第21話「翌日」

「んっ」


 僕は昨日同様割り振られた席で数字と戦う合間に声を漏らし組んだ両手を裏返しにして伸びをする。翌日を気にしてきちんと睡眠をとったこともあり、寝坊することなく目を覚ました僕はいつもの通勤ルートをいつも通り歩いて職場に居たり、あの日の前と変わらない数字と戦う仕事をこなしている。


「昼食の時間まではもうそんなにないと思うけど」


 どうするかなと独り言ちながら周囲を見回せば、見知った同僚で業務以外で席を立っている者の数はゼロ。昼食に執着しているのは僕だけらしい。もっとも、そんな僕も昨晩の夕飯に今日の朝食に使う予定だった諸々を使ってしまわなければこうはなっていなかったのだが。


「いつも通りの日常」


 そう見えて違いは二つあった。ダンジョンの通路を伸ばし常にダンジョンの操作が行えるようにしている点と朝食を抜いたせいかちょっと空腹であるという点だ。朝食はしっかりとる派の僕にとって朝食抜きは自分が思ったより辛かったらしい。まぁ、頭を使う仕事をすると糖分が欲しくなると聞くし、炭水化物をとれていないのは由々しい事態なのかもしれない。


「はぁ、ようやくだ……」


 だから、昼食の時間になるまでがやたらと長く感じた。時計の針が長短両方真上を指した時に思わず声を漏らしてしまうぐらいには。ちなみにこの世界も一日は前世の世界と同じで二十四時間らしい。まぁ、今はどうでもいいが。


「さてと」


 昼休みの時間だが、今日の僕は昼食を持参しているわけではないし、職場に自炊の設備もないので昼食は基本的に外食になる。魔法使いとの接触を考えても昨日案内した店に行くべきだとは思うが、あの店をひいきにしてるのは僕だけではない。僕が店主や従業員に覚えられそうなくらいに通っている理由は、他の同僚にも適応される。中には妻帯者でお弁当を持たされてる者も居るが、僕同様に独り身の者ならコスパや距離の関係で雪森の牡鹿亭をよく利用する者は居るのだ。加えて僕が魔法使いをあの店に案内したことは遅刻の説明に話したからこそ職場にいる人間なら知っててもおかしくない、つまり。


「魔法使い様が居るかもしれないし、昼飯は雪森の牡鹿亭に行ってみようぜ」


 なんていうミーハーな同僚が居ても僕は驚けない。まぁ、魔法使いの顔を知ってるのは僕だけだが、触媒の組み込まれた杖と言うわかりやすい目印を持ってることが多いので、僕が居なくてもいっこうにかまわない筈ではあるが。


「うわぁ」


 昼食のために職場を後にした僕は後ろを振り返って思わず空を仰ぐこととなる。見知った顔がいくつも追いかけてきたのだ。正確には同じ方向に向かっているという訳だが。これは運よく魔法使いが居てくれても面倒なことになるんじゃないか、そんな予感が店が見え始める前からヒシヒシとしだしていたのだった。



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