第11話 疑念

 九龍頭と井筒警部によって火は消し止められた。真紅のドレスは跡形もなく灰燼に帰している。再び広間に集まった全員の中心で、九龍頭が口を開いた。


「登美子さん、これを何処で受け取られましたか?」

「あぁ、それなら私が……」


 恐縮そうに手を上げたのは春日であった。きょどきょどと目線を泳がせながらその手を下げると続けた。


「奥様に御荷物がありますと言うので、受け取りました」

「ほう、それを登美子さんに渡したのは?」

「私は少し、やることがありましたので」


 九龍頭は顎に手を当てて訊いた。


「それで、登美子さんに渡したと。しかし貴方の用事はそんなに急ぐものだったんでしょうか?」

「えっ、えぇまぁ……」

「美沙絵さんに渡すのに、そんなに時間がかかるとは思いませんが……」


 春日は目を更に泳がせる。


「私を、疑っていらっしゃる?」

「まぁ、正直」


 九龍頭ははっきりと言った。畳みかけるように続ける。


「春日さん、本当はこの箱を配達員から受け取ってはいませんね?」

「莫迦な……!」

「このドレス、貴方が準備したものでしょう?


 全員の視線が春日に刺さる。春日は声を失い、頭を抱え込んだ。


「先生が……亡くなったのに、なぜ……なぜ奥様が生きてるんでしょうか……」

「何言ってるんだ?オイ春日。親父を殺したのもお前だろ?」

「違う!」

「どうだかね、信用できないわ」


 和馬と朝香は春日を罵る。和馬は徐に立ち上がり、つかつかとサイドボードに近付く。


「それじゃ、九龍頭さんよ。こいつはれっきとした殺人事件だろ?」

「でしょうね」

「なら、莫迦げた呪いなんてものはないんだな?な?」


 和馬は磁器人形を手にした。首根っこを捻り上げるように持ち上げると、高々と掲げ上げた。


「そらよ!」


 和馬の足下に磁器人形が放り投げられた。ガシャンという音と共に一同の悲鳴が響いた。


「和馬様!なんてことを!これは……」

「俺にはな、こんな薄気味悪い人形の価値なんかわからねぇ。しかしよ、こんな薄気味悪い物がここにあるってだけで胸糞悪い。そうだろ?」


 中迫がわなわなと震える。同じく美沙絵も唖然とも呆然ともとれる表情を浮かべている。井筒警部は春日の肩を叩いて言った。


「もう一度訊きます。薬師寺暢彦さんを殺害したのは……」

「誓って私じゃない!」

「警部、彼がそう言うならそうなんでしょう。なら、一体誰が……?」

「それを捜すのが、あんたらだろ?第一、九龍頭さんは刑事さんか?なんか雰囲気が違うんだなぁ」


 九龍頭は誤魔化すように首を振る。肩を竦め、和馬は肩をいからせながら去って行った。


「すいません」

「美沙絵さん、貴方が謝ることはありませんよ。いい歳して全く大人げない」


 井筒警部が言った。美沙絵は和馬を気遣うように肩に手を当てる。それを振り払うと部屋に消えていった。


 

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