第27話 サラマンダー型怪人

 清太郎君たちは、久し振りに近所の冒険者ギルドに出かけた。貯蓄が尽きたわけではないが、いつまでも昼寝とセックスを繰り返す生活はよくない。たまには体を動かして社会貢献するのも、精神を若々しく保つために有効だろう。


 清太郎君は依頼の掲示板からスライム討伐の張り紙に目をやった。目的地がかなり近くて、報酬もなかなか良い依頼だ。清太郎君は雛子さんに「これをやろう」と提案した。


「またスライム討伐するの?」

「そうだけど……」

「でも、上のランクの冒険者さんはゴブリンとか、ワームヒュドラとか倒しに行ってるのに?」

「僕らにそんな実力はないと思うけど。それに、スライム討伐も大事な仕事だと思う」

「他の冒険者さんから『やる気なさそうだな』とか思われないかなぁ」

「事実だから、問題ないのでは?」

「そうだね。無理に演技するのも苦労するし」

「どうやったら『やる気』って出てくるんだろうね」

「難しいね」


 そもそも、やる気満々で仕事に取り組む人間など実在するのだろうか。


 清太郎君は人生で一度も、仕事にやる気を持ち込んだことはない。「やりたくないけど、やるしかない」という、やや下降気味なテンションで取り組むのが常だ。

 清太郎君の周りも、同じだったと思う。雛子さんも「仕事なんてしたくなぁい」と、いつも呟いている。清太郎君の父親も「仕事に行きたくねぇな」と、毎日のように出勤前に嘆いていた。帰宅後は「もう行きたくねぇ」と溢しながら酒を飲む。


 清太郎君は現実で「仕事をやる気満々でこなす人間」を、全く見たことがないのだ。


「清太郎君って、普段からやる気のなさそうな顔してるもんね」

「やっぱりそうかなぁ」

「うん。目が死んでる」


 もちろん「目の細胞が死んでいる」という意味ではない。

 きちんと視神経は活動しているし、眼球も動く。そんなこと分かっているぞ。


「おかしいなぁ。目の細胞が死んでいるわけじゃないのになぁ」

「どうしてそんな目つきになったの?」

「知らないよぉ」


 日本にいた頃、清太郎君は年下の先輩社員によく怒られていた。「あなたは、やる気があるのですか?」と。

 清太郎君の表情や声には起伏がなく、常に低いテンションで維持されている。そんな態度が「やる気がない」と捉えられてしまうらしい。


 清太郎君は怒ってくる年下社員のことを「若いけどお局さん」と裏で呼んでいた。「若いけどお局」――彼女の本名と同じ文字数でありながら、こちらの方が圧倒的に情報量が多い。この小説も、もっと余計な文字を省いたらどうなんだ。


 稀に、やる気がありそうな社会人を見かけることもあるが、あれはそういう演技が上手いだけだ。実際にはやる気など微塵もない。裏では顧客や上司や待遇の悪口を言っているはずだ。「こんな職場、やっていられない」と。


 テレビでよく見る「仕事はやりがいがあって楽しいです」などと語っているドキュメンタリー番組は、絶対に嘘を言っている。メディアとは、必ず制作者の意図が叩き込まれている。そういう風に作った方が、視聴者に夢や希望を持たせられるのである。


 それを鵜呑みにした一部の管理職が、部下の社員たちに「もっとやりがいを持て」とか「やる気を出せ」などと意味不明なことを言うのだ。新卒向けの会社説明会なんて、日本を蝕む狂気が集結した汚染地帯である。「やる気」や「やりがい」という呪詛が連呼される入社説明を受けて、その会社の選考試験を受けようとする人間の気が知れない。


 と、清太郎君は思っている。


 清太郎君にとって、自分の仕事が誰かを喜ばせようが、失望させようが、会社の信頼を落とそうが、ミスから生じたバタフライエフェクトで人命が失われようが、知ったことではない。それくらい、清太郎君は他人に無関心で、自分の仕事に無責任だ。

 レジバイトの店員が偽札を受け取ろうが、期限切れの商品券で会計しようが、目の前で大胆に万引きされて見逃そうが、別にそれでいいのだ。清太郎君は社会に混沌を求めており、それこそがシステムの進化を促すと信じている。

 清太郎君にはサイコパス要素が含まれます。清太郎君成分の多量摂取にご注意ください。この警告は二度目だ。サイコパスは忘れた頃にやってくる。


 仕事とは、報酬と休日こそ全てである。

 これがたっぷり与えられることで、ようやく仕事ができるというものだ。


 そういう点で、清太郎君と雛子さんは異世界の農村に転移できて幸運だったのかもしれない。誰にも縛られず、自由なペースで畑仕事もスライム討伐もできる。好きなときに休息できて、好きなときに仕事できる。サイコパスも発動しない。


「私たち、よく日本で就職できたよね」

「そうだね。こんな本性が知られたら、即クビを切られてたかも」

「私はスカウトされてアイドルになったけどさ、清太郎君は面接を通過しなきゃいけなかったから大変だったでしょ?」

「もう何社落ちたか記憶にないよ。そもそも最初からカウントなんてしてなかったけど」

「『私、○○社も落ちました』とか言ってる人って、そういう記録を作りたいだけで、本当は就職する気がないんじゃないかと思うんだよね」

「それはあるかもしれないね。でも、履歴書を書いたり面接を受けたりするのが苦手な人間がいるのは確かだよ」

「清太郎君は苦手だった?」

「苦手。履歴書に自分の長所を書くのが、特に嫌だったね。長所なんてなかなか思いつかないし、ようやく捻り出しても『これって長所なのかな?』って永遠の自問自答を繰り返すんだ」

「わぁ~地獄」

「この社会システムのままだと、口下手な人間はいつまでも億万長者な社長にはなれないね。口下手な社長なんて実在したら困るけど」

「そんな社会に不満を持った口下手な人間が集まってテロとか暴動とか起きないかな?」

「そもそも口下手な人間は、仲間を集めるのが難しいと思う」

「それもそうだね」

「でも、口の巧い人間が、口下手な人を利用するのはあり得るね」


 日本にいた頃、清太郎君は一度、世界征服を目論む悪の秘密結社から「改造手術で怪人にならないか?」と、誘われたことがある。

「平成にもこんな秘密結社が残っていたのか」と驚きつつも、清太郎君は加入しようか迷った。悪の組織は、清太郎君のキラリと光るサイコパスな部分に目をつけたのである(実際に光るわけではない)。

 普通の会社が行う採用面接では絶対に言えないような社会への不満を述べても「貴様は面白いな」と笑って許してくれる。「我々には色々なタイプの怪人が必要だ。貴様のように突っ込みどころの多いやつでもな」と。清太郎君もそんな社風が気に入っていたのかもしれない。

 ちなみに、清太郎君の選考を担当していたのは、アヌビス型怪人であった。清太郎君も「最終選考を通ったら、こんな姿になるのかぁ」と感心していた。

 しかし、いつの間にか秘密結社は壊滅していた。正義の味方を名乗る何者かによって総主が倒されたらしい。清太郎君は戦うこともないまま、元の会社で普通の社員を続けたのである。


 果たして、この設定は何かの伏線になるのか。

 否、もしかしたら伏線として活かされないまま物語は終了するかもしれない。

 否、そもそも、これは「物語」と呼べる代物なのだろうか。


 無駄に設定の風呂敷など広げず、普通の高校生が異世界に転移して無双してハーレムを作る小説でも書いていた方がPV数が伸びるぞ、という意見はレールガンで衛星軌道上へ撃ち上げておく。

 真のクリエイターとは、流行すらも作り出す者であって、流行に乗る者ではない。

 と言っても、模倣だらけで支離滅裂な設定の作品の方が、良くも悪くもネットでは盛り上がる。それは口下手な人間が面接で落とされるくらいには確かである。

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