第14話 ネット不正アクセス
これまでのあらすじ。
清太郎君たちはゴブリン討伐を終えて、自宅へ戻ってきた。
それから人類の進化を目指して、清太郎君は奮闘した。
何を奮闘したか。
それはもちろんセックスである。
浴槽の中でも、寝室に向かう廊下でも、ベッドの上でも、夢の中でも、清太郎君は大いなる希望を忘れない。いつか、人類がテレパシーを使える日がやってくる。人類が無駄な争いを止め、外宇宙に存在する知的生命体への接触に向けて本格的に活動する日も近いはずだ。
そのために、自分の希望を子孫に託さなければいけない。清太郎君は太く立派な軌道エレベーターを雛子さんの暗い宇宙に差し込み、数億個の観測機を送り込んだつもりだ。やがて観測機は生命の存在する惑星に辿り着き、清太郎君たちに革新をもたらすだろう。
とんでもない下ネタだ。
清太郎君は観測機の射出作業に疲れて気絶するように眠り込んだ。翌朝になって起きてみると、まだ雛子さんはベッドでぐっすり眠っていた。観測機の中継基地も大変な作業に追われているらしい。
「おはようございます、雛子さん」
「……」
「ああ、これは昼まで眠るパターンだな」と清太郎君は悟った。
稀に、雛子さんは夜中の睡眠を昼寝と合体させることがある。セックス後で疲れている場合などに発生しやすい現象であることは確認されているのだが、何がトリガーとなるのかは実のところ清太郎君は分かっていない。
仕方ないので清太郎君は一人で朝食を済ませ、ついでに雛子さん用にも朝食をダイニングテーブルの上に置いておく。雛子さんへの朝食の準備を怠ると、夫婦間に亀裂が入るほどの喧嘩に発展することがある。「どうして自分だけ食べるのよ! 信じられない!」と怒鳴り、ベッドで不貞寝する。
やはり、睡眠は雛子さんのストレス解消方法になっているらしく、目を覚ますと喧嘩のことなどすっかり忘れ、笑顔で許してくれる。
人間にとって、睡眠は重要なのだ。
こうして夫婦はほぼ自給自足の生活ながらも、好きなだけ昼寝できる環境を手に入れましたとさ。めでたしめでたし。
しかし、腹は減る。
清太郎君は近くの森に、食材を探しに出かけた。
たまには、山菜なんかも食べてみたい。最近は食事の栄養バランスが心配だ。
生きているうちに色々なことに挑戦しておきたい清太郎君は、この世界における珍味を求めて森を探し歩く。
尤も、モンスターとの戦闘は恐いので、あまり森の奥地までは入らないが。せいぜい、道によって森がエッジ効果を受ける範囲内である。
今回の話は、そんな清太郎君が村に帰る途中で起きたことについてだ。
「すいません、そこのお方」
清太郎君は道ですれ違った少女から声をかけられたような気がした。
実際、その通りなのだが、口下手な清太郎君は他人からの呼びかけにあまり応じたくない。
清太郎君は周囲を見渡し、他に誰かいないか探った。しかし、ここにいるのは清太郎君と、声の主らしき少女だけ。誰がどう見ても清太郎君に話しかけているのは明らかで、彼は少女から逃げる術を失った。
「あの、すいません」
「ど、どうしましたか?」
清太郎君に近寄ってきたのは、銀髪の少女。片目が髪で隠れており、シンメトリーを崩している。大きな瞳を持つ、フランス人形のように可愛らしい美少女だ。清太郎君自身はフランス人形を「可愛い」と思ったことはないけれど。
大抵、「人間に似せて作られた物体」というのは恐い。マネキンや人形、人体模型など、よく怪談で使われる。
清太郎君は小学校からの帰宅中、二宮金次郎の石像に追いかけられたことがあり、そんな経験からか、彼は身の周りに「人間っぽい物体」を置かないよう注意を払っている。デパートで買い物をするときも、マネキンの動きに目が離せない。その話を雛子さんは大笑いして信じないが。
「この近くの村に行きたいのですが、道を知りませんか?」
「道に迷ったのですか?」
「はい。そうなんですよ」
どうやら、彼女は清太郎君の住んでいる村へ向かいたいらしい。
清太郎君も村に戻る予定だ。普通に今後の展開を考えれば、「清太郎君は彼女を村に連れ帰る」となるだろう。
しかし、清太郎君は気付いた。
彼女の瞳孔が、十字形をしていることに。
彼女が清太郎君と同じホモ・サピエンスではないのは明らかだ。エルフでもドワーフでもない。清太郎君にとって未知の種族。
ギルド集会所近辺でも見かけたことはない。アルビノメダカと同じくらいには珍しい種族なのかもしれない。大量繁殖させてしまえば珍しくはなくなるけれど。
そもそも、繁殖が難しい性質があるからこそ、個体数が少なく、珍しくなるのであり、もしかしたら、この少女も繁殖が難しい種族である可能性が存在する。
一体、繁殖が難しくなる理由とは何だろう。
「あの、私の顔に何か付いてますか?」
「いえ、何でもないです」
彼女の人間味を感じさせないほど異様に白い肌が気になる。
実はこの娘、獰猛なモンスターが化けているのではないだろうか。
ここは異世界。何が起きても不思議ではない。サキュバスのように変身能力を持つ生物も存在するらしい。
このように、妙に色々と勘繰ってしまうのが、清太郎君の悪いところだ。口下手な清太郎君は、勝手に相手の心情を推測してしまうのである。
テレビドラマを鑑賞するときも、主人公に好意的な登場人物には必ず警戒する。「この優しさには何か裏があるのではないのか」と。
恐い人は、より恐く。優しい人は優しい分だけ裏を想像させ恐くなる。とにかく人が恐くて、ドラマ中の恋愛や人情を楽しめた試しがない。世間の人々は、一体何が面白くてテレビドラマなんて視聴するのだろう。すでに現実世界で人間関係に疲れきっている清太郎君は、テレビドラマに没入してまで新たに疲労を得ようとは思わない。
「あっ」
「どうしました?」
「いえ、ちょっと昔のことが脳裏に浮かんだだけです」
そう。清太郎君は少年の頃に読んだハードSF漫画を思い出した。
人間に化けた殺戮者が集落に侵入し、何でも貫通する光線で集落全体を内側から破壊したのである。劇場版アニメでも同じことが行われ、ナンテンの白い花の如く住民の命がパラパラと一瞬にして散っていった。ナンテンの花は小さく大量にあちこちに散らばるため、掃除が大変だ。
もしかしたら、この少女もその類かもしれない。腕から構成体を射出し、人々を自分と同じ化け物に変える。
清太郎君は少女から一歩下がった。
彼女の装備は、ライトアーマー。複数の短剣がベルトに巻き付けられている。大量殺戮ができるような武器ではないが、本当に彼女を自分の村に連れ帰って大丈夫だろうか。
突然、右腕が巨大な重火器に変形したり、蝶のような羽が生えたりしないだろうか。
清太郎君は逡巡とした。
果たして、清太郎君の運命や如何に。
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