第33話 ユリウス散る

 前回までのあらすじ。

 清太郎君と雛子さんは、格闘家ちゃんを家に連れ込みました。


 さて、夕食の時間だ。お世辞にも「美味しい」とは言えない雛子さんの手料理がテーブルに置かれている。献立はいつもの野菜スープだ。

 清太郎君夫婦と格闘家ちゃんはテーブルを囲む。


「うん。美味しいよ、雛子さん」

「やったぁ! ありがとう清太郎君」


 そんな夫婦の会話が行われている横で、格闘家ちゃんは静かにスープを飲み進めていた。やはり普段から雛子さんと親しみのない人間にとって、こんな不味い料理は衝撃的だろうか。


「あなたはどう? お口に合わなかったら言ってね?」


 雛子さんは格闘家ちゃんの目を覗き込んだ。

 すると、彼女は突然何かを覚悟したような顔つきになり、席を立ち上がった。


「清太郎さん、いい加減にしてください!」

「え……?」

「雛子さんは……雛子さんは……」


 格闘家ちゃんは雛子さんを、キッと睨み付けた。


「雛子さんは……ダッチワイフですよね!」


 嘘だ。

 そんなこと、あるわけが――。


 格闘家ちゃんの言葉に、清太郎君は雛子さんへ振り向いた。

 しかし、そこにいたのは笑顔の眩しい雛子さんではなく、プラスチック製のラブドールだった。長い髪を垂らして俯いている。


「あれ、雛子さん……?」

「清太郎さん! もう、目を覚ましてください! それはただの人形です! 人間じゃありません!」


 その刹那、清太郎君は思い出した。


 そうだ。

 本物の雛子さんは、僕が殺したではないか。

 日本で部屋に引き込もっていた頃に、夢中になっていたアイドルと一つになりたくて、ライブ終わりの彼女を家まで追いかけ、僕らは無理心中したのだ。

 気付いたら異世界に転生していて、僕は適当に素材を集めて雛子さんに似せたラブドールを作った。


 雛子さんがよく全裸になるのも、すぐセックスに応じてくれるのも、雛子さんが昼寝好きなのも、それで納得がいく。雛子さんはラブドールだから、服なんて着ないし、いつもベッドで横たわって入れられるのを待つのが普通だ。

 これまで一緒にいた雛子さんの人格は、清太郎君の作り出した妄想だったのだ。


 なんだ、そういうことだったのか。

 口下手な自分が、巨乳アイドルなんかと付き合えるわけがないのだ。


「そっか、そうだよね……ハハッ」

「清太郎さん……」

「フフ……」


 清太郎君の口からは、乾いた笑いが漏れる。


「早く、また一緒になろうよ……雛子さん」


 これが、この物語の最終回だ。

 清太郎君は今の自分を憐れみ、冷たい川の中へ身を投げた。


 という夢を、清太郎君は見た。


「わぁ、びっくりした……」


 清太郎君は驚いて飛び起きようとした。しかし、体内が意識の覚醒に追い付かず、金縛りのように筋肉が硬直していた。

 また夢の話か。

 このパターンこそ、いい加減にしなさい。


 しかしながら、清太郎君の身の周りで起きた出来事は、取るに足らない些細なことでも記しておかないと、長編小説っぽい体が成り立たなくなってしまう。たとえ内容が夢であっても、だ。

 ここは「だってそういう夢を見てしまったのだから仕方ないじゃないか」と開き直るしかない。ほのぼの系異世界Web小説もびっくりするくらい、清太郎君の周りでは特筆すべき事件がなかなか起こらないのだ。


 こんなことを書かなければいけないくらいなら、巨大強化外骨格を纏ってナメクジを退治する話でも書いていた方がマシな気もするぞ。いや、書かないけど。世界観とか、キャラクターとか、一体どうセッティングすればよいのだ、そんな話は。

 とにかく、こんな話はWeb小説コンテストでも落とされるぞ。


 清太郎君の隣には、全裸の雛子さんが横たわっている。彼女はちゃんと呼吸もしているし、心臓の音も聞こえる。さすがにこれは妄想ではなく現実だと信じたい。


 格闘家ちゃんも、分け与えられた自室で静かに眠っていた。


 最近、どうも悪夢ばかり見ているような気がする。わりと素直な性格な清太郎君は、突っ込みどころ満載な設定やストーリーであっても、なかなか夢だと気づけない。それはそれで夢の世界を真剣に楽しめるから面白いが、悪夢は勘弁してほしい。

 ということを、前にも書いた気がする。あくまで「気がする」だけであって、実際は書いていないかもしれないが、今から確認するのも面倒くさいので、このまま進めておく。しかし、やっぱり多分、書いた可能性の方が高いような感じもする。うーん、どっちなんだ。


「雛子さん、雛子さん」

「……うぅん、何よぉ?」

「雛子さん、愛してます」

「セックスなら明日にでもしてあげるから」


 そういう意味じゃないんだよ、と言おうとしたが、すでに雛子さんは睡眠状態に戻っていた。


 きっと、自分の性格が暗く、パラノイアを強く自覚しているがために、あんな夢を見てしまったのだろう。清太郎君が雛子さんに出会っていなかったら、きっと本物のストーカーになっていた。


 それはそうと、前回の【次回予告】の内容を回収せねばなるまい。

 というわけで、帝国の騎士に敗北し、転生者ユリウスは散った。

 桐倉有紗の事故を起こした犯人は天碕重工の工作員である坂上耀太だ。

 ニーズヘッグ型怪人の正体は、坂上耀太の上司である如月明日香だ。


 いや、誰なんだよ。

 こう淡々と告げられても、イマイチピンと来ないのは、特に伏線も何もなく唐突にそういう文章が置かれているせいだ。こういう現象が生じてしまう背景には、書き手の想像力不足があるからかもしれない。

 最近の猛暑でコネクター液の消耗が激しいせいか、あまり頭が回らないことが確認されている。元々、そんなに頭を回転させて書いているわけでもないけれど。少なくとも、扇風機のモーター並みには回転していない。


 こんな話は適当に、異世界転移して、モンスターに襲われている美少女を助けて、近くの街で冒険者ギルドに登録して、悪さしている盗賊を倒して、爵位を貰って、日本の科学知識を披露して、ハーレムを築いていればそれでいいのだ。ざっくりとしたプロットを見つめ、難しいことを考えずに自分の言葉で書き直す。これぞマジョリティ小説。


 清太郎君の生活も、大体そんな感じだ。

 巨大強化外骨格を纏って空を飛び、レールガンでナメクジを倒す。ほら、とてもマジョリティで、小説投稿サイトに溢れている作品だろう?

 少なくとも、清太郎君はそんな作品に出会ったことはないが。多分、半魚人を殲滅するというストーリーの小説が多すぎて、なかなか見つけられないだけだ。


 気付いたら、この回もすでに二千文字を超えていた。

 清太郎君はすでに何万文字もこの世界を生き抜いている。


 今回の話について補足すると、今回は最終回でもないし、本当の最終回は夢オチでもない。まだしばらく異世界ライフは続いていく。

 それに、雛子さんはラブドールでもないし、清太郎君の妄想でもない(ただし、書き手の妄想ではあるけれど)。雛子さんは元アイドルのサイコパスで、昼寝が大好きな女性だ。

 悪しからず。


 この話、内容が無いよう。

 なんちゃって。

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