第29話 パーティ追加
「あら、清太郎さん。お久し振りですね」
「あ、どうも……」
「またスライム討伐の依頼ですね?」
「はい……」
スライム討伐の依頼を受けるため、清太郎君と雛子さんは受付嬢さんのいるカウンターへやってきた。依頼を選んでからここまで来るのに、かれこれ数千文字も使っている。そのほとんどは本編に関係ない文章だ。それも、清太郎君が労働に対してやる気を持ち合わせていないせいかもしれない。大丈夫なのか、この物語は。
「実は、新人の冒険者さんがパーティのメンバーを募集してまして……」
「はぁ」
「清太郎さんには、その冒険者さんとパーティを組むつもりはありませんか?」
依頼の手続きを進めていると、急に受付嬢さんがそんな話を切り出した。
これは困ったぞ。
もちろん清太郎君は「組みたくない」と思った。口下手な清太郎君は、自分と関わりが深くない人間とはあまり話したくない。人間関係の構築は雛子さんとだけで精一杯だ。これ以上、人とコミュニケーションするキャパシティは失われている。
しかし、口下手な清太郎君はそれを断る言葉を思いつかない。
言葉を詰まらせた清太郎君は、チラリと雛子さんを見た。
「え、私なら別にいいわよ」
雛子さんにとって人間関係の構築は得意分野であり、余程の損失がない限りは長いものに巻かれる主義を貫いている。いつもお世話になっている冒険者ギルドからの頼みとあれば、受けておくのが礼儀というものだろう。「何かあれば、すぐに適当な理由をつけてパーティ解消すればいいや」という楽観的な考え方もあった。雛子さんが何人もの男性と肉体関係を持つ背景には、最初の受け入れやすさがある。すでに濡れている、という意味ではない。
「じゃあ……お願いします」
仕方なく、清太郎君は新人冒険者を受け入れることにした。今日も妙に体内の「残業センサー」が反応していたのは、そのせいかもしれない。
「それでは、少々お待ちください。その方を呼んで参ります」
受付嬢さんは集会所のラウンジへ小走りで向かうと、壁際の席に腰掛けていた冒険者を連れて戻ってきた。
「あれ、あの人……どこかで見たことある」
「ほら、ゴブリンを出産した……」
「ああ、思い出した。あの子かぁ」
受付嬢さんの横に立ったのは、大きな尻と太い腿がトレードマークな黒髪美少女。
何と、新人の冒険者とは、格闘家ちゃんのことだったのだ。
ここで、彼女のことを忘れている読者のために、説明をしておく。
格闘家ちゃんとは、最近冒険者ギルドに登録した女の子だ。艶やかな黒髪と、艶やか太腿を持つ。そんな麗しい容姿が仇となったのか、ゴブリン討伐を失敗した際に、苗床として選ばれ輪姦されてしまう。どうにかエルフのお姉さんに救出され、無事にゴブリンを出産した。
あの衝撃的な感動体験のおかげで、普段は他人の顔なんて覚えない清太郎君が、何と格闘家ちゃんのことはハッキリと記憶していた。
このように印象深い出来事を絡めると、他人のことを覚えやすくなる。清太郎君に自分のことを覚えてもらうには、彼の目の前でゴブリンを出産することが必須である。ただし、何度も経験されると、清太郎君の中で印象が薄くなるので要注意だ。
「こ、これからお世話になります。よろしくお願いします……」
格闘家ちゃんは気不味さを感じていたのか、清太郎君から少し目を逸らし、大きく頭を下げた。
ここで問題です。
このとき、久し振りに再会した彼女に、清太郎君は何て声をかけたでしょうか。
次の中から選べ。
①やあ、久し振り。元気だった?
②もう冒険者に復帰するのかい?
③僕のこと、覚えてる?
④ギルドには戻らないと思ってた。
⑤あ、ゴブリンのお母さんだ。
⑥生理は再開した?
⑦また出産シーンが見たいんだけど、いいかな?
⑧ゴブリンを出産すると母乳は出るのか否か、確かめる必要がありそうだ。
⑨太腿のムッチリ感が相変わらずセクシーだね。雛子さんほどではないけれど。
⑩で、今度は何のモンスターの子どもを産むの?
⑪うちのパーティに貴様が入る余地などない。ここにパーティ追放を実行する。
⑫まさか、雛子さんと同性婚するつもりか?
⑬こうして、彼女はゴブリンに復讐を誓う鬼となった。壮大な復讐劇の幕開けである。
⑭やった! 格闘家ちゃんの召喚に成功した! これで王国は救われる!
⑮こうなったら、このクラスで一番ランクの低い貴様が生け贄になってもらうしかない。
⑯魔王を倒さねば、元の世界に戻ることはできぬぞ?
⑰またこのパターンか。読者も飽きるぞ。
⑱とりあえず、思いついたことを適当に書いておけ。
⑲スライムが転生してもスライムだった件。
⑳俺のことを覚えているか? 貴様が追放した男だ!
正解は、どれでもない。
考えればすぐに分かることだ。あの口下手な清太郎君が、彼女にかける言葉を咄嗟に思いつけるわけがないのだ。
清太郎君は無言で雛子さんの背後に隠れた。これが真の正解だ。
ミステリィにおいても、推理する側が冒頭に挙げる予想は大抵間違っている。物語がかなり進んだ終盤で証拠や犯人の失敗が積み重なり、ようやく真相に辿り着けるというものだ。
清太郎君は話し相手を基本的に雛子さんに任せている。万が一、雛子さんが理解できないような難しい単語が会話に出たら、背後から清太郎君が耳打ちして意味を教える。
この会話スタイルを「まるで
やはり、時事ネタや流行は、あまり小説へ持ち出さない方が良いかもしれない。
ブームが過ぎ去ったとき、その作品を理解できる読者が減ってしまうからだ。一体、「囁き女将」を知っている読者が何人いるだろうか。あれは随分と昔の騒動だったと思う。そういうネタを持ち出す時点で、この小説の面白さは大きく損なわれているはずだ。時事ネタの博物館として倉庫の隅に保管しておくぶんには良いかもしれないが。
「私たちも冒険者としてはまだまだ未熟だけど、これからよろしくね!」
雛子さんは過去から生じた気不味さを感じさせない優しい笑顔を向けると、格闘家ちゃんの手を握った。清太郎君には決してできない接し方である。清太郎君は後方でずっと頬を引きつらせていたというのに。
「それじゃあ、スライム討伐に行きましょう!」
さて、これでスライム討伐するための戦力が増えた。特に新戦力なんて必要とはしていなかったけれど。
もしかしたら、受付嬢さんは清太郎君のパーティを増員させることで、彼らのレベルアップを図っていたのかもしれない。人数が多くなれば、戦い方の幅が広がる。受付嬢にとって、ギルドへ送られてくる依頼を順調に達成していくためにも、レベルの高いパーティは多い方が嬉しい。
冒険者ギルドの運営も大変だな、と清太郎君は思った。
彼女の真意を確かめるほどの会話能力を、清太郎君は持ち合わせていないが。
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