第10話 元気な男の子ですよ

 ここで、唐突ではあるが、前回までのあらすじを述べておく。


 清太郎君と雛子さんの夫婦はベテラン冒険者パーティに誘われてゴブリン討伐に参加した。

 以上。


「普段はスライム討伐ばかりしているのにゴブリン退治に行くなんて、オッドアイのメダカと同じくらい珍しい!」と思ったが、実はここまでスライムを討伐している描写が一つもない。

 きっと、これからもスライムを倒す場面は出ない。ご容赦。


 続いては、ゴブリン討伐からギルド集会所へ戻る途中で起きた出来事を説明していく。

 まだゴブリン討伐の話で引っ張るのか。スライム退治はどうしたのだ。


 無事にゴブリンの巣を掃討し、緊張感から解放された清太郎君は馬車の中で羽を伸ばしていた。実際に羽なんて無いけれど。

 馬車のフレームに寄りかかって、流れる景色を眺める。一瞬も戦闘に参加していない清太郎君だが、体は酷く疲労を蓄えていた。見知らぬ人と長時間活動したせいかもしれない。


 ふと横を見ると、雛子さんは清太郎君の隣で昼寝をしていた。すやすやと寝息を立て、清太郎君の眠気も誘う。


 穏やかな時間。

 小さな戦争は終わったのだ。


 そんなことを思ったときだった。


「っあああああああーっ!」


 突然、馬車の床に横たわっていた新米格闘家ちゃんが叫び出した。


 どうしたのだ、格闘家ちゃん。

 普段、鈍感な清太郎君も、これには心臓が止まりそうになった。実際、悪条件が重ならない限り、驚いた程度では心臓は止まらないけれど。


「な、何?」


 騒然とする馬車の中。清太郎君たちの視線が、彼女に集中する。格闘家ちゃんは細くなった腕で丸く出っ張った腹部を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。


 すかさずエルフのお姉さんは格闘家ちゃんに近寄り、彼女の容態を確認する。


「清太郎さん、この人の足を押さえてください!」

「えっ?」

「もうすぐ、ゴブリンの子どもが産まれます!」


 清太郎君が格闘家ちゃんを横穴から運び出すとき、やや彼女の腹部が膨らんでいることには気付いていた。「もしかして、ゴブリンが子宮に潜んでいるのか」とは思ったが、出産のタイミングが今来てしまうなんて驚きだ。


 格闘家ちゃんがゴブリン討伐に向かってから、僅か半月ほど。

 こんなに早いペースでゴブリンは増えてしまうのか。


 あれやこれやと清太郎君が動揺していた間に、格闘家ちゃんの股間からすでにゴブリンの頭頂部が見え始めていた。


「頭部が見えてきましたよ!」

「アアアーッ!」

「もう少し頭が出たら、後はこちらで引き抜きます! あなたは頑張って押し出してください!」

「アアアアアアーッ!」


 体の奥から押し出され、ゆっくりとゴブリンの顔が清太郎君の前に現れる。

 それをエルフのお姉さんが強引に引っ張り、ゴブリンの全身がズルズルと抜けた。飛び散る血液と羊水。馬車の中は、異様な匂いで包まれた。


 おおおっ!

 すごいっ!


 生で見る生命誕生の瞬間に、清太郎君は大いに感動していた。

 普段、清太郎君は恋愛映画やドラマを鑑賞しても滅多に感動することはない。しかし、このとき、清太郎君の魂は一生に一度あるかないか程に爆発していた。

 格闘家ちゃんに拍手を送りたい気分になったが、さすがにそれは不謹慎だと思って止めた。


 格闘家ちゃんと新生ゴブリンの放つ命の輝きたるや超新星の如く凄まじく、格闘家ちゃんは赤き太陽、新生ゴブリンは陽光によって作り出された地球の大自然のようだ、と清太郎君は形容する。最早、清太郎君本人にも意味不明であった。


 新米格闘家ちゃんには「悪いなぁ」と思いつつも、彼女の胎内から現れた緑色の小さな赤子に清太郎君の視線は釘付けとなった。

 新生ゴブリンの体は血まみれで、まだ臍の緒が付いている。


 やはり、人間とゴブリンが交配しても、産まれてくるのはゴブリン。口から覗く牙や、深緑色の肌が、それを証明している。


 不思議だ。

 遥か昔から人間の遺伝子を取り込んでいるのに、なぜゴブリンはずっとゴブリンのままなのだろうか。彼らは皆、ゴブリンと人間のミックスであるはずなのだが、オスの形質が強すぎる。


 いや、そのミックスこそゴブリンなのだ。彼らは人間の遺伝子を取り入れることによって、自分たちの遺伝子を成り立たせる。

 地球にはそんな生活サイクルを送る生命体は存在しない。そのせいか、今この瞬間がとても奇異に見えた。


 ゴブリンの群れの中でも体格や毛量に違いがあることから、彼らは遺伝子の多様性を持っているはずだ。

 形質の違いは、女性側の遺伝子に由来するものなのかもしれない。


 清太郎君はそんな予想を立てながら、「ギィギィ」と鳴き声を上げるゴブリンを見つめた。


「そのゴブリン、どうするんですか?」

「こうします」


 すると、エルフのお姉さんは素手で新生ゴブリンの首をねじ折り、それを馬車から草原に向けてポイと投げ捨てた。実にワイルドだ。


「ゴブリンに情けは要りません」


 すぐに殺処分するのは少し惜しい気もしたが、これで良いのだ。一つ、未来への不安が減った。さらば、格闘家ちゃんの肉体から流れ出た栄養と卵子よ。


「いゃぁ、何か、すごい場面を見ちゃったね」

「そうだね」


 清太郎君たちの前で、大きく股を開いた格闘家ちゃん。限界まで広がった産道からは、羊水とともに血が流れている。現場はカオス。

 エルフのお姉さんは何やら魔法を詠唱し、格闘家ちゃんの治療に取り掛かった。格闘家ちゃんは大粒の涙をポロポロとこぼし、毛布を抱えて蹲る。清太郎君と雛子さんは、そんな彼女を隣で眺めていた。


 数日前に、ギルド集会所で出会った純真無垢な黒髪美少女の格闘家ちゃんは、モンスターの手強さを知る悲劇のヒロインへ変化したのだ。


「何か、予想以上に大変だったね」

「そうだね」

「この子、また元気になってくれるといいね」

「そうだね」

「この子に優しくしてあげようね」

「そうだね」


 雛子さんは格闘家ちゃんの黒髪をふんわりと撫でた。


 清太郎君と雛子さんは、これからの格闘家ちゃんの人生を心の中で応援している。


 頑張れ、格闘家ちゃん。

 この乱世を生き抜くのだ。

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