第12話 暗転
「さて、弱りましたな」
井筒警部が言う。中迫は首を左右に振りながら信じられないような顔をして言った。
「あの呪いは……本当なのに」
「中迫さん、あの磁器人形が素晴らしい代物である事は判ります。しかしながらなぜそれをお売りになったんですか?そもそも……」
「私は反対したんです。あれを売ることは即ち、死人を増やすことになりますから」
中迫は中迫なりに責任を感じている。だからこそ、薬師寺暢彦亡き後この別荘に来たのだから。九龍頭は手を組み合わせて呟くように言った。
「もし、春日さんと同じトリックを使ったのであれば、確かにあの密室で薬師寺さんを殺害する事は可能だ。薬師寺さんを春日さんが殺害したなら話の辻褄は合う。しかし……」
アーモンド形の目を細めて、苦々しい表情で九龍頭は呟いた。
「そんな単純じゃない。春日さんのあの性格からすると、薬師寺さんを殺害しても、嘘を突き通す事はできない」
「九龍頭先生。少し頭を休めては……」
「あの、警部さん?先程、九龍頭さんを先生と呼ばれましたが……」
登美子が訊いた。井筒警部は赤面して頭を掻きながら言う。
「皆様を騙すつもりはありませんでしたが、この九龍頭光太郎先生は、探偵作家であらせられ、過去に起きたある事件を解決なさった名探偵であります」
「ある事件?」
「野薔薇荘の事件です」
登美子は感心したような顔をして仰け反った。
「あの事件を!しかし、私は探偵小説は読みますが九龍頭光太郎という作家は……」
「あはは、僕には肝心の文才がないらしいです」
致命的だなと独りごちると、九龍頭は苦笑いを浮かべ膝をぽんと叩いた。
「あれっ?」
直ぐさま、和馬が部屋から扉を乱暴に開けて出て来た。その双眸はかっと見開かれている。口を押さえながら……
「和馬さん、どうしました……?」
その時だ。突然和馬の髪が逆立つと、彼の頭が一気に燃え上がった。
「うわっ!」
「早く!何か火を消すものを!」
全員が部屋から出て来た時は、和馬は火達磨になっていた。二階の吹き抜けの手摺を掴み、もだえ苦しんでいる。
「和馬さん!」
「和馬ぁ!」
和馬が吹き抜けから広間に転落し、床に叩きつけられた。それっきり和馬は動かなくなってしまった。
「呪い……」
「春日さん……?」
春日が頭に指を突っ込み、やたらに掻き回すようにばりばりと掻きむしって言った。
「呪いだぁ!」
別荘に集った人間が呆然と立ち尽くす中、見るも無惨な焼死体と化した和馬が横たわっていた。
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