第31話「待機」

「君には暫くここで過ごしてもらう。食料や日用品は俺とあいつと君の三人でも一週間は持つ程度に運び込んである」


 狙われるかもしれないこと、僕が犯人でない念の為の監視もする必要があること、双方を考えれば、ショージィと名乗った男魔法使いの言はもっともだった。


「それって職場には当然いけませんよね?」

「そうなるな。だが君の職場にも話は通す」

「繁忙期とかではなかったから僕が抜けてもそれほど困らないとは思うんですが……」


 勤め先には僕を拾ってくれた恩がある。


「抜けた分負担をかけてしまうと思うと申し訳ないなぁって」

「状況が状況だ。君の勤め先が君が居ないようで困るようならこちらから人員を手配することも考える。そこは安心してくれ」

「そうですか」


 男魔法使いの捕捉に僕の心は少しだけ軽くなるが、それは暫く魔法使いと付きっ切りの引きこもり生活をしなくてはいけないということでもある。


「うーん」

「不満か?」

「いいえと言うと嘘になりますね。今はどちらかと言うと家の方にダメになりそうな食材は残ってなかったかとか思い返していたんですが」


 ひもじい思いをするのが嫌で昨晩は朝食を前倒し、その結果朝は食べるものがなくて朝食を抜いた。食材があったならあの時朝食を食べていたのだからすぐダメになるようなモノはなかったはずだが。


「なるほど」

「それで記憶を漁ったところ、とりあえずは大丈夫そうです」

「そうか。まぁ、何か取ってこないといけない品が家にある場合は言ってくれ。人をやって取って来させてもいいし、あいつ……俺の同僚が君の家に寄るつもりがあるらしいんでそっちに頼むということもできる」

「えっ」


 男魔法使いはおそらく気を使って言ったのだろう。だが申し出に僕の口からはつい驚きの声が漏れ。


「僕の家に?」

「ああ。あいつの言う犯人……ここで殺人をやらかしたヤツのことだが、そいつが君に罪を擦り付けるつもりなら君の家に忍び込んで所有物を盗むなんてことも充分考えられる」

「あー」


 言われればなるほど、確かにありうると思う。


「犯行現場に僕の普段持ち歩いてる小物とかを残してく訳ですね」


 雨の日なら予備の雨具、僕の着替えを盗んで血で汚して捨ててゆくということもあるか。


「けれど、あなたかあなたの相棒が一緒にいてくれれば僕の潔白は証明される、と」

「そんなところだ」


 なるほどありがたい、ありがたくはある。だが、僕はダンジョンマスターでもあるのだ。魔法使いが付きっ切りと言うのは正体がいつばれるのではと気が気ではなく、正直キツイ。加えて魔法使いの前ではダンジョンの主としての能力は使えない。地下に通路を伸ばしての遠隔操作も不可能だろう。


「ここで待機する期間ってどれくらいになりますか」


 思わずそんな質問が口をついて出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る