第34話 噂の案山子

 清太郎君がいつものように、自宅の畑で野菜を摘んでいたときのことだった。


「おはよう、清太郎殿」


 清太郎君に話しかけてきたのは、宿屋の美人な女将さんだった。


「あっ、はい……おはようございます」


 同じ村の住人とはいえ、清太郎君はあまり彼女と親しいわけではない。人見知りで口下手な清太郎君はおどおどした態度で挨拶を返すと、畑の作物に身を隠すように縮こまる。


「ところで清太郎殿、少し聞きたいことがあるのだが、いいか?」

「答えられることなら……」


 一体、自分に何の用なんだ。

 もしかしたら「もっと村のために働け」と注意しに来たのだろうか。

 清太郎君には、思い当たる節がいくつもある。


 色々と相手の感情を勝手に想像してしまうのが、清太郎君の悪いところだ。

 清太郎君は作物の葉に顔を半分隠しながら、女将さんの唇の動きを見つめた。


「そこの、不気味な人形は何なのだ?」


 女将さんが指差したのは、清太郎君の畑に置いてある案山子かかしだった。


 この案山子は、雛子さんが「畑に案山子は絶対に必要でしょ!」と、清太郎君に作らせたものである。人間っぽい物体が苦手な清太郎君は案山子作りにあまり乗り気ではなかったが、雛子さんを押し切れずに畑へ設置してしまった。

 以来、清太郎君が野菜を採るとき、案山子の目が自分を見つめているような錯覚を起こして不安になる。


「これは『案山子かかし』といいまして、僕らの国で鳥が作物に近寄らないようにするために使われている人形ですね」

「私の子どもたちがな、『いつも畑に呪いの人形が置いてある』と噂していてな。私も少し気になっただけだ。なるほど、こういう人形なのか……」


 そう言えば、この村の畑では他に案山子を見たことがない。清太郎君は「今は鳥が来るシーズンではないのかな」と思っていたが、そもそも案山子という概念すら存在しなかったらしい。


「見る限り、何か特別な呪術に使う道具のように感じるのだが……」

「まあ、不気味な感じは否めませんけど……」

「なるほど、清太郎殿の国では、この人形を使った呪術で鳥を払うのだな?」

「いや、そうじゃなくて、こういう人形を立たせることで、鳥に『人間がいる』と思わせるんですよ。それだけです」

「意外とそんなに単純なものか」


 女将さんは案山子に近寄ると、様々な角度からジロジロと眺めた。

 自分の作った案山子が他人からこんなに注意深く見られると、なぜか羞恥を感じる。自分の創作物を真面目に吟味された瞬間、作り込みの甘さなど色々な欠点が脳裏に過ぎるのだ。

 だから、この小説もあまり吟味せず適当に流して読んでほしい。書き手が恥ずかしくなる。


「清太郎殿の国では、作物を守るのに結界や式神を使わないのか?」

「え、何ですかそれは?」

「古代魔法文字を記した石や紙だ。結界は小さな虫を跳ね返して、式神は鳥に体当たりして追い払ってくれる道具だが……清太郎殿は知らないのか?」


 これは日本の農業知識を披露して村に貢献する展開だな、という清太郎君の予想は外れた。やはり、案山子は不気味で、異世界の人間には受け入れられないらしい。


 冷静に考えて、これほどの文明を持つ世界が、農業を発展させていないわけがないのだ。現在、女将さんとの会話で思考力が落ちているため、そんな当たり前のことが予想できない状態にある。


 清太郎君は他人と接していると、運動能力・思考力・会話力が極端に低下する性質を持つ。行動を他人のペースに合わせることに精神力を使い果たすため、脳の回路へ一気に負荷がかかるのだ。

 残念ながら、日本に存在する仕事の多くは、他人のペースに合わせながら進める必要があるものばかりで、清太郎君が本来のポテンシャルを発揮できることはなかったが。どこか孤独に自分のペースで仕事できる環境はないだろうか。清太郎君は常々考えている。


「そろそろ害鳥・害虫が多くなるシーズンだからな、清太郎殿の畑にも使っておいた方がよいかもしれん。清太郎殿にも、少し分けようか?」

「じゃあ……頂きます」

「ただし、スライムには効きづらいから気を付けてくれ。ある程度大きいモンスターは結界を通り抜けてしまうし、式神の材料である紙もスライムの粘液には弱いからな」


 こんなに便利なアイテムがあるのにスライム討伐の依頼が減少しない背景には、彼らの特性が大きく絡んでいるかららしい。


「スライムの通れない結界を作ることはできないんですか?」

「大きいモンスターが通れない結界を作ろうとすると、かなり魔力コストがかかるのだ。跳ね返す対象が大きいほど、必要な魔力も大きくなる」

「そういう仕組みなんですね……」

「誤作動で畑の持ち主まで入れなくなるのも困るからな、スライムすらも通さない結界は軍事用のものくらいしかない」


 清太郎君は受け取った式神と結界発生装置を見つめた。

 何やら見慣れない文字が書いてある。これが古代魔法文字というものだろう。


「ま、害虫用の格安結界でも、有るのと無いのとでは効果は格段に違うがな。清太郎殿も一度試してみるといいぞ」

「ありがとうございます」

「それじゃあな、清太郎殿」


 美人な女将さんは、自分の宿屋に戻っていった。


 どうして女将さんは、自分に式神と結界を譲ってくれたのだろうか。

 もしかして、自分に気があるのだろうか。困ったなぁ。


 清太郎君は他人の行動の理由を深く考えてしまうタイプだ。

 昔、若いけどお局さんが「清太郎さんには彼女いないんですか?」としつこく聞いてきた時期がある。清太郎君は「もしかしたら自分に気があるのでは?」と勘違いし、食事に誘ったら呆気なく断られてしまった。


 やっぱり、テレパシーがほしいところだ。

 清太郎君は今も人類の進化を諦めていない。


 その日、案山子の必要性に疑問を感じた清太郎君は、それを解体して焚き火をした。

 村の子どもたちに「とうとう呪術を実行に移した」と噂された。

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