第21話 ハーバーボッシュチート

 前回までのあらすじ。

 今回からタイトルを「ハーバーボッシュチートで異世界革命したらハーレム王になっちゃいました」に変更します。


 ある日、清太郎君が目を覚ますと、隣に金髪碧眼の美少女が横たわっていた。胸元を大きく露出した白いネグリジェが、清太郎君を誘惑してくる。


「おはようございます、ユリウス様」

「ユリウス……?」


 彼女は清太郎君のことを「ユリウス」と呼び、ゆっくりとネグリジェを脱ぎ始めた。

 天蓋付きの豪華なベッドで抱き合う。壁には金色の額縁に飾られた風景画が並び、ラグジュアリィな雰囲気を漂わせていた。


 ここはどこなのか。

 この女性は誰なのか。

 一体、この状況は何なのだろうか。


「ユリウス様の考えた『ハーバー・ボッシュ法』で、この国はとても豊かになりました。ユリウス様には感謝しても感謝しきれません」


 そうだ。

 思い出した。

 僕は異世界転生者だ。


 日本のチッ素肥料工場で過労死した清太郎君は、気付いたら異世界の貴族「ユリウス・ラウゼスクルト」に転生していたのだ。


 貴族の端くれだったユリウスだが、前世の記憶を頼りに「ハーバー・ボッシュ法」で大量のチッ素化合物を作り出し、領地経営したら農業も軍備拡張も上手く進み、その功績が王族にも認められ、何と第一王女と結婚までしてしまった。


 現在、ユリウスと王女は自分たちの豪華な屋敷に住んでいる。


「どうしたのですか、ユリウス様?」

「えっ?」

「『おはよう』のキスをしましょ?」

「ああ。そうだったな」


 ユリウスの隣で、第一王女が微笑んだ。


「ああっ、ユリウス様と王女様がキスしてる!」

「ずるいですぞ! 王女様!」


 すると、ユリウスの幼馴染や王女護衛の女騎士団長が寝室にドタドタと流れ込んでくる。

 彼女たちも、ユリウスの妻だ。

 何と、ここは一夫多妻が認められている世界なのである。


 生物というのは、オスの体格が大きい種類はハーレムを作り、メスが大きい種類はその逆になる傾向がある。ゾウアザラシのオスがハーレムを形成するように、チョウチンアンコウのメスが無数のオスを同化させるように、生物は大きい異性へ群がるのだ。体格がメスよりやや大きいホモ・サピエンスのオスは、ややハーレムを作りたがる性質があるのかもしれない。


 ユリウスもその本能に則り、気に入った女性を集め、思うがままにハーレムを形成することにしたのだ。毎日、色々な角度から「女性」という生物の個体差を楽しめる。これぞ遺伝子多様性。自分と交雑したら、次はどんな個体が誕生するのだろう。


「あららユリウス様、下半身が膨れていらっしゃるわよ」

「これは早く鎮めてあげないと!」

「わ、私も混ぜてください!」


 再び寝室に次々とハーレム構成員が飛び込んでくる。

 ユリウスが壊滅させた盗賊団から解放した美少女奴隷。いつもお世話になっているギルドのエルフ受付嬢。実年齢数百歳だが見た目は少女な吸血鬼。一体、何人いるのかユリウスも把握していない。

 皆、ネグリジェをあちこちに脱ぎ捨て、ユリウスの裸体に抱き付いた。


「そんな骨の浮き出た貧相な胸で奉仕したら、ユリウス様の肌が痛んでしまいますわよ」

「愛さえあれば、胸の大きさなんて関係ないのよ!」

「ユリウス様、次は私が奉仕いたします!」


 彼女たちの性欲は留まるところを知らない。


「よしよし、良い子だ」

「えへへ……ユリウス様ぁ」


 彼女たちの頭を撫でると、子どものように笑う。妻同士の喧嘩も大抵はこれで収まるから管理は楽だ。


 そのとき、急に寝室の外が騒がしくなってきた。何者かがドタドタと走り回り、爆発音まで聞こえる。


「大変です、ユリウス様!」

「何があったんだ!」

「帝国が攻めて参りましたわ!」


 瞬く間に屋敷へ敵兵が侵入し、あちこちに粘着ダイナマイトを投げ込んでくる。


 かつてユリウスが領地の軍備拡張のためにチッ素化合物で作り出した大量のダイナマイト。敵はその製造技術を盗んでいたのである。


 こんなことになるのなら、「ハーバー・ボッシュ法」を披露しなければよかった。

 普通に下っ端貴族として、平和に暮らしていればよかったのだ。


 自分の発明品が自分に刃を向ける瞬間とは、こんなにも背筋が凍るものなのか。と言っても、実際に低温で凍っているわけではなく、緊張で筋肉が硬くなっているだけなのだが。「背筋が凍る」とは、なかなか突飛な比喩をしたものだ。いつか自分もこういう比喩のセンスを手に入れたいと常々考えている。


「ああっ、ユリウス様!」


 寝室に投げ込まれたダイナマイトが、幼馴染の貧相な肉体を木端微塵に吹き飛ばした。


 おおっ。

 彼女の内臓はこうなっていたのか。

 わりと想像の範囲内だ。


 腸が子どもの玩具のように散らかっており、消化途中の食べ物が裂け目から出ていた。


「いやぁァァァ!」


 今度は王女の肉体が木端微塵になり、壁や床に彼女の肉片がベットリと付着した。その模様はまるで現代アートにも見える。転がっている目玉の配置が絶妙だ。


 などと悠長に考えている間にハーレムの面々が次々と死んでいき、残るのはユリウスだけとなった。

 ユリウスの体にも敵の投げたダイナマイトがくっつき、導火線の炎が火薬部分へ近付きつつある。


 その刹那、ユリウスは思い出した。

 自分にとって、大切な人の名前を。


「助けて! 雛子さーん!」


 という夢を、清太郎君は見た。


 目を覚ますと、隣には雛子さんが眠っている。相変わらず節操のない格好で、股を大きく広げていた。

 そんないつもの風景に清太郎君は安堵する。雛子さんの寝顔を見ていたら、こちらまで眠たくなってきた。睡眠時、雛子さんの肌からは睡眠薬となるホルモンが分泌されている。雛子さん成分を一度に大量摂取するのは少々危険だ。


「何だ、夢かぁ……」


 わりと素直な性格ゆえか、突っ込みどころ満載なストーリーや設定であっても清太郎君はなかなか夢だと気付けない。目が覚めてから考えると奇妙な点ばかりなのだが、夢の中では判断能力が一気に失われるのである。


 どうやら、雛子さんが寝返りを打ち、その際に彼女の腕が清太郎君を大きく揺さぶったことで目が覚めたらしい。


 雛子さんは本当に清太郎君を悪夢から助けてくれたのだ。


 やっぱり、僕の妻は雛子さんだけだ。

 彼女以外はあり得ない。


 清太郎君は雛子さんの体に自分を寄せると、再び眠りに入る。清太郎君の中で、勝手に雛子さんへの好感度が上昇したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る