第25話 元引きこもりは迷宮を攻略する③

 普段より早く目が覚めた。

 早めに寝たのもあるのかもしれない。が、一番の理由は、迷宮ダンジョンから出られるかもしれないと知って、ワクワクしていたことじゃないんだろうか。

 こんな軽い気持ちでいいんだろうか。と私は自分自身に活を入れる。


 モントは、魔力保有量、抵抗値が桁外れに高いことから、この階層の空間喰いはこの迷宮のボスだと予想を立てていた。


 そのボスを倒せばここから出られる。


 ――そう考えて興奮しないものは居るのだろうか。


「おはよう茉莉」


 雪姫は私よりも先に起きていたようで、私に声をかけてきた。


「おはよう雪姫、早いね」


「なんだか眠れなくってね〜」


 おいおい、それは大丈夫なんですかい、お嬢さん?


「寝不足? 大丈夫……?」


 戦闘中に眠っちゃうとか論外だからね。気をつけてね。


「大丈夫だよ、眠気なんて吹き飛ぶような戦闘になるはずだしね」


 そっか……。ならいいか。


 私は夕焼け、紫陽花あじさい智慧之杖ウィズダム、闇夜の最終調整に入る。


 30分ほどいじり回すと、作成時よりも、魔力の流れや、切れ味が増した気がした。


「よろしくね」


 なんとなく声に出して呟く。心なしか、武器たちが私の声に答えるように淡く発光したような気がした。

 きっと、武器の所有者を助けてくれるだろう。

 根拠はないがそう思った。


 武器の手入れが終わった頃、モントと胡桃ちゃんが起きてきた。


「おはよう、モント、胡桃ちゃん」


「おはようございます、茉莉。がんばりましょう」


「……ん、おはよ。頑張ろうね」


 さーて、朝ご飯を作らなきゃ。腹が減ってはいくさはできぬ、ってね。


 私は鼻歌を歌いながら朝食を作る。モント達は私の作る朝食が出来上がるのを待っている。

 それから5分、野菜炒めが完成した。これしか作れないんだ、勘弁してくれ。


「野菜炒めできたよ!」


「また野菜炒め〜? ま、美味しいから文句は無いんだけどっ」


「右に同じ」


 雪姫が言って胡桃ちゃんが賛成する。朝からガッツリしたものだと思ったけど問題ないよね……? 不安。でもまぁ、いつもこれだし、大丈夫でしょ。




「じゃあ行こうか」


 私作、野菜炒めを美味しそうに口に頬張っていた雪姫が言う。


「そうだね」


 行くって言っても、空間喰いを探すところからなんだけどね……。

 まぁ、それはモントが低級精霊に協力してもらうっぽいから大丈夫。

 わたしの仕事としては、まず、先制攻撃。空間喰いは氷属性の魔法が苦手らしい。なので私は、『豪雪暴風』を使って攻撃をする役目だ。私の魔法を合図に、雪姫と胡桃ちゃんが、闇夜と紫陽花で攻撃してダメージを稼いでいく。二人は剣で攻撃するため、どうしても隙ができてしまうので、モントが結界を貼り、サポートする役目だ。わたしのもう一つの役目は、味方へのバフだ。士気高揚で、雪姫と胡桃ちゃんの攻撃力を上昇させてあげるのだ。

 士気高揚バフが必要ないと感じたら、私とモントは魔法での攻撃に入る。


「茉莉、見つけました。これ以上前に出ないでください」


 そう言ってモントは手を横に広げる。もう見つけたんだ。意外と近かったんだね……。前方に空間喰いが居るらしい、が……。


 ――やっぱり見えないんだね……。しかし空間が歪んでいる。


 姿を確認できないと、魔法を命中させることや、威力を上げることが難しくなるが、まぁ【殲滅者】もあるし問題ないだろう。空間の歪みも目視できるし、外すことはないだろう。無いと思う。

 私は詠唱を開始する。ボーナスステージにここもっていたときの修行のおかげで、魔力保有量や、体力は一般人数百人分にも及ぶという。

 いやー、枯渇再生ループ続けててよかったわ。継続は力なり。いい言葉だよ本当に。

 

「茉莉、お願いします」


 モントが私に言う。


「あいよ。――氷の精霊、風の精霊よ、凍てつく刃と暴風にて、我が道を妨げるものを退けん――」


 何処に居るのかわかんないけど、当てる範囲を広くすれば問題ないよね。ボーナスステージのおかげで、威力もそのままに発動できる。ボーナスステージさまさまだね。

 外すことはないからいいんだけど、万に一つの可能性で外しちゃったら怖いし。

 私は魔力を精霊や、周囲の物から集め、練り上げる。そして発動する。


「『豪雪暴風』!!」


 私の集めた魔力がうなりを上げて空間喰いの居るらしき方向へと襲いかかる。

 それを合図に、雪姫と胡桃ちゃんが走り出す。雪姫は眠気なんて嘘のような軽やかさだった。


 まだ魔力は全然ある。10分の1も減らなかった。

 私はすかさず、ユニークスキル、【士気高揚】を空間喰いへと向かっていく二人に向けて発動する。

 淡い光が走っている二人に降り注ぐ。

 モントは魔力を二人に向けて飛ばし、小さな球体を作り、二人を二つの球体で覆う。結界か何かだろう。モントもまだまだ余裕はありそうだ。

 私は、自身の防御力や、耐性を高めるために【忍耐力】と【持続力】を発動する。

 胡桃ちゃんのほうが先に空間喰いへたどり着き、攻撃を始める。やがて雪姫も追いついた。

 雪姫の闇夜が淡い水色に発光する。氷の属性攻撃だ。私が雪姫に作った闇夜には、魔法石がはめ込んである。魔力を流し込むと、属性攻撃が発動できるんだけど、その能力を使ったのだろう。便利だよね。


「茉莉危ないっ!」


 唐突に、二人はそれぞれ左右に別れた。モントが私を突き飛ばし、モント自身もその場を離れる。


 そして、私がつい先ほどまでいた場所を、炎が通り過ぎる。

 ――吐息ブレスか。

 なんとなくだがわかった。なるほどこんな感じなのか……。ていうか、まんま炎だったけどね。焦げた地面をみて、私は思わず足がすくむ。視えないのって結構戦いづらいよ。

 ――直撃しなくてよかった……。

 直撃してしまったが最後、私は灰すら残さずに焼かれるんだろう。


「茉莉、また来ます!」


 モントが私に叫ぶ。敵が見えないとやっぱり辛いわ。


「――っ!」


 私は固有スキル【飛行】で空へと飛翔する。これはもうほとんど魔力を消費せずに使えるようになった。

 そして、先ほどと同じように、私がいたところを、炎が通過した。


「モント、攻撃ができない!」


 雪姫と胡桃ちゃんはしっかりと攻撃を与えられているようだ。

 だが私は、自分の身を守ることで精一杯だ。


「私が空間喰いの隙を作ります! 茉莉は詠唱を!」


 モントはそう言って私に結界を貼り、空間喰いが居ると思われる方向へと走り出す。


「ありがとう」


 私は走り出したモントの背中にそう伝える。


 まずは防御面の強化。ユニークスキルも十分に有能だけど、それ以前に、人間は火には勝てない。

 私は噛まないようになるべく早口で詠唱を始める。


「――雷の精霊、風の精霊、破壊の精霊よ、轟く雷風を纏い、破壊の限りを尽くし、我の力と成れ――」


 雷の球体を作り出し、自身を覆わせる。本来は風の力で敵をこちらに引き寄せるが、今回は敵の姿が見えない。さらに、流石に雷でも気体は通してしまい、吐息ブレスによって私は焼き殺されてしまう。それを防ぐために、球体の外側に向けて風を作る。


「『雷風滅破』」


 私が魔法を発動する。

 それと同時に炎がこちらに向かってきた。が、しかし、さすが私の雷風滅破。空間喰いの吐息ブレスをしっかりと押し返してくれた。そしてそのまま真っすぐ進み、炎が空間喰いに直撃した(ように感じた)。


 ――そして。


 「『魔法攻撃暴食結界』!」


 モントの声が聞こえた。どうやら結界を張ったようだ。結界と言うよりは防壁に近い気がするけれども。

 それと同時に空間喰いの吐息ブレスがモントに襲いかかった。

 しかし、モントは避けずに、結界をスライドさせるように移動させ、自身の眼の前に持っていく。

 すると、空間喰いの吐き出した吐息ブレスはモントに届く前に、まるで、飲み込まれたかのように消滅する。――飲み込まれた!? ……あぁ、それで暴食か。それがあるならモント一人でも勝てたでしょ。あ、決定打が無いんだね……。

 それから私はひたすら【士気高揚】や、【忍耐力】、【持続力】で前方で戦っている雪姫たちにバフをかけながら、自分の身を守った。


 そんなゆるい戦闘がしばらく続いていたその時。

 

 ――不幸は突然にやってきた。それも大きなヤツ。


 雪姫と胡桃ちゃんの動きが変わった。まるで何かを避けるようにして戦っている。

 モントの方をみてみる。モントは、魔法攻撃暴食結界では防ぐことはできないとみたか、結界を貼らずに、自分の身体能力を頼りに避けているようだ。雪姫や胡桃ちゃんに結界を張っても無駄だと判断したのか、結界を貼ろうとしない。


 ――その時だった。

 空間の歪みがみるみる収まっていく。


 ――チャンスだ。


 様子を見る。という選択は私の頭にはすでに無い。むしろ、一分一秒の無駄が惜しかったくらいだ。

 私はすかさず魔法を唱え始める。

 ――そのわたしの選択は間違っていた。


「――炎の精霊、破壊の精霊よ、我が魔力を糧として、全てを焼き払い、全てを破壊へといざなう力をここにもたらし、聖なるほのおを――」


 途中で私の声が止まってしまう。

 【危険予知】が発動したからだ。

 

 私が見たのは、空間の歪みが元に戻ったかと思うと、数秒して、その歪みが元に戻った。そのときに発生した光によって、胴体を突き抜かれ、絶命する未来だった。


 とっさに回避行動を取る。

 ――しかし間に合わない。

 駄目だ。直感的に判断した私は、被害が最小限に抑えるために回避行動を取る。

 しかしそれでもなお、危険予知は私の左腕を肩から落とす未来を私に見せる。


 ――無理だ。


「――茉莉!!」


 雪姫の声が聞こえる。私はどうすれば正解だったの……?



 ――そして光が走った。


 時が止まったようだった。

 いっそのこと、このまま止まってしまったらいいのに。

 私は何を間違えたの?

 何処で間違えたの?




 ――ビシュッ!


 一瞬遅れて聞こえる音。


 同時に左半身に焼かれるような、熱い痛みが身体中を駆け巡る。――熱い……?


 激痛に耐えきれずに私は飛行を解除してしまい、地面に投げ出される。そして、左手を抑える――が。


 ――


 そう、あの危険予知が見せた未来のとおりになった。


 ――


「――――――!!」


 私は声にならない悲鳴を上げる。

 それと同時に無い左肩から血があふれる。心臓の鼓動に合わせて血が溢れてくる。止まらない。ものすごい勢いで血が体から抜けていくのがわかる。

 意識が飛びかけたが、何故か意識を手放すことができなかった。


「茉莉!!」


 モントの声が遠くから聞こえる。


 私は必死に無い左腕に魔力を送る。自己再生なら直せると思った。

 私は急いで自己再生を発動する。


 ――しかし。そんな私の予想に反し自己再生は


 ――やめて。戻らなくなる。


 自分で使ったスキルにやめろと命令するのも馬鹿な話だが、私はそれほどに焦っていた。


 そのまま自己再生を続けてしまった私は、自分の塞がってしまった、今はない左腕を見つめて絶望する。泣く力すら残っていない、泣きたくても泣けないのだ。意識を手放したかった。眠ってしまいたかった。悪い夢なら覚めてくれと思った。


 ――モントの張ってくれた結界はまだ残っていた。魔法もまだ残っていた。――いやそれは風だから関係ないか。忍耐力と持続力も発動できていた。危険予知が発動しても無理だった。


 ――幸か不幸か、夕焼けを持っていた右腕は助かっている。


 遠くを見ると、私のものだった、左腕が転がっている。


 ――再び激痛が走る。


 ――幻肢痛ファントムペインか。厄介だなぁ。


 少し余裕が出てきた気がした。理由はわからない。何が私を冷静にさせたのかもわからない。痛みはまだ残っている。座っているだけなのに体力を奪われている感覚だ。こうして意識を保てているのはある意味奇跡なのかもしれない。


「――茉莉! 大丈夫……じゃ……ない、です……ね」


 モントが私の方に駆け寄って、喜びの表情を私に向けたが、私の無い左腕をみて、表情が暗くなる。


「……モント、大丈夫。……まだ、やれる」


 私は声を振り絞ってモントに伝える。


 雪姫と胡桃ちゃんは前方で空間喰いに必死で攻撃を行っている。


「そう……ですね……。茉莉のおかげであと少しのところまで追い込めたんですし、がんばりましょう。茉莉はわたしが死なせません! 茉莉の努力、無駄にはしません!」


 モントが私にそういった。


 ――嬉しいこと言ってくれるじゃん。


「ありがとう、モント」


 ――そして、私の脳に直接声が響いてくる。


【ユニークスキル、心眼しんがんを獲得しました】


 ナイスタイミング。


 ――何かを見れるんだろうか。とりあえず発動してみる。


 すると、モントの心臓や、脳、雪姫たちの心臓、核、脳が視えた。私は自分の左胸を見る。


 心臓が視えた。


 わたしの心臓は力強く鼓動している。


 ――あぁ、生きているんだなぁ。


 そんな当たり前のようでそうでないことを嬉しく思えた。

 

 雪姫たちの前方――空間喰いの方へ私は眼を向ける。


 ――視えた。


 姿は視えない。


 ――が、しんぞうとなる部分が視えた。


「モント、援護えんご頼める?」


 私はモントに尋ねる。


「一度だけなら」


 モントが苦しそうに答える。魔力がもうほとんど無いのだろう。

 でも十分だ。

 

 一回で終わらせる。

 ミスなんて無い。


 ――ねぇドラゴンもどき、覚悟しといたがいいと思うよ。この迷宮のボスだからって調子乗りすぎ。


 私は覚悟を決めた。


「ありがとう、一回で十分だよ。私はあいつを許さない」


「わたしもですよ、茉莉」


 私は立ち上がって、モントと空間喰いの方向へと歩き出した。



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 new:ユニークスキル:【心眼】

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