第22話「待合」

「あ」


 雪森の牡鹿亭は割と込み合っていた。昼食時なのだから出す料理の味と値段を鑑みれば当然なのだが、店へ辿りついて気が付いたことに良いことと悪いことが一つずつ。

 一つ、良いことの方はあの魔法使いの姿が客席にあったことだ。見覚えのある姿を見つけて、つい声が漏れてしまったのもそのせいであり。


「……僕のせいか」


 二つ、悪いことは僕が遅刻していった届け物先の人間が何人か居たことだ。遅刻の理由に説明したから、耳にした人の内でミーハーな者が今日もやって来るのではと足を運んだのだろう。僕の仕事場と比べて届け先はこの店から徒歩だとそれなりに遠いのだ。味と値段を考慮してもわざわざこの店に足を運ぶ理由には弱い。


「まぁ、ここで会話ができれば遅刻の理由は真実だったって説明できるようなモノだけどなぁ」


 僕が浅慮だったのだろうが、こうも人目のある場所では魔法使いと接触しても口にできることは限られてくる。おそらく先日の礼を言うのがせいぜいと言ったところだろう。そして、自分を見に店へ詰めかける人間が現れたと知れば、あの魔法使いの足がこの店から遠ざかってしまうことも考えられる。

 魔法使いが街に存在していることを知らしめ間接的にコアを狙う連中へ理解させるだけなら、見物人が詰めかけることは悪くないが、人目に辟易してあの魔法使いの露出が減ったりしてしまうことは僕としてよろしくない。僕が一目で魔法使いと理解した格好で出歩いているのだから、人目を気にするような性格ではないとは思うが。


「いらっしゃいませ。ただいま満席ですのでお待ちいただくことになりますが、よろしいですか?」

「ああ」


 僕の姿を見つけて声をかけてきた従業員に僕は首肯し。数歩歩いて空席を待つ数名の人に加わりながらちらりと食事中らしき魔法使いの姿を盗み見る。もう料理が届いて食べているとなると店内に案内される前に会計を終えて出てくるかもしれない。なら、出口で声をかければいいかと考え。


「あの、昨日はありがとうございました」

「おや、君は……なるほど、そこに居るということは君もこれから昼食か」

「ええ」


 実際その通りとなった僕は僕の姿を認め、入り口近くにいる意味も察した魔法使いに肯定を返す。


「お礼と言うことは私の書いたアレは役に立ったということでいいかな?」

「はい。助かりました」


 一人嘘つき呼ばわりした人間も居たには居たが、それは口に出さないでおく。当人が報いを受けるだけならともかく、下手すれば僕の言い分を認めてくれた人にまで類が及びかねないし、策恨みされても面倒だ。

 先ほどは悪い方にカウントしたが、あの届け先の従業員もこの場に居るのだから、すぐ僕の言ったことが正しかったことは届け先の方にも伝わるだろうし、その時嘘つき呼ばわりされた人物がどういう目で見られるかを考えれば、僕の溜飲も下がるのだから。

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