第23話 ポルターガイスト

 カタカタカタ……!


 その日の深夜、清太郎君は不気味な物音に目を覚ました。


 微かな月明かりを頼りに寝室を見渡したが、特に不審なものはない。雛子さんが節操のない格好でベッドに横たわっているだけだ。


 カタカタカタ……!


 その音は、確実に家の中から発していた。


 まさか誰か家に侵入したのだろうか。それとも幽霊だろうか。これまで、この家で心霊現象が起きたという話を清太郎君は把握していないが、前の持ち主が亡くなっていることを考えると、強く否定はできない。


 清太郎君は急に心細くなり、雛子さんと一緒に音の発信源を確認しようと考えた。


「ねえ、雛子さん?」

「……」

「家の中に、誰かいるみたいなんです」

「……」


 揺さぶっても、こういうときの雛子さんは絶対に起きない。昼のセックスで疲れたのだろうか。

 清太郎君自身もかなり疲労していたが、強盗などの可能性を考えると頭が冴えてきてしまう。


 仕方ない。


 清太郎君はベッドから立ち上がり、ランプを手に取った。


 こういうとき、電気照明が恋しくなる。

 この世界では蛍光灯やLED電球が発明されていないため、夜間は蝋燭や魔法灯で屋内を照らすしかない。部屋全体を照らせるほど光は強くなく、残る陰が余計に不気味さを演出していた。


「そこに誰かいますか?」


 清太郎君は暗闇に問いかける。


「おーい」

「……」

「ねぇ?」

「……」

「誰かいるの?」

「……」

「もしもーし」

「……」

「そこにいるのは分かってますよー」

「……」

「早く出てきなさーい」

「……」

「ねぇ、ってば」

「……」

「こら」

「……」

「どういうつもりだ?」

「……」

「いい加減にしなさい」

「……」

「そろそろ我慢の限界だぞ」

「……」

「そちらが動かないのなら、こちらから」

「……」

「こちらには二人もいるんだぞ」

「……」

「なるほど、そういうつもりか」


 暗闇に向かって独り言を呟き続け、なかなか一歩を踏み出さない清太郎君。

 情けないこと、このうえない。何が「なるほど」なのか。清太郎君にも意味不明であった。


 清太郎君にとって、科学で解明できてない現象というのは恐い。

 かつて二宮金次郎の石像に追いかけられた清太郎君は、心霊現象に対して敏感になっている。雛子さんはその話を大笑いして信じないが。


 清太郎君の仮説では、幽霊とは「空間に記録された映像や音声」とされている。何らかの原因で、そこで起きた出来事が立体映像のように記録されてしまうのだ。

 とは言っても、科学で解明されていない以上、その仮説が正しいのかは分からないし、対処のしようもないが。


 カタカタカタ……!


 再び音が聞こえた。


「うっ……」


 音は納戸の中から聞こえている。

 そこは、スライム討伐で使う装備などを収納してある部屋だ。室内は狭く、大人一人入るのがやっとである。


「開けますよー」


 清太郎君は恐る恐る納戸の扉を引いてみた。

 突然襲ってくることを想定して身構えていたが、特に暗闇から襲撃者が現れることはなかった。部屋の中には誰もいない。


 一体、どこから音が鳴っているのか。


 カタカタカタ……!


「わっ」


 今度こそ、清太郎君は音の正体を捉えた。


 鉄兜である。


 かつてエルフのお姉さんと一緒にゴブリン討伐に向かう際、清太郎君はゴブリンの不意打ちに備えて武具店で古い鉄兜を購入したのだ。購入の決め手は安さである。その依頼を達成以降、全く使う機会がなかったので、納戸に入れて放置していた。清太郎君は鉄兜の存在を今まですっかり忘れていたが。


 そんな鉄兜の目のプロテクターが微かに震えていた。


 一体、あれはどういう原理で動いているのだろうか。


 このとき、清太郎君はギルドの掲示板を思い出していた。

 ボードに貼られている依頼書類に、「リビングアーマー討伐命令」と記されていたものがあった。簡単に言えば「動く鎧」である。


 鎧が勝手に動いているように見えるのだが、実は人間が使わなくなった鎧にヤドカリのようなモンスターが入っているのだという。

 修道院の図書館で仕入れた情報だ。


 生物が人間の作った道具・施設を利用することは、別に地球でも珍しくはない。

 海底に沈んだ空き缶を巣として利用する魚も存在するし、ツバメも人間の建築物に巣を作る。

 生物というのは、常に新しいニッチを探している。これまで誰も参入してこなかった住処・餌・行動パターンを見つけ出し、そこに特化した進化を繰り広げるのだ。

 そのヤドカリも「放置された鎧」という物体に何らかのニッチを見出だしたのだろう。


 鉄兜が勝手に動く現象。

 日本では不思議で奇異な現象でも、この世界ではありふれた現象である可能性は高い。


 もしかしたら、そのヤドカリみたいなモンスターの幼生が入り込んだのかもしれない。

 それとも、曰く付きの兜を買ってしまったか。後者なら最悪だ。


 清太郎君はカタカタ動く鉄兜にゆっくり手を伸ばし、その正体を探ろうとした。


「……いや、やっぱ止めよう」


 結局、清太郎君は鉄兜に触れることなく、踵を返して寝室へ戻ってきた。どんなに世間に悪が蔓延ろうとも最後には恐怖が勝つ。ベッドに深く潜ると、雛子さんに自分の身を寄せる。


 何と温かい雛子さんの肌。雛子さんの傍は、清太郎君にとっての安全地帯だ。たとえ、家の中で変な音がしようとも、幽霊が現れようとも、雛子さんさえいれば清太郎君は落ち着ける。


 清太郎君も眠り、やがて朝が訪れた。


「ねえ、清太郎君!」

「……雛子さん?」

「起きて起きて」


 翌朝、清太郎君は珍しく雛子さんに起こされた。いつもは清太郎君が先に起きるのだが、雛子さんが先に目覚めるなんて、ハーレム構成員が爆殺される「なろう系小説」くらい珍しい。しかし、そんなものがあっても脚光を浴びることはないだろうが。


「さっきね、家の中にピクシーがいたんだよ!」

「……ひくしー?」

「ほら、小人みたいな妖精だよ。蝶みたいな羽が生えているの」


 今起きたばかりで、清太郎君の思考回路はあまり活動していない。ロード画面が続いている。清太郎君は苛々して回路を再起動すると、ようやく脳内辞書が引けた。


 ピクシー。

 この世界に生息する妖精の一種で、人間の手に乗るほどの大きさをしている。小さいながらも人間と会話するほどの知能を持ち、自然の恵みが豊かな地域にしか住めないため、「環境指標生物」とも言えるだろう。

 清太郎君も「そんなに珍しいなら、一度は見てみたいなぁ」と考えていた生物である。


「あぁ、ピクシーか」

「納戸の鉄兜の中に迷い込んでたんだよね」

「鉄兜?」

「うん。目のプロテクターが閉まっちゃって、中から出られなくなったみたい」


 ああ、そうか。

 昨夜の揺れる鉄兜は、迷い込んだピクシーが原因だったのか。


 別に幽霊でもヤドカリ型モンスターでもなく、あそこにいたのは無害な妖精だった。これならあのとき、思い切って兜のプロテクターを開けてやればよかった。


「鉄兜を持ち上げたらね、『助けてくれてありがとう!』って言って、外に飛んでいったよ」

「へぇー……」

「可愛かったなぁ。真っ白い女の子でね、羽をパタパタさせて、空中でお辞儀したんだよ」

「それはちょっと見たかった」


 清太郎君は思った。

 こうした幸運は、少し勇気を出した先にあるのかもしれない、と。


 今度こそ勇気を出そう。


 清太郎君はそんな決意を胸に、不貞寝した。

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