第18話「夜会話」

「ただいま」


 鍵を開けると、誰も居ないとわかっていて、ドアノブを回しつつ小声で帰宅を告げる。見られたら無意味じゃないかと言われそうな気もするが、案外やってる人も多いんじゃないだろうか。


「しかし、借りてきたカンテラ様様だよなぁ」


 電気の明かりなど普及して居ないこの国で明かりと言えばカンテラとか室内用のランプ、蝋燭なんかになる訳だが、どれを使うにも火が居るし、暗い中火をつけるのも難易度が高い。だが、借りてきたカンテラがあるからこそ暗さとは無縁だし、我が家のランプや蠟燭に火を移すための火種としても利用できる。


「もっと早くに、暗くなる前に帰宅すれば暗くなる前に明かりをつけられたんだけど――」


 今日に関しては仕方ない。ぼやきつつ火を移したことで役目を終えたカンテラの明かりを消し、荷物や上着を置いて、火が付いた蝋燭の刺さった手持ちの燭台を片手に僕はキッチンへ向かう。さすがにこのままではお腹が減って眠れないだろう。


「さてと、何があったかな?」


 なんてわざわざ口にしても、台所に備蓄した食料は増えもしないし、内容が変化したりもしない。


「まぁ、記憶にあった通りな訳だけど、これって……いや」


 帰宅に伴い伸ばしていたダンジョンの通路が無事我が家に到達したので、これで我が家に居ながらにしてダンジョンコアの力を行使することはできるようになったんじゃないかとは思うが、食べ物が欲しいというだけで人の命を代償にした力をアテにするのはダメだと思う。現時点では可能か不可能かもまだわかっていないわけだが。


「そもそもそんなことを気にして検証しようなんて考える余裕もなかったしなぁ」


 だが、今なら。帰宅して少し心に余裕が出来た今なら考えられることもある。一人暮らしに相応しい狭いおひとり様用のキッチンで僕は声に出さずダンジョンコアに呼びかける。遠隔操作ができるなら通路でつながっている今、会話くらいはできると踏んで。


「コア、こちらはあと食事をとって寝る支度諸々をしたら寝るだけなので、今のうちに確認しておきたいことがある」


 声に出すとしたらこちらから最初に伝えたのはそんなところか。聞いておきたいことはふと思いつくだけでも両手の指の数を一瞬で超えるが、生憎明日も仕事がある。徹夜でコアと質問会をしているわけにはいかない。


「厳選しないとな」


 考えを纏める為にも僕は声に出し、コアに何から尋ねるかについて優先順位を振りながら夕飯の支度をしてゆく。支度と言っても簡易なスープを作って日持ちする硬くてまずいパンを添えるだけなのだが。


「はぁ」


 ダンジョンの力を使えば僕の食生活を豊かで豪華にすることなんてきっと簡単だろう。だが、私欲に走る気はなかった。僕の正義感が許さないというのもあるが、コアが最後に目撃された場所を通った僕が急に羽振りが良くなったら、余程のアホでなければコアと僕との関係を疑う。自己防衛のためにもコアの力はそう簡単に使っていいモノじゃないのだ。

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