第17話 魔族ごっこ

 前回までのあらすじ。

 清太郎君は雛子さんをハッキングし、ネットワークから重要機密を入手した。


 そもそも、「前回までのあらすじ」とは、この回から読み始めた人や前回の内容がうろ覚えな人のために用意されるものである。


 しかし、よく考えてみてほしい。

 第1話~第16話を飛ばして、いきなり第17話をピンポイントで読む人間などいるのだろうか。


 それに、清太郎君と雛子さんが異世界でしていることと言えば、セックスと駄弁と昼寝くらいなので、特に話の流れは存在しない。前回の内容を一言一句覚えなくとも、何とかなる内容なのだ。「主人公はクローン人間だった」とか「会社の先輩がスライムだった」とか、そういう衝撃的な展開はここまで一切ないため、内容を忘れても逐一読み返す必要もない。


 物語を仕組んだ悪役はいないのだ。

 よかった。


 その夜、夕食を済ませた清太郎君たちは「魔族ごっこ」をした。


 前回、魔族はホモ・サピエンスよりも長くセックスに時間をかけることが判明した。そこには、セックスのために時間的・場所的余裕を確保できるほどのステイタスも重要になってくる。こうして魔族は着々と優秀な個体の遺伝子を残し、強靭な肉体を手に入れたのだ。


 ウェブ小説でそういう種族を見る度に、「ああ、この人の両親は長い時間をかけてセックスしたんだな」ということを感じ取れる、哀愁のような、困惑のような、絶滅が近づいている動物を見るような、ちょっとした人生のスパイスをプラスする情報だ。おそらくコリアンダーくらいには刺激的なスパイスになると思われる。

 馬鹿舌な清太郎君はスパイスの種類をコショウとターメリックくらいしか知らないけれど。


 要するに「魔族ごっこ」とは、「ひたすら長くセックスすること」である。

 清太郎君と雛子さんは宿屋の女将さんの偉業に関心を持ち、本当に直結を継続可能なのか興味が湧いてしまったのだ。


「あの女将さんも、こんなことやったんだね」

「そりゃ、やらないと子どもが産まれないよ」

「そっかそっか。じゃあ清太郎君のご両親も、こんなことやったんだね」

「あんまり想像したくないなぁ。口喧嘩ばかりで、そんなことするほど仲が良かったとも思えないけど」

「もしかして、清太郎君は養子?」

「それも違うと思うけど」

「ま、清太郎君は清太郎君だから、それでいいんだけどね」

「雛子さんのご両親の仲はどうだった?」

「まあまあ良かったと思うよ。誕生日は互いにケーキをプレゼントしてたし。家族の誕生日が楽しみだったなぁ」

「雛子さんはのんびり育てられたんだね」


 最初は意気揚々だった清太郎君と雛子さんだが、徐々に勢いを失った。繋ぎ続けることが退屈になり、大きな欠伸をする。最終的には「自分たちは魔族じゃないのに、こんなチャレンジをすることに何の意味があるのだろう?」と疑問を抱いた。テレビ番組で「一分間にお尻で何本の割箸を折れるか」という世界記録挑戦を見ているような気分になってくる。


 しかし、偶然にも村周辺の気温が低下し、互いの体温が快く感じたため、続けることはあまり苦痛ではなかったが。


「……何か、飽きてきた」

「もう止める?」

「うーん、それも違う気がするのよね」


 結局「魔族ごっこ」は20時間ほどで終了した。疲労を伴った快楽のせいか、中止になった理由は二人ともよく覚えていない。「お腹が空いたから」とも「トイレに行きたくなったから」とも言われているが、正解は「雛子さんが寝落ちして寝返ったから」である。


 こうして清太郎君と雛子さんに「魔族ごっこ」は不可能であることが証明された。


 このように、清太郎君と雛子さんは何か大きな事を成し遂げようとする気は全然ない。「雛子さんが妊娠した」ということもなければ、この失敗が次回の挑戦に活かされることもない。今後はのんびり夫婦の営みを楽しむだけだ。


 話の流れが存在しなければ、カタルシスも存在しない。だから、この話の内容を無理に覚え込む必要もない。


 女神の加護云々でチートスキル云々で、貴族云々の仲間入り云々をして、領地経営云々をする異世界転移者云々は大変だ。そういう流れがあるため、ずっと話を考え続けなければいけない。性格が悪い方向へねじ曲げられた王族や他の貴族と政権争いをするかもしれないし、民主主義国家の侵略を阻止する防衛戦を強いられるかもしれない。


 清太郎君はそういう争い事は苦手だ。底辺からの成り上がりも結構だが、自分のキャパシティを超えた地位まで昇りたくないものだ。

 そういう戦闘指揮や政権争いは、二次元でよく見る「ボードゲームが得意」という特徴を持つ中二病チックなキャラクターに任せておけばいい。

 一応、清太郎君は将棋経験者だが、棒銀しか手法を知らないため、これから「頭脳キャラ」というレッテルを入手するのは無理であろう。


 すでに清太郎君は近所での人間関係とスライム討伐に手一杯であり、「貴族になって新たな出会いや仕事を増やそう」などと冗談でも思わない。


 メダカの生息環境と同じで、清太郎君にとっても流れがない環境の方が暮らしやすい。エアレーションの出力が強すぎると、水流でメダカが弱ってしまうから要注意だ。


 今日も村は平和だった。


 物語を仕組んだ悪役はいないのだ。

 よかった。

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