第37話 猟奇的殺人鬼

 そんなこんなで、清太郎君夫婦とエルフのお姉さんがゴブリン討伐に向かう話の続きである。

 一行は鬱蒼とした森林に入り、ゴブリンの巣穴を目指して歩いていた。


「あっ、見てください」

「え?」

「これ、エルクラータの葉ですよ」


 エルクラータとは、回復薬の材料となる植物だ。あちこちで栽培もされているが、天然ものの方が薬品としての効果が強く、高値で取引されているらしい。


「この世界じゃ、まだ薬品は100%天然成分で構成されているんだね」

「そうだね。この世界の薬草は少量でも効果が強いから、わざわざ人工的に化学合成する必要がないんだよ」

「やっぱ天然成分って何か安心できるよね」


 それはどうかな、と清太郎君は思ったが、夫婦間に波風を立たせぬよう敢えて黙っていた。


 本当に「天然成分」とは、安心できるものなのだろうか?


 昔、清太郎君は企業の出す広告に、強い不信感を持ちながら生活していた。

 この広告文には、何か裏があるのではないのか、と。


 清太郎君が特に警戒していたのは、製薬会社のコマーシャルだ。


「こちらの商品は、100%天然成分ですので安心です」


 天然成分とは、人工的に合成されていない成分、すなわち自然界に存在する成分のことだ。

 よく「天然成分だから安心」という広告文を見聞きすることがあるのだが、清太郎君はこの広告に大きな疑問を抱いている。


 例えば、テトロドトキシンも自然界に存在する天然成分だ。

 フグやヒョウモンダコが体内に持っている猛毒である。青酸カリの数百倍の毒性を持ち、体内に入ると痺れを引き起こし、重症化すると呼吸困難で最悪死に至る。


 広告を作成している担当者に言ってやりたい。

「お前はテトロドトキシンを体に入れて安心できるのか」と。


 実際、この製薬会社の広報担当者は猟奇的殺人鬼で、悪質なクレームを寄越してくる客を植物や魚介類から抽出した毒物で殺害していた。地下室に拘束して毒を注入し、「さっき注入したのは私の新発明なんですよ。100%天然成分なので安心です。きっとあなたを天にも昇るような気持ちにさせてくれますよ」と言うのだ。


 他人や宣伝の言葉を鵜呑みにしてはならない。

 内容に嘘が含まれている確率や裏に隠された情報を脳内解析機で吟味するために、清太郎君の会話ペースは普通の人間よりもゆっくりだ。他人と会話中の清太郎君のCPU使用率はほぼ100%の状態であり、口に出したい内容を誤変換してしまったり、音声が途切れてしまったり、相手の発した情報がメモリに記録されていなかったり、大変なことになってしまう。


 このように、清太郎君は他人の言動を無駄に警戒しながら生きている。


 美容室で洗髪してもらう際、タオルで目隠しされた状態から剃刀で首の頚動脈を切られるのではないかといつも心配している。もしくはカット中にバッグから財布を盗まれるのではないか、とか、勝手に坊主にされてしまうのではないか、とか、不安の種は尽きない。


 実際、清太郎君が通っていた美容室のおじさんは猟奇的殺人鬼で、自分のカットに文句をつける客を何人か殺害していた。地下室に閉じ込めて耳や腕など身体の末端を徐々に切り落とし、「どうです? なかなか良い仕上がりですよ」と鏡を見せるのだ。


 それと、清太郎君は他人の買ってきたお菓子も苦手だ。

 職場の休憩室に、他の社員が旅行に出かけた際に購入したお土産の銘菓が置いてある。清太郎君は「もしかしたら、このお菓子には毒物が仕込まれているかもしれない」と、絶対に手に出すことはなかった。清太郎君の周りでは妙にお菓子が余るのはそのせいである。


 実際、清太郎君の勤めていた職場の女性チーフは猟奇的殺人鬼で、自分の夫やその両親に毒を盛っていた。料理に少しずつ毒を混ぜ込み、病死に見せかけて保険金を受け取る。


 殺人鬼が多すぎるぞ。


 一体、清太郎君が感じている「他人と接する不安」を誰に話したら共感してもらえるだろうか。雛子さんに話しても、大笑いして信じてくれない。

 格闘家ちゃんやエルフのお姉さんや宿屋の女将さんとあまり打ち解けていないのは、清太郎君のこういった性質が関係している。


 自分でも心配しすぎなことは理解しているが、どうにもできないのが清太郎君だ。

 かつてオンラインゲームを購入したが、他人を警戒するあまり、一度もフレンド申請したことがない清太郎君。いつもフレンドは0人のままだ。


 自分で自分の可能性を狭めていることは否定できない。

 企業の採用集団面接においても、清太郎君は「はい」と「そうですね」以外の言葉を発したことがない。グループディスカッションでも、「こういう方針で話を進めた方がいいんじゃないかな」と思っても、絶対に口に出すことはない。案外、思ったことが正解だったりするが、清太郎君は自分の可能性を試すのが恐いのだ。


 とは言っても、むやみやたらに自分の可能性を試すのもどうだろうか。

 広報担当者の毒物調合の才能や、美容室のおじさんが持つ身体切断の才能や、女性チーフの完全犯罪計画の才能なんて試されない方が良い。


 怪人や怪獣も、自分の可能性を試されては困る。ナメクジが高加速荷電粒子ビームを撃てるように進化したとしても、なるべくそんなものは試されない方が平穏だ。

 しかし、進化ナメクジによる審判の日は近く、人類は水面下で絶滅の危機に瀕していることはごく一部の人間しか把握していない。

 すでに科学者たちは月面基地に逃げており、残りの人類には残念ながら犠牲になってもらうしかない。これも人類という種族の存続を重視した判断による決定だ。さよなら、選ばれなかった人々よ。


 なぜ、こんなにも現代日本には危機が迫っているのだろうか。


 ここに少し問題をまとめてみた。


①半魚人の侵攻

 東京の地下空洞に潜む半魚人は地上への侵攻を謀っている。彼らの鱗は金属を含んでおり、アサルトライフルでも傷つけるのは難しい。バンカーバスターにも耐える超巨大鮫型半魚人も確認されているため、早急な対策が求められる。


②悪の秘密結社

 世界征服を企む秘密結社が誕生している。首領は消えたものの、残党の怪人による復興やテロが警戒される。彼ら人体改造手術に耐え得る精神力の持ち主を見分ける方法を持っており、さらなる凶悪な怪人も出現する可能性が高い。


③ナメクジの進化

 ナメクジの急速な進化が、高加速荷電粒子ビームの発射を可能にするとされている。浅川博士が対ナメクジ用強化外骨格の開発を進めているが、完成はナメクジ覚醒後の予定だ。


④猟奇的殺人鬼の大量出現

 近年、猟奇的殺人鬼が異様に増加している。清太郎君や雛子さんのように、「逮捕されたら面倒」という理由で行動を起こしていない予備軍も多く、彼らを悪の秘密結社が煽る可能性が指摘されている。


 一体、この小説は何なのだろうか。

 リングの内よりも、外の方が盛り上がっているではないか。

 この小説における、清太郎君たちの存在意義とは何なのか。

 それもきっと、浅川博士が解決してくれるはず。

 しかし、彼も猟奇的殺人鬼だ。月面基地にこっそり核爆弾を仕込んだ黒幕である。すでに逃げた科学者たちは真空の世界へ投げ出され、その命を絶っていた。宙に浮かぶ彼らの死体をモニター越しに一瞥し、にこりと笑う博士。


 だから殺人鬼が多すぎるぞ。

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