものが握られているのが判る。

 それは、あの火急の状況の中で、セシリアが拾い、鎧の内側に隠し持っていた釣り餌アンカーだったのだ。


 オヴェリアは、セシリアが取り出したものを見て、急に顔色を変えた。

 そして、その場に立ち上がると、前に乗り出すようにして釣り餌アンカーの破片を確認する。

 次の瞬間、オヴェリアはその破片が意味するところを理解して、左側に連座していたをキッと睨みつけた。

 その視線には憎しみと疑惑の色が存分に籠められている。


 ――そこから先は、もはやセシリアの存在など、放置されたと言っても過言ではなかった。

 なぜならオヴェリアが、ハーブランド家に対して苛烈なまでの追及を行ったからである。


 彼女がその行動に出た原因は、セシリアが手にした欠片に彫り込まれたにあった。

 というのも、セシリアが見せた釣り餌アンカーの欠片にある文様は、の一部だったのだ。


 それまで好き勝手に持論を展開していた貴族たちは、厳しく事情を追及するオヴェリアの姿に震え上がった。

 結果、ハーブランド家は危険物の管理責任を問われ、自ら降格と謹慎を口にせざるを得なくなった。


 ただ、問題はそれだけで終わった訳ではない。

 セシリアにとって重要なのは、部隊の全滅を招いたとされた『セシリアの名誉』がどうなるかである。


 ところがそれに関しても、オヴェリアがどさくさ紛れに「強敵をたおし脅威を取り除いたことを評価すべき」「そもそも下品な男に逆恨みされたのは、セシリアの罪ではなく下品な男の罪」「むしろそれを間接的に助長し幇助ほうじょしたハーブランド家こそ元凶である」と断言してしまった。

 それによって居並ぶ貴族たちは、何も言えなくなってしまい、結果セシリアの罪とやらは、有耶無耶うやむやになってしまったのである。


 そして、この出頭命令という名の査問会は、最終的に、


「このオヴェリア付きの上級騎士パラディンに弓引く者は、我がメイヴェル家に敵対するものである」


 こんな赤毛の少女の宣言と共に、終わりを告げたのである――。





 ――後日、オヴェリアはこの時のことを指して、セシリアにこう語ったという。


「貴族同士は協力関係にあるといいながら、隙あらば足を引っ張り合っているわ。

 特にこの街の三大貴族家トライアンフの関係は、まったく油断がならない。

 今回の件はハーブランド家が裏で手を回して、メイヴェル家にコッソリ仕掛けてきた意地汚い罠。

 死んだ男が『駒の一つ』と言ったのも、きっとまだ企んでいることがあるということでしょうね。

 あなたは不快な男の劣情を利用されて、本当に災難だった。

 でも、セシリア。あなたのお陰で、今回は上手く仕返すことが出来たわ。

 ハーブランドもきっとこれに懲りて、しばらくは大人しくなるんじゃないかしら。

 ――でもね、これで判ったでしょう?

 気をつけなさい、貴族の世界は決して一筋縄ではいかないわ。

 ただ、だからこそ、本当に気を許せる仲間が必要だとも言えるのだけど」


 そう言ってオヴェリアは微笑みかけると、セシリアが運んだ紅茶を静かにたしなむのだった。






◇ ◆ ◇






「ねえ、カイ。

 もう一度勝負しない?」


 その日、セシリアは現れるやいなや、笑顔を見せながらカイにそう言った。


 彼女は陶器の鎧の修復具合を確認するために、しばらくぶりにカイの仕事場へ顔を出したのである。

 それは傷も癒えて、なまり始めた身体を、再び鍛えて数日といった時期であった。


 目の前のカイは背中を見せたままで、ハンマーを打ち続ける作業に没頭しているように見える。

 だが、彼はセシリアの言葉に反応を示すと、作業を止めてハンマーを金床の上に置いた。


「よし、いいだろう。

 片付けをしたら、五番街の稽古場に向かう。

 先に準備していてくれ」



 あの後、査問を終えたセシリアを迎えたのは、カイとメイド長のリーヤだった。

 カイのいつも通りの姿を見たセシリアは、思わず彼に飛びつきそうになってしまう。

 いいや、隣にリーヤがいなかったとしたら、実際何も考えずに抱きついていたことだろう。


 だが、そこで自重してしまった彼女は、結局心の中にある想いをひけらかす機会を失ってしまった。

 それ以降は、まさにいつも通り――変化のない二人の関係が続いてしまっている。



 セシリアが支度を調え、五番街の稽古場で待っていると、カイがゆっくりと現れた。

 これも以前と変わらないが――だが、このかんに起こった出来事は、確実に二人の関係を変えている。


「折角の勝負だ。何か賭けるか」


 カイがにっこりと微笑みながら、セシリアに言った。


「そうね。

 カイ、あなたが勝ったら何を望むのかしら?」


「そうだな――。

 しかし、先にそれを明かしてしまうのも詰まらないだろう。

 折角だから、お互いが望むものを紙に書いてみないか」


 そう言ってカイはゴソゴソと、紙片のようなものを取り出す。

 セシリアは妙に用意がいいのね、と思いながらも、その紙を素直に受け取った。

 そして、二人は互いの望みを書き込むと、その中身を隠して紙を交換する。


「悪いが手加減はしない」


 カイの宣言に、セシリアは思わず不敵な笑みを浮かべた。


「フフ――それは私の台詞よ、カイ。

 を賭けている以上、わたしは絶対に手加減しないわ」


「いいだろう。

 掛かってこい!!」


 その叫び声が上がって、二人の影が交差した直後――。


 あっさりと片側の木剣が、くるくると中空を舞う。

 そして、カランという乾いた音を立てて、木剣が二人から離れた場所に落ちた。


「――さすが上級騎士パラディン

 もう俺が、何かを教えるといった強さじゃないな」


 剣を弾かれたカイは、その場で両手を挙げて降参の言葉を口にした。

 だが、その言葉に反して彼の表情は、これまでにない程に柔和なものに思える。


「カイ、あなたは――。

 あなたは、のね?」


 想像していたよりも、自然に出た言葉だった。

 するとカイは笑みを浮かべ、その問いを肯定も否定もせずに語り始める。


「最初は俺を信用しない君を、驚かせてやろうというぐらいの気持ちだった」


 彼はそう言うと、ゆっくりと木剣を拾いながら、「遠征から戻って来たら、俺のことを話すと約束していた」と呟いた。


「――だが途中から、俺が鎧を作るべきかどうかを迷うようになった。

 何故なら俺が優れた鎧を作れば作るほど、君が遠征に出て、危険な敵と戦う可能性が高まってしまうからだ。

 君ともう逢えなくなってしまう可能性を考えたら、俺は鎧を作るべきではない――。

 君の名誉を考慮せずに、そう考えてしまった時期もあった」


 カイはそこまで語ると、セシリアが渡した紙を開いて見た。

 そこにはカイが守るべき、セシリアからのが書かれている。

 彼はそれを見て小さく微笑むと、更に言葉を続けていった。


「だが、俺が鎧を作らなければ、騎士であることに情熱を持つ君は、不十分な装いで遠征に出てしまうかもしれない。

 それに、いざ戦場に行ってしまえば、君を守れるのは側に居続けることのできない俺じゃない。

 遠征に出る君を守ることができるのは、唯一俺が作る鎧だけなんだ。

 ――そう考え直したら、俺が優れた鎧を作らなければ、むしろ君と再び逢う機会を失ってしまうことになりかねないと思った。

 だから、俺はあの『陶器の鎧』を作った。

 たとえ何が起こったとしても、君を失うことのないよう、を尽くして」


 そう言うと、彼には似合わない、少しはにかんだような表情を見せる。

 見ると気のせいか、僅かに日焼けした頬が、上気しているようにも思えた。


 そして、セシリアもカイに促されて、彼から受け取った紙を開く。

 彼女はそこに書かれた彼のを見届けると、驚きで両目を大きく見開いた。


「俺はもう、この世界の住人だ。

 そして、これからも

 ただ一つ、強いて告げるとすれば――」


 カイはそう言うと両腕を開いて、少し照れくさそうに、セシリアに笑みを見せながら言った。


「君を守るために――。

 そして、君の側に居続けるために――別世界の技術すら利用して、ちょっとだけずるいことをした。

 ――俺は少なくとも、そう思っている」


「カイ――!!」


 その声は呼び声というよりも、どこか絶叫に近いもの。

 セシリアはその声を上げると同時に、飛びかかるようにカイの胸にギュッとしがみついた。

 そして力強い抱擁ほうようの合間に、二人の手からが、はらりとこぼれ落ちていく。


 その紙にはそれぞれ、こう書かれていた。


『カイ』

『セシリア』


 ――と。


 二人の間で交わされる情熱的な口づけが、遠回りし続けた二人の隙間を急速に埋めていくようだった。

 そうして、訓練場で重なり合った影は、いつまでもいつまでも一つになって、離れようとはしなかったのである――。





 以降、セシリアとカイの二人は、周囲の目をはばからぬ仲となった。

 何しろカイは、即日自宅を引き払って、アロイスの家に転がり込んでしまったのである。

 メイド長のリーヤは、あまりの急展開に、目を白黒させるばかりだった。

 だが、二人が強く惹かれ合っているのを知ると、突然号泣して二人を慌てさせた。


 その後、セシリアはオヴェリア付きの上級騎士パラディンとして、目まぐるしい活躍を見せた。

 彼女はオヴェリアが抱える様々な難しい問題を、時には身分を隠しながら解決にあたるのだ。

 そして――後日、若い赤毛の領主に付き従う『陶器の鎧の上位騎士パラディン』の名は、近隣の街どころか、他国にまで知れ渡ることになる。


 カイはセシリアの家に移り住んだものの、解体ジャンク屋の仕事はそのまま続けていた。

 一時期、セシリアの元には、彼が作る陶器の鎧の秘密を訊き出そうとする人が殺到したのだという。


 だが、セシリアはアロイス家のとなった彼のことを、決して他人に漏らすことはない。

 特にどのように鎧にを施すかは、セシリアは他人に言う訳にはいかなかった――絶対に。


 それだけではない。

 二人はに起こった出来事も、二人だけの秘密にしている。


 そう、二人だけの奇跡の物語を――。



 だが、人々は知っている。

 この街が数多くの、逸話と冒険譚を生み出すということを。


 セシリアは知っている。

 この街が多くの人々の想いを、引き継いできたということを。


 彼女たちに起こった奇跡の物語は、この街が生み出す一つの冒険譚に過ぎないのである。


 そして、きっとこの街は、また新たな物語を生み出すことだろう。

 そして、きっとこの街は、また新たな人々の想いを受け継いでいくことだろう――。


 セシリアは目前で微笑むカイと、彼が手掛ける『陶器の鎧』を見詰めながら、ふと朧気にそんな想いを抱くのだった。






【陶器の鎧のパラディン 了】

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陶器の鎧のパラディン 片遊佐 牽太 @katayusa_kenta

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