第31話 言い訳が思いつきませんでした

 そんなこんなで、清太郎君と雛子さんと格闘家ちゃんは冒険者ギルドに戻ってきた。


 依頼完了を受付嬢さんに報告してスライム討伐の報酬を受け取ったが、一体これをどう配分してよいものか。依頼を受けたのは清太郎君だ。しかし、スライムを全て倒したのは格闘家ちゃんだ。格闘家ちゃんがいたからこそ、この依頼は無事に達成できたのである。


 清太郎君たちは冒険者ギルド集会所のラウンジで、報酬として渡された銅貨数枚を囲んで見つめた。


 冒険者ギルドのガイドラインによると、パーティでの報酬の分け方は「依頼内での働きに関係なく、全員に公平に行き渡るように」とされている。

 ギルドがそう定めているなら仕方ないな、と清太郎君は揺るがぬ大義名分を得たのである。ハンモックで昼寝をしただけでお金がもらえるなんて、何て素晴らしいガイドラインなのでしょう、と雛子さんは思った。

 エルフのお姉さんと一緒に向かった前回のゴブリン討伐でも、似たような要領で清太郎君夫婦は大金を得た。これといって大した活躍などしていなかったが、報酬額の三割ほどを受け取っている。今から考えると、エルフのお姉さんもこのガイドラインを参考に報酬の配分を決定していたのだろう。


 ここは冒険者の先輩に倣って、後輩の格闘家ちゃんに手本を示さねばならない。


「よし、これでいこう……」


 心は決まった。


 清太郎君はそんな規則の書かれたガイドブックを久し振りに読み返すと、それを参考に格闘家ちゃんへ、報酬額の三分の一を分け与える。


 この際、彼女がスライムを沢山倒した、という事実は無視しておく。

 この配分に不満があっても僕に言うな、ガイドラインを決めた冒険者ギルド本部に言え、と清太郎君は無言の圧力を醸し出した。このように、何かと問題を他人や規則のせいにできる人生は楽だ。


 日本で社会人をしていた頃、清太郎君も雛子さんも、逃れられない局面以外は、難しい仕事を別の人間に任せてきた。面倒な役を他人が苦戦している姿を見て、「ああ、うまく避けられてよかったなぁ」とか「やっぱり逃げることも大事だなぁ」とか、そんなことを感じていた。しかし、そのせいで周りから「こいつは向上心がない」と思われていたのは別の話であるが。


「では、ギルドのガイドラインに則って、今回はこういう配分にします」

「はい、ありがとうごさいます……」


 格闘家ちゃんは文句も言わずに報酬配分を承諾し、今回の報酬を懐に入れた。

 ああ、何て良い子なのだろうか、と清太郎君は感心していた。冒険者として再スタートしたばかりで、財布にそんなにお金は入っていないだろうに、この配分を受け入れてくれるなんて。


 やはり、お上が作った方針というのは、絶大な力を有している。


 ああ、女神ヒナーコ様よ、あなたのおかげで、今夜も甘い蜜を吸うことができました。

 未来永劫、このガイドラインが変更されることのないよう、清太郎君は村の教会に祈りを捧げるのである。しかしながら、もし宗主様が存在したならば、「甘ったれるな」と彼を助走をつけて殴っていただろうに。


 その一方で、格闘家ちゃんは思っていた。

 このガイドラインは一部改訂されるべきだ、と。


 これでいいのか、ガイドライン。

 このままでは、一生この夫婦はシステムを悪用し続ける。まさに抜け穴である。

 異世界転移小説の主人公が、こんな真似をしてよいのか。日本の国民性を疑われるぞ。


「それで、その、ご相談があるんですけど」


 ちょっとした反撃。格闘家ちゃんは小さく手を上げる。


「実は、私、今日は泊まるところがなくて、もし良かったら、お二人の家に泊まらせてもらいたいんですけど……」

「ええっ?」


 口下手で人見知りな清太郎君はもちろん「泊めたくない」と思った。

 清太郎君は親族以外の人間と自宅で夜を過ごしたことが一度もない。自宅に呼べる友達なんて一人もいなかったし、宿泊に誘ってもらうこともなかった。


 そんな清太郎君の家に、そんなに親密度の高くない年下の後輩女性が泊まり込もうとしている。

 この話を承諾してしまったら、一体自分はどういう対処をすれば良いのか。


 しかし、あんなに少ない報酬で「うちは駄目だから、宿屋を探せ」というのはさすがに残酷だろう。それをやったら外道に堕ちて人間に戻れなくなってしまい、三途の川にプカプカ浮かぶ生活を強いられる、ということを考えてしまうのは、清太郎君が特撮ヒーロー好きをこじらせているからだ。特定の読者しか分からないネタを出すな。儂は真剣じゃ。


 ちなみに、清太郎君は特撮ヒーローも好きだ。

 特に、戦隊ヒーローが好きだ。


 強大な悪の組織に打ち勝つため、戦隊のメンバーは協力して、努力して、小さな成功を積み重ねて、絆を深めていくのである。戦隊ものなら、どのシリーズでも共通している特徴だ。


 そこに、清太郎君が戦隊ヒーローを好きなポイントが隠されている。

 日本にいた頃、清太郎君は仲間も協力も努力も成功も絆も持っていなかった。現実は積み重なる失敗と薄っぺらい人間関係ばかりで、戦隊ヒーローとは逆の生活をしている。


 だからこそ、清太郎君は戦隊ヒーローに憧れを持っていた。自分にも、あんな仲間がいたら良かったのに。一緒に何かを成し遂げたい、と。

 あんなに面白いのに、小説投稿サイトでは戦隊ヒーローものがなかなか浮上してこないのが不思議なくらいである。


 結局、コミュニケーション能力のない清太郎君はサイコパスなパラノイアになってしまい、悪の組織と入社面接までしてしまった。彼は「地獄が見たい」などと面接で言い放ち、面接官から「お前はエリート候補だ」と言われた。


 はて。

 家に泊まらせてほしい云々という話から、なぜ戦隊ヒーローの話に飛躍してしまったのか、清太郎君の記憶は定かではない。


 気が付けば、格闘家ちゃんと一緒に自宅に向かって歩いていた。彼女の宿泊を断ろうとしたが、良い言い訳を思いつかなかったのである。

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