第16話「終業」

「んッ」


 椅子の背もたれに身体を預け両腕を空に伸ばして、呻く。人は慣れる生き物とどこかで聞いたが、本当らしい。ダンジョンのことやらあれこれと仕事から見た場合の雑念はあったはずなのに、気づけばいつもの様に数字のことしか考えず、マスを埋めた紙が机に積み重なっている。パソコンなんて発明されてないこの世界では、当たり前すぎる仕事風景なのだが。


「ああ、もうこんな時間か」


 窓の外に目をやれば日はとっくに落ちて、西の空の茜色もどこかへ消え、窓の外は星空の下の夜景へと変わっていた。もちろん、前世と比べて文明の劣るこの世界では家の中からの明かりがちらほらまばらに散らばるようなモノで、街灯なんてものも殆ど整備されていないので、町全体はかなり暗いイメージだが。


「割と拙いな」


 遅刻分の遅れを取り戻すことはできず、結果として家までは暗くなってからの帰路になってしまうようだ。一応、こういう時の為に職場にはカンテラが用意されているが、燃料代は各自負担だし、前世の世界と比べれば治安も悪いこの世界、暗くなってから外を出歩くのはそれなりにリスキーでもある。


「おそらく僕が最後だし、施錠もしないとダメか」


 施錠した上でこの職場の隣にある社長の家に鍵を持ってゆく。仕事が終わらず居残りした者に課せられるうちのルールだが、これを僕がしなければいけないのは本当に久しぶりで。


「はぁ」


 思わずため息を漏らしつつ僕は椅子から立ち上がる。完成させた書類は上司の席に置いてゆけばいい。鍵のある場所は教えてもらっているので迷うこともない。


「こう、誰も見てないと――」


 帰路はダンジョンを利用してもいいんじゃないかと自分の中でもう一人の僕が囁くが、敢えてそちらはスルーする。


「けど、施錠が必要なのは当然だよな」


 僕が今務めているここは、「~屋」と言う括りで表すなら、部品屋と言うモノになると思う。前世の世界と比べて文明的には遅れているとはいえ、機械とかある程度複雑な加工のされた道具は存在する。そんな道具や機械のパーツを販売する商売をここはしているのだ。敷地内の工房で製作するほかにもジャンク品を買い取っての解体や部品を作る工場や販売する他店に注文して取り寄せるなどして客の要望に応えており、お得意様は街の修理屋や大きな機械を作る工場なんかになるが、個人で何かをカスタマイズするため、小口注文をしてゆく客もおり、職場の半分以上が部品倉庫になっているのだ。


「価値が解からない人間にはピンと来ないかもしれないけど、解かる人にはお宝の山らしいし」


 もう製造されてない部品もジャンクをばらしてとったモノがあるそうで、プレミアのついたそれは中古だというのにふざけた値段がついたりしている、らしい。もちろん、一つ売れば数か月遊んで暮らせるみたいな額ではなく、せいぜい、新品の十倍くらいの額らしいが。

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