第36話 クラーケン型怪人

 エルフのお姉さんたちと、ゴブリン退治に向かう途中のことだ。

 日が落ちて、街道近くでキャンプをすることになった。パーティ全員で焚き火を囲んで地べたに座り、鍋料理を食べる。料理を作ったのは雛子さん。仲間はやや神妙な面持ちで、料理を口に運んでいた。


「前から気になっていたのだけれど……」


 エルフのお姉さんが新しい話題を切り出す。


「清太郎さんと雛子さんは、どういう経緯で出会ったの?」


 無口で口下手な冴えない清太郎君が、どうして雛子さんという美人と結婚できたのか。

 ギルドの周りでは、大きな議論を呼んでいた。


「ええと……これ、喋っていいのかな?」


 ここから回想シーンに入る。

 ある日、アイドルという仕事に嫌気が差した雛子さんは、悪の秘密結社の怪人採用面接を受けた。「平成にもこんな組織が残っていたのね」と驚きつつも、雛子さんは接触してきた工作員の話に耳を傾ける。


 面接を担当していたのは、アヌビス型怪人だ。


「もし怪人になれたら、貴様は何をしたい?」

「同じグループの関係者と、ライブの観客を一人残らず地獄に送ってやりたいなぁ、って」


 雛子さんのストレスの原因は、思い通りにならない人間関係と過密なスケジュールだ。

 しかし、収入を得るにはそうした課題をクリアする必要があり、雛子さんはそういう社会に嫌気が差していたのである。


 目指すは、みんな全裸で、好きなだけ昼寝ができる世界。

 世界中の洋服工場を焼き払い、衣服の着用を禁止する法令を施行するのだ。


「貴様は面白いな」

「で、駆け付けてきた警察官も滅茶苦茶にして、その様子を全国ネットに流してファンにトラウマを植え付けてやるの」


 清楚な笑顔でとんでもないことを言う雛子さん。


「ほう、なるほど」

「怪人になれば、そんなの簡単でしょ?」

「もちろんだ。人間の都合など無視できるからこそ怪人なのだ。警察に呆気なく取り押さえられてしまうようでは、ただの人間と変わらないからな」

「ですよね、ですよね」

「ま、今の言葉は、この前に担当した改造手術希望者からの受け売りなんだがな」


 アヌビス型怪人は大きく頷き、雛子さんの瞳をじっと見つめた。


「実はな、俺が抱えているその怪人候補が、なかなか面白いヤツでな、そいつはサラマンダー型怪人になる予定なんだ」

「へー……なんか、凄そう」

「もし貴様も合格したら、クラーケン型怪人にしてやろう。そいつとコンビを組ませて、貴様のファンとやらに地獄を見せてやろうではないか」

「やったぁ」


 こうして雛子さんは無事、秘密結社の面接試験に合格した。アイドルとしての社会的地位や美貌から、有力な幹部候補となり、上層部の怪人を虜にしてしまう(性的な意味で)。


 それから、雛子さんは一緒に入社した怪人候補と出会い、しばらくはコンビで活動していた。


 しかし、いつの間にか秘密結社は崩壊しており、雛子さんのファンや警察は地獄を見ることはなかったのだ。

 こうして悲劇は未然に防がれた。これも正義の心が起こした奇跡である。そこに悪がある限り、戦い続けろ。

 めでたしめでたし。


 ここでも、敢えて「雛子さんは改造手術を受けなかった」という文章は入れないでおく。見え見えな叙述トリックだ。後々、この伏線は何かに活かされるかもしれないし、活かされないかもしれない。うーん、どっちなんだ。


 ちなみに、これは清太郎君と雛子さんの馴れ初めの話だ。

 え? これが?


 雛子さんがコンビを組んでいた怪人候補こそ、清太郎君である。


 とにかく、そういう経緯で、清太郎君と雛子さんは出会ってしまった。

 サイコパスとサイコパスの出会う瞬間、彼らは直感する。

 

「あ、この人、ヤバい人だ……」

「あ、この人、存在しちゃいけない人だ……」


 サイコパスとして磨かれた心眼が、相手の奥底の闇を見抜いていた。

 きっと、この人は何人殺しても、何の責任も感じないだろう。

 この人が怪人になったら、一体何をするか想像もつかない。

 この人を敵に回したら、自分もただでは済まないだろう、と。


 現代社会が生み出した負の結晶。

 それは核兵器でもなく、生物兵器でもなければ、化学兵器でもない。

 人間の心だったのだ。


 冴えない青年と、笑顔の眩しい美少女。

 その奥に感じた新世界を望む狂気を、一体どう形容すればよいのか。人当たりの良さそうな外見の中に、微かに見え隠れする膨大で純粋な殺意の陰。本当に危険な化け物は、善人への擬態が得意なのだろうと二人は確信する。

 この人となら、世界を好きなように変えられる。そんな高揚感が、彼らの中に芽生えた。


「よろしくね」

「よろしくお願いします」


 という過去を、雛子さんは思い出した。


 こんな馴れ初めを、打ち明けてよいものか。

 こんな告白を神も仏も許すとは思えない。


「忘れちゃった。多分、平凡な出会いだったから、記憶に残らなかったんだろうね」


 雛子さんは誤魔化した。


 そんなことよりも、異世界ファンタジィにカテゴライズされているこの小説で、異世界よりも現代日本の方がファンタジィなのはどういうことなんだ。日本に怪人や半魚人までいるではないか。


 どうなるんだ日本。

 大丈夫なのか人々。

 このままでは、江戸川区の下水道に高速荷電粒子ビームを放つナメクジが生まれる日も近い。対ナメクジ用外骨格を完成させ、早急に対処しなければ。天崎重工の幹部である浅川博士は、極秘に開発を進めている。


 むしろ、こんな殺伐SFな日本を舞台とした小説の方が面白かったのではないだろうか。

 超科学で作られた化け物に向けて、電磁小銃レールライフルを連射するのだ。清太郎君も個人的には、ゴブリンやスライムと剣で戦うよりも、巨大生物兵器に向けて凄いSF兵器を放つ方がロマンを感じる。

 なら最初からそっちを書け。


 今からでも、清太郎君が持っている杖を改造して電磁小銃レールライフルにできないだろうか。

 しかし、その素材をどうすれば良いのか分からない。大学時代、清太郎君は生物学部所属で、物理学は専門外だ。高校でもそっちの授業は受けていない。

 魔力を電力に転換した場合、どれくらい魔力が必要になるのか。

 融解しない弾は何を素材にしたら良いだろうか。

 そもそも、弾を一発飛ばすためだけに膨大な電力を使うのは、複数の敵を倒すうえで効率が悪くないだろうか。一体どれだけの電力が電磁銃に求められるのかは、物理学の授業を受けていない清太郎君にはよく分からないが。


 欲を言えば、腕にパイルバンカーを装備したいところだが、清太郎君は危険な敵にあまり接近したくない。性格的に、武器が合わないのだ。


 浮かんでは消えていく、架空兵器の設計思想。


 きっと、清太郎君が世界に何か革新をもたらすような兵器を作り出すことはないだろう。

 そもそも、そんなものを作り出せる技術や知識もないが。

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