第30話「ノック」

「ん?」


 ダンジョンの主となったからとはいえ、身体能力や知覚力が人間以上になったなんてことはなく、それに気づいたのは単に今僕が居るのが魔法使いの拠点の一つであるからだった。中に居れば、来訪者を知らせる仕組みがしてあり、玄関前に誰かが現れた場合、部屋のベルがひとりでに鳴るのだ。


「さてと」


 人を待つということで腰かけていた椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。女魔法使いからはもう一人の魔法使いの容姿についても知らされている。魔法使のトレードマークである触媒を埋め込んだ杖を所持しているのはもう一人も同じらしいが、女魔法使いの方とは違い、僕の待ち人は羽織った外套の内側にそれを収めているらしい。あの女魔法使いと組む時には女魔法使いの方が外見で魔法使いでございと人目をひき、待ち人の方が女魔法使いを囮や目くらましに使って動くという訳だ。ので、杖の有無は外見で判断するのは難しい。


「へぇ」


 それでものぞき窓から玄関の外を一瞥すれば、立っていたのはコートに身を包んだ男だった。知らされた通りなら、外の男はまずドアをノックする筈だ。中の者が玄関に居でもしなければノックの音などわからないであろうにもかかわらず。無論、来訪者があれば中にそれが伝わる仕組みを熟知してれば無意味な行為ではないわけだが、何も知らない客であれば、呼び鈴を鳴らすか大声で中に呼びかけるだろう。


「ごめんください」


 だとか。


「どなたかいらっしゃいませんか」


 と。だが、男はどちらでもなくドアを二回、一回、三回と区切ってノックし。


「花瓶の隣に忘れて行ったボタンをくれないか」


 そう言った。


「すいませんねぇ、来月からなんですよ」


 対応する合言葉が男の発言とかみ合っていないように思えるのはきっと気のせいではないだろう。


「今開けますね」


 俺の答えに三回、二回、五回床を足でノックして男が応じたことで僕は入り口のカギを開けた、戸口を踏み込んですぐのところにある落とし穴のふたを開けて。


「合格だ」


 くるぶしくらいまでしか入らない低い落とし穴を跨いで入ってきた男は僕をそう評した。


「言われたことをやっただけなんですけどね。それにしても入り口にこんな仕掛けまであるとか」


 前世の世界の忍者屋敷だか武家屋だかにこんなトラップのある所があったような気がする。踏み込んできた敵の足をとって転倒させるためのモノだ。


「有ることを知ってる上に魔法使いの方には何の意味もないように思えるんですけど」

「俺の方にはな。だが、無意味な言いつけを守っているからこそ君がどこかで入れ替わったニセモノである可能性が低くなる。名乗るのが遅れたな、ショージィ・ミミアリーだ」

「あ、どうも。僕は――」


 素朴な疑問に答えながら名乗ってきた男の魔法使いへ軽く頭を下げた僕も名乗り返したのだった。




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