第22話 トンネル工事

 前回までのあらすじ。

 今回からタイトルを「理系・生物的夫妻の異世界スライム討伐」に戻します。そもそもスライム討伐から離れたエピソードばかりなのに、そのタイトルで問題ないのか。


 そこで逆に考えてみてほしい。

 この清太郎君たちの生活に適したタイトルとは一体何だろうか。


 例えば「異世界転移夫婦の性活」というタイトルでは、よくある美少女ノベルみたいだ。官能的な描写を期待してページをめくると、清太郎君が常人には理解不能な理屈をだらだらと述べている。肝心の性描写は中途半端。期待は打ち砕かれる。さらに異世界で暮らしているとグロテスクな場面も多く、前回はハーレムの美少女たちがダイナマイトでバラバラに吹き飛んだ。そのショックたるや凄まじく、高価な女雛めびなメダカを飼育していたトロ舟に実はヤゴが潜んでいたような衝撃を与えた。ついに出た怪虫シオカラトンボ。


 そう。

 前回、清太郎君は変な夢を見た。


 なぜか日本で、なぜか過労死して、なぜか異世界転生して、なぜか貴族として育って、なぜか「ハーバー・ボッシュ法」を披露して、なぜかモテモテになって、なぜかセックスしていたら、なぜかダイナマイトで吹き飛ばされそうになったのである。


 やたらに「なぜか」という文言が入ってくるのは、すでに清太郎君はその夢の内容をほとんど忘れているからだ。時系列の因果関係が不明なのである。


「だったら夢日記を書けばいいじゃない」と雛子さんは言うが、まだまだ紙の大量生産が難しい世界、その値段は日本ほど安くはない。わざわざ夢の内容を書くために貴重な資源を消費し、家計を圧迫するのもいかがなものか。


 そもそも、清太郎君は起きてから夢日記を書くためインクの蓋を開けるまでの間に、夢の内容の大部分が脳内メモリから消去されている。あんなに夢の世界へ没頭してしまう清太郎君だが、「あれは夢だった」と判断した途端に、ケロリと忘れてしまうのだ。


「不思議だね、人間ってどうして夢を見るんだろうね」


 朝食をとりながら、雛子さんはそんなことを言った。


「脳内の記憶を整理するときの副産物みたいなものだよ」

「じゃあ、夢の内容って、結構身近なところと関係してるの?」

「そうかもね」

「ふーん」


 雛子さんは焼いたパンを食べ終えると、清太郎君の瞳を覗き込んだ。


「それで、清太郎君はどういう夢を見たの?」

「えっ?」


 清太郎君は言えなかった。

「夢の中で雛子さん以外の妻とセックスしていた」などと言えない。それを知ったら、雛子さんは怒ってしまう。


 きっと、清太郎君は雛子さんとばかりセックスしているから、あんな夢を見たのかもしれない。ホモ・サピエンスのオスは同じ異性と何度もセックスすると、徐々に射精量が減少してくるらしい。清太郎君には意識できないが、実際には弱まっている可能性はある。


「たまには別の女性ともセックスしてみたい!」とは大声では言えないが、多くの女性とセックスすることで遺伝子多様性が広がり、自分の遺伝子が残る可能性が上昇するのは確かである。そんな欲望が、まだ清太郎君の中にも残っていることは否定できない。本能に従順に生きる世界とは難しいものだ。心の中ではオオカミのように一夫一妻を貫きたいが、体の方はゾウアザラシのようにハーレムを求めているのかもしれない。


「やっぱりエッチな夢を見てたんだね?」

「え?」

「清太郎君、そういう隠し事がすぐ顔に出るタイプだもん。色んな女の子と代わる代わる楽しんでいたんでしょ?」

「ま、まあ……」


 雛子さんには、清太郎君の脳内メモリに保存してある映像が何もかもお見通しだ。知らぬ間に清太郎君は雛子さんからハッキングを受けていたのである。清太郎君は基本的にいつもネットワークから遮断されているが、トラッシングでアクセスに必要な情報を盗まれたのだ。


 実際に浮気をしたわけではないのだが、清太郎君は心の奥底に深い罪悪感を覚えた。


 やはり雛子さんは怒っているのだろうか。

 清太郎君は縮こまりながら、雛子さんの表情を窺った。


「もう、夢の中でも浮気しないでね!」

「はい、すいません……」

「ふふっ、よろしい!」


 と言う雛子さんだが、実は彼女も他の男性とセックスする夢をよく見る。

 昨夜も、中学の同窓会で再会したイケメンな元同級生と空想世界でセックスしていた。彼が「あの人気アイドルとセックスできるなんて夢みたいだ」と夢の中で呟いていたのを思い出す。最後、雛子さんの了承もなく突然アナルに入れてきて、それに驚いて目を覚ました。


 そう言えば、確か当時、彼は自分のスマートフォンで行為の様子をハメ撮りしていたはずだが、その動画データはどうなったのだろうか。

 日本には少なくとも、雛子さんが映っているハメ撮り動画の数が20近くある。


 その動画が消去されようが、自慰行為に使われようが、高値で取り引きされようが、勝手にネットへアップロードされようが、異世界にいる自分には最早関係のないことだ。

 今は清太郎君との生活を楽しむことができればそれで問題ない。


「ねえ、これからしない?」

「え、何を?」

「決まっているでしょ? 浮気をしないってことを、行動で示してもらわないと」

「朝食をとったばかりなのに?」

「いいから早くしないと、気が変わっちゃうわよ?」


 日本に住んでいた頃、雛子さんは多くの男性と肉体関係を持っていた。女子の視線を釘付けにするようなイケメン俳優や、始球式で知り合った有名プロ野球選手、IT企業の年収二億円社長など多種多様だ。どれだけの生殖細胞が無駄に死んでいったか、被害を計測するのは難しい。

 彼らの中には雛子さんとの結婚を真剣に考えた者もいて、数億円の天然ダイヤモンドの指輪を差し出し、プロポーズしてきたこともある。一度はそれを受け入れ、生セックスもしたが、いつの間にか婚約関係も精子も消滅していた。


 そんな雛子さんがなぜ、他の男性を捨て、こんな清太郎君と結婚してしまったのか。


 その理由は雛子さん自身も把握していないが、結局は離婚原因によく挙がる「性格の不一致」というところに辿り着く。雛子さんも容姿以外は欠点の多い女性だ。

 さらに雛子さんの独創的な手料理を食べたメジャーリーガーは謎の腹痛で試合を断念し、治まる気配もなく引退した。雛子さん成分を過剰に摂取した男性アイドルは、治まることのない眠気が原因で芸能活動を縮小した。つまりはそういうことだ。


 あの有名俳優や野球選手、大企業の社長までもが愛用(乱用)した雛子さんの生殖器を、今は清太郎君が大切にしている。「あの有名人がこの穴を出入りしたのか」と思うと、どこか感慨深いものである。偉大なる功績の裏で、彼らは着々とトンネル工事を進めていたのだ。


 様々な歴史を持つ雛子トンネル。

 さらなる交通量の拡大を願って、清太郎君は白いペンキで着色した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る