第29話「独り」

「……今頃あいつは知らされている頃か」


 僕から前職を止めた経緯について話を聞いた女魔法使いはその足で元の職場に向かった、ただ一人で。僕がついてゆくという選択肢もあったが、敢えて僕は残った。


「人殺しに狙われてると知ったあいつの表情やウソがばれたあいつの様子を見たところでただ溜飲が些少下がる程度だしな」


 あいつの性根を鑑みると自分のやったことを棚に上げて逆ギレして殴りかかってくることも考えられる。そもそもそれ以前にあいつの顔を見るということ自体が不愉快に感じることも僕が残った理由の一つだ、それに。


「もう一人の魔法使いとも面識得ておかないとまずいし」


 魔法使いが二人いる街で何かするとは考えたくないが、ダンジョンコアを狙う何者かがこの街で元のコアの持ち主を殺めたのも事実なのだ。


「待ってればこちらを尋ねてくれるってことだけど」


 一応殺人の容疑者としても自由に出歩くのはよろしくない。そんな理由もあってもう一人の魔法使いは女魔法使いからの伝言で今僕が居る魔法使い用の拠点へあちらから足を運んでくれることになっている。


「ただ待つだけ、楽なはずなんだけど……どうにも独り言が増えるな」


 不安なのだろうか。思い返せば不安要素は確かにある。魔法使いたちに僕がダンジョンマスターであると知られる危険性。魔法使いたちだけではない、今回の殺人事件の犯人が僕をダンジョンマスターであると認識していた場合、それが魔法使い以外の他人の耳に入ることだってありうる。


「はぁ」


 部屋の白い壁を、真っ白ではなくややクリームがかった淡い色合いの壁を見つめた僕の口からため息が漏れた。不足している情報を集めたいと心のどこかが急く一方で、今動くのは危険だと窘める自分も確かに心の中に存在した。どちらの言い分も正しく、もう決断を下しただ来る人を待つことにしたというのに心の中のモヤモヤは晴れない。


「不謹慎だとは思うけど、こう、気晴らしとか暇つぶしが欲しいな」


 ただ待つ時間は長い。前世で趣味に没頭してると時間なんてあっという間に過ぎたというのに、今は時の流れがやたら遅く感じ。


「そうだ、おさらいをしておこう」


 件の殺人犯がどこに居るかわからない今、ここに誰かが訪ねてきたとしても安易にドアを開けないようにとも僕は女魔法使いから忠告されていた。犯人が僕が一人でいる隙を狙ってやって来て僕を誘拐するなり殺害して死体を隠すこともありうると言われたのだ。


「僕に罪を擦り付けるという意味合いでは、僕が行方不明になるのは望むところだものな」


 懸念はもっともだと思うし、それ故に僕は女魔法使いに言われていた。誰かが訪ねてきたら、戸口で今から言う合言葉を口にしろと。おさらいと言うのもその合言葉についてのものだ。

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