第28話 叙述トリック
前回までのあらすじ。
清太郎君と雛子さんは、冒険者ギルドに出かけた。終わり。
ここで一つ、問題を提起しておこう。
なぜ、前回のタイトルは「第27話 サラマンダー型怪人」なのか。
前回に登場したのは、アヌビス型怪人だ。サラマンダー型怪人ではない。
前回のポイントは「清太郎君は改造手術を受けなかった」という文章が一つも書かれていないことだ。こういうのを叙述トリックというらしい。
さて、サラマンダー型怪人とは何を指しているのか、勘の鋭い読者ならお気付きだろう。
否、判断を早まらないでほしい。アヌビス型怪人の第二形態がサラマンダー型怪人だった可能性もあるし、秘密結社の総主がサラマンダー型怪人だった可能性も捨て切れない。一周回って、正体は雛子さんということもあり得る。
一体何なんだ。
結局のところ、何がサラマンダー型怪人なのかは、今は読者の想像に任せる、といったところだ。後半に明かされるかもしれないし、明かされないかもしれない。
そんな伏線にも臆することなく、清太郎君たちは珍しく冒険者ギルドに出かけた。
「それじゃ、この『スライム討伐』の依頼に行こう」
「早く終わらせて帰りましょ」
清太郎君は冒険者ギルドの掲示板から適当な依頼を選んだ。
雛子さんはライトアーマーのベルトを握り、きゅっと締める。
そう。何と、今日は雛子さんが服を着ている。
珍しい!
いつも全裸な雛子さんが、外出のために服を着て、さらにライトアーマーまで纏っている。これぞ神の起こした奇跡。
清太郎君が感心する一方で、雛子さんは自分の装備に東京の満員電車のような窮屈感を覚えていた。地方にも鉄道はあれど、東京ほど車内における人の密度は高くない。あれでは、誰が痴漢をしたのか分からないではないか。雛子さんは東京で一体何人から痴漢行為を受けたのか計り知れない。
それほどまで衣服に窮屈さを感じる雛子さんは、アダムとイヴに知恵の実を食べるよう仕向けた蛇を心の底から憎んでいる。あの果実さえ食べなければ、人間は衣服など着る必要はなかった。年中どこでも全裸で楽しく過ごせていたはず。
雛子さんは衣服の着用を面倒くさく思っており、人類文明から撤廃すべき習慣の一つだと考えている。
突如として天空から現れた女神ヒナーコは、アダムとイヴに知恵の実を吐き出させ「裸で過ごすことは素晴らしいことなのです。ヌード・イズ・ワンダフル」と伝え広め、それから憎たらしい蛇の巣を大量の聖水で押し流しました。
というような新たな聖書の一ページを作る野望に燃えている。
ただし、勝手に燃えているだけで、特に行動を起こすわけではない。そこは長いものに巻かれる主義を貫いている。
せっかく異世界転移したのに、転移先にも服を着る文化が存在してがっかりしたことは否めない。どうせなら全裸でも捕まることなく暮らせる世界に行きたかった。
人間の精子も、精巣が外の空気に晒されていた方が、冷えて活発化できるらしい。そういう意味でも、雛子さんは多くの人間に全裸生活を求めている。どうせなら恋人の精子は活発な方が嬉しい。
ただし、そういう生活を求めているだけであって、特に行動は起こさないが。「極度な変人だなぁ」と周囲に思われるのが嫌なのである。しかし、すでに一部地域の人間から思われている。その人々の隔離封鎖は今のところ順調であるが、油断できない状態が続いており、ヒナーコ製薬の上層部は情報漏洩を防ぐために神経を尖らせている。
そして、清太郎君と雛子さんは依頼を受けるために、掲示板に貼られていた依頼書類を受付嬢のもとへ持ってきた。
受付嬢の容姿の詳細については、今後の叙述トリックに活かすために敢えて伏せておく。大きな展開に繋がるかどうかは別として、現段階で彼女のことを説明するのが面倒くさかったのだ(そんな理由で省いていいのか)。
実は雛子さんと同じ顔だった、とか、実はモンスターが化けていた姿だった、とか、そういうハード展開ではないので安心してもらいたい。ヒロインが主人公以外の男に強姦されたり、モブ兵士が細切れにされたりするといったハードな展開が多い作品は、コンテストで審査員から「もっとソフトにすれば読者層が広がる」という指摘を受けてしまう。しかし、ハードな展開が大好きな清太郎君は、人間の知恵が生み出すもっと斬新な悪行を見てみたいのだ。
「正義」と「悪」とは、器の「内」と「外」のようなものだ。
正義側の行動は、法や道徳的な価値観に基づくため、器の内側のように一定の範囲に留まらなければならない。
一方で、悪はそういった縛りを持たないため、器の外側へどんどん進み続けることが可能だ。
器から溢れ出た水は、一体どこまで広がるのだろう。そこにあるものこそ、清太郎君の求める新世界なのかもしれない。やはり清太郎君はサイコパスなのかもしれない。
ここで、先程の叙述トリックで伏せていた情報を明かしておく。
実は、受付嬢さん。
眼鏡を取ると、可愛いのである。
それだけだ。
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