第13話 腹から声を出す

 前回の続きだ。

 清太郎君たちは、無事にゴブリン討伐から戻り、お風呂に入りましたとさ。狭い浴槽に身体を重ねるように並べ、なるべく効率よく自分を温める。


 入浴中の話題は、清太郎君の生い立ちへと移った。

 清太郎君があまり自分から喋ろうとしない話題ではあるが、雛子さんは彼の過去に興味津々である。一体、何が清太郎君をこんな変態へ仕上げてしまったのか。


「僕ってさぁ、昔っから声があんまり出ないんだよね」


 高校生時代の体育祭のことである。(唐突な場面転換)


 テントで他のクラスメイトの競技を見守っているとき、清太郎君はクラスの応援団長から「おい、清太郎! もっと腹から声を出せ!」と言われた。


 腹から声を出す?


 清太郎君は首を傾げた。

 一体、この団長は何を言っているのか。


 普通、声は喉の声帯から出るはずだ。


 腹から声が出るなんて、肛門から子どもが産まれるくらい奇妙な話である。

 そんな馬鹿な。

「もしかしたら皆、腹部に声帯があるのかな」と清太郎君は思った。今まで自分が習ってきた人体に関する知識を根本から否定する発言。清太郎君だけが知らない、クラスメイトの暗黙の了解。子どもは肛門から産まれるのだ。


 清太郎君は応援団長の言葉が気になり、その後の自分が出場する競技に身が入らなかった。清太郎君はチームの足を大いに引っ張り、体育祭は敗北したのである。しばらく、クラスメイトからバッシングを浴び続けた。そのバッシングすらも、清太郎君の脳内には届かなかったが。


「後々判明したんだけど、『腹から声を出す』という言葉を解釈すると、『腹式呼吸で息を吐くと同時に声を出す』ってなるらしいね」

「清太郎君はずっとそれが分からなかったの?」

「普段、大声を出す場面なんて、僕にはないからね。実践する状況が来ないんだよ」

「そうだね。清太郎君が怒鳴ってるとこなんて見たことない」


 昔、清太郎君は試しに誰もいない河原で腹式呼吸で声を出してみたのだが、最大声量は0.01デシベルも変わらなかった気がする。無駄に喉が乾いて、嗚咽しただけだった。


 果たして、腹式呼吸での発声とは、清太郎君にとって効果があるものなのか。これまでの人生で、清太郎君は「腹から声を出す」という感覚をあまり理解できたことはない。


「どうして清太郎君って、そんなに特殊になっちゃったのよ?」

「多分、大声を出しづらい体質だからじゃないかな。子どもの頃に喉を手術してから、あんまり他人と関わらなくなった気がする」


 清太郎君の内向的な性格に起因するのは、やはり当時の手術が挙げられる。

 大声を出しづらくなり、長時間喋り続けるのが難しくなった。声を出すのは面倒くさい。


 大声で喋り続けるおばさんや、テレビショッピングで饒舌多弁に宣伝を行う広報者など、清太郎君から見れば化け物である。清太郎君はそういう人間との関わりを極力避けて生活してきた。


 清太郎君は大学生のとき、同期生から誘われて大勢の食事会に参加したにも関わらず、清太郎君に会話が振られることもなく、自分から一言も発することなく、食事会が終了した、という逸話もあるほどだ。

 一体、清太郎君は何のために誘われたのか。

 大学七不思議の一つである。


「皆、テレパシーで会話できたらいいのに」と、清太郎君はさらなる人類の進化を願っている。

 人類がしてきた失敗の多くは、周囲との意思疎通が不充分だったことによって発生したと、清太郎君は考えている。皆が他人の心情や背景を全て理解できたら、人間同士の争いは大きく減るはずだ。


 このように、音声によるコミュニケーションが少なくなる一方、研究心や知識欲は著しく上昇し、清太郎君を変態へと突き進めた。新たな世界を創出するため、無駄な研究を試行錯誤するのである。


「へー……もし、喉の手術をしてなかったら、私と結婚してなかったかもね」

「その可能性は十分ありえるね」

「手術が清太郎君の人生最大のターニングポイントだったんだね」

「手術は小学生のときだし、ターニングするほど人生を歩んでない気もするけど」


 雛子さんはニコニコしながら、清太郎君の喉元をくすぐってくる。

 狭い湯船の中では逃げ場がない。清太郎君は雛子さんの手を受け入れるしかなかった。

 清太郎君は反撃として、今度は雛子さんの脇に手を伸ばす。いつも手入れされている脇に、毛は生えていない。いつ手入れしているのだろう、と清太郎君は感心している。

 互いに弱い部分は分かっている。敏感な箇所をくすぐり続け、浴槽の中で大きな波が発生した。


「あははははっ!」

「……」


 バシャビシャと風呂の湯が逃げていく。


 人類がテレパシーを行えるよう、進化を急速に早めなければ。

 テレパシーが使えなければ、人類は醜い争いを続け、いつかは滅んでしまうだろう。現在、人類は大いなる岐路に立たされているのだ。

 そんな硬派宇宙ロボットアニメに登場する年老いた悪役のような戯言を頭の中で呟きながら、清太郎君は雛子さんを浴槽の中で抱える。


 人類を次のステージへ進化させるためには、今の世代が次々と子孫を残さないといけない。

 その第一歩を踏み出すのは、自分たちだ。


 テレパシーが使える新人類を目指して、今日も夫婦は夜の営みを続けるのである。

 決して、全てが性欲に負けているわけではない。

 清太郎君は今のセックスに大いなる希望を抱いているのだ。

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