第30話 Q.E.D.
格闘家ちゃんの働きは凄まじいものがあった。彼女へ飛びかかるスライムを全て蹴りで跳ね返していく。
格闘家ちゃんのブーツには、杖と似た魔力媒体が組み込まれており、蹴脚術と同時に、魔力によるダメージも与えられる。
という設定を考えてみたのだが、如何だろうか。
格闘家ちゃんブーツがとにかく便利で、スライムの死体が次々と積み重なっていく。
ということが、起きていたらしい。
「らしい」ということは、つまり清太郎君は格闘家ちゃんの活躍についてあまり関知していない、ということだ。
それはなぜか。
話は、ほんの数分前に遡る。
スライム討伐の目的地に到着した清太郎君一向は、まずは木陰で一休みした。清太郎君と雛子さんは仕事をするために、十分な休息を必要とする。目的地への移動だけで体力を極度に消耗してしまう清太郎君夫婦は、逐一休憩をとらないと労働なんてやってられない。
「ふぁ……なんか眠くなっちゃった。お昼寝しよ」
「でも、早くスライム討伐して、依頼主やギルドに報告しないと」
「こんなに
「一見すると平和だけど、スライムがあちこちにいるはずだよ」
「小鳥のさえずりが眠気を誘うのよね。こんなの、眠くならないほうがおかしいわよ」
「いや、当人の状況にもよると思うけど」
「それに、移動で疲れちゃったし」
「そうだね、それは分かる気がする」
「でしょ?」
「でも、木陰で眠るのは、ちょっと心許ないかも。スライムに近寄られるのも嫌だし」
「近づいてきたら、起きればいいじゃない」
「簡単に起きられたら苦労しないよ」
「しかしながらですね、清太郎君、ホモ・サピエンスとは、眠らないと活動力が落ちてしまう生物なのです。私が昼寝をするということは、ホモ・サピエンスとしてごく自然なことであり、生きていくためには必要なことなのです。Q.E.D.」
「Q.E.D.って、何のことか知ってるの?」
「知らないけど、『自分の意見は以上です』的な意味なんでしょう?」
「大体合ってるような、合ってないような……」
「昼寝する私を止めたかったら、清太郎君が私を論破してみなさい!」
「じゃあ、少しだけ休憩しようか……Q.E.D.」
「おやすみぃ。Q.E.D.」
口下手な清太郎君は、お昼寝する気満々な雛子さんを論破できないと素早く判断し、彼女をハンモックの上に寝かしつけた。
その間、清太郎君は自分だけで他のパーティメンバーと会話しなければならない。清太郎君は戦いを待つ彼女の表情を窺いながら、話しかけるタイミングを見計らう。
「雛子さんがお昼寝するので、少し休憩入ります」
「え……すぐそこにスライムがいるのに、ですか?」
同行していた格闘家ちゃんは雛子さんの行動に大変驚いていた。
かつてゴブリンに輪姦された経験のある彼女にとって、モンスターが近くに潜んでいる場所で眠るなんて、純真無垢な女性アイドルが何人もの男性と肉体関係を持つくらいあり得ないことなのだ。
「うん……何か、ごめんね」
「私だけで先に少しだけ倒しておきましょうか?」
「え、大丈夫?」
「はい、あまり遠くには行きませんから」
そういう理由で休憩していたところ、単独で動いていた格闘家ちゃんが、いつの間にかスライムを目標数倒し終えていたのである。
「あの……もう倒し終わりましたけど……スライムの死体はあちらに積んであります。確認、お願いします」
「えっ? 何て言ったの?」
「もう倒し終わりました……スライムの死体はあちらに積んであります。確認、お願いします」
清太郎君は驚いて、思わず二度聞きした。だからこんなしょうもない方法で文字数を稼ぐな、という文章すらも無駄に文字数を稼ぐ装置ではあるけれど。
単独行動の末に再びゴブリンを孕むオチを想像していた清太郎君ではあるが、さすがに彼女も警戒していて、そんなオチは簡単に発生しない。ホッとしたような、残念なような、清太郎君は複雑な心境を抱えていた。一体どうやったら、なるべく合法的にあの感動を再現することができるだろうか。
「へぇー……すごいね。ちゃんと揃っているよ」
輪姦される格闘家ちゃんを見れなくて落ち込んでいた清太郎君は、生気の篭っていない声でスライムの死体の数を確認すると、帰宅の準備を始めた。
まさか、こんなにも早く依頼の目標を達成してしまうなんて。
若さとは素晴らしい。格闘家ちゃんの疲れを知らないピチピチボディは、絶え間ないスライム討伐すらも簡単に終わらせてしまったのです。
さすが、ゴブリンの苗床に選ばれるだけのことはある。高い位置への蹴りを繰り出すために求められる股関節の柔軟さといい、発達した太腿といい、まさにゴブリンに孕まされるために生まれてきたような女性だ。そんなこと、絶対に口には出せないし、彼女も不本意だろうけど。
一方で、雛子さんの股関節はガチガチに固い。そのため、清太郎君と雛子さんはセックスの際、体位選びに苦労している。この情報は本編にあまり関係ないけれど。女性とのささやかな楽しみを増やすためには、股関節を柔らかくしておいたほうが良い、ということを伝えておく。Q.E.D.
結局、清太郎君と雛子さんはスライムを一匹も倒さぬまま依頼は終了し、今は帰路についている。
一体、なぜ自分たちは目的地まで出向いたのだろう。
そんな疑問が、清太郎君の頭に淀んだ。
これでは、来るのは格闘家ちゃん一人だけでよかったではないか。
庭に水を撒いた直後に雨が降るような、幾多の犠牲を出した末に倒した魔王が実は影武者だったような、そういうモヤモヤした暗雲が現れ始めている。
清太郎君も、格闘家ちゃんも、一言も発さない。格闘家ちゃんは、清太郎君のモヤモヤを察知したのだ。
少々の気まずさを残したまま、スライムの脅威に晒されていた農村の平和は守られたのである。
やっぱり、このパーティは解消しよう。
いつかゴブリン出産シーンは見たいけれど、この気まずさには耐えられない。Q.E.D.
清太郎君はそんなことを思った。
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