第17話「我が家へ」

「やはり、暗いな」


 当たり前すぎることを口にして、カンテラを揺らしつつ戸口を出て、花壇の縁にカンテラを置くと戸を閉めて施錠する。後は鍵を社長の家に持って行き、僕はようやく帰路につけるという訳だ。


「って、『つけるという訳だ』じゃないな……夕飯どうしよう」


 今世の両親を含む親兄弟は健在ではあるが、今の僕は集合住宅で独り暮らしの身の上だ。独身なので、食事を作っていてくれる人も存在しない。帰ってから何か作り始めるとしたら、遅い夕飯がさらに遅くなるが、外食をしてゆく気にはなれない。現状を鑑みれば、寄り道なんてもってのほかだ。


「何かすぐ食べれるもの残ってたかな……最悪、朝食を前倒しして――」


 思い浮かべたのは、日持ちのするパン。前世で食べていたモノと比べると罰ゲーム級の味と食感だが、保存料とか密封容器だとか冷凍庫だとかのない今世では割とお世話になっている。水分を代償に日持ちさせているので、スープに浸すとか一手間は要るが、前世のインスタント食品の感覚で常備し、これと乾麺が僕の食を支えていると言っても過言ではない。


「飲食店が商売になる理由の一つは、食事を作る手間を肩代わりしてくれるからだってこう、忙しい時とかこういう時は身に染みる」


 もちろん、そのありがたさを口に出してみたところで何もない場所からご馳走が出現したりはしないわけだが。


◇◆◇


「では、失礼します」


 社長の家で鍵を預け、挨拶をして帰路につく。小腹は減っているが、自宅までの最短ルートにこの時間でもやっているような飲食店はない。


「やはり朝食を前倒しするか」


 迷宮の力を消費して食料を出したりできるんじゃないかと一瞬頭をよぎったが、流石にそれは無駄遣いだと表に出さず心の中で頭を振って流すと僕は歩き出す。


「色々あって疲れたし、寝れるなら寝たい」


 と言うのも掛け値なしに今の僕の本音の一つであり、疲労で頭の回らない状況で何か考えても時間の無駄と思ったからでもある。空腹で眠れない可能性は朝食を前倒しすることで潰せばよく。


「ふぅ」


 星明りに通い慣れた道を進みつつ目印にしている民家のシルエットに僕は一つ息を吐いた。黙々と足を進める内に帰路の半分を踏破したらしい。あっさり半分まで来れたのは寄り道を諦めたおかげでもあるのだが。


「けど、本当に人気ないな」


 独り言が漏れてしまうのは、道に人影一つ見当たらないことへの心細さを誤魔化す為だろうか。事情を知らない他者から見ればただの帰路。だがその実、迷宮を伸ばしつつの帰宅は我が家と迷宮を繋ぐという意味も持っている。我が家と人目につかない場所に出口を用意できればダンジョン内を通ってのショートカットや誰の目にもつかずに移動することが可能となり、僕としても大いに助かる。


「着いた」


 やがて僕は足を止めた。周りの住宅などの窓から明かりが漏れている中、一つだけただ星明りを微かに映す窓があった。明かりのついていないそここそ我が家、僕の部屋だった。



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