第9話 正解はタピオカ黒糖ラテ
ゴブリンたちは人間から奪った縄や金具を器用に組み合わせ、女性たちを閉じ込める拘束具を作成していた。これによって女性たちは壁や地面に縛り付けられ、ゴブリンたちの犯しやすい体勢で固められている。
清太郎君はその拘束具の構造を松明の灯りで確認し、破壊する箇所を決めていく。
「この拘束具、なかなか器用にできていますね」
「彼らはなかなか賢いですから」
カラスが人工物を使って巣を作るようなものだろうか。ゴブリンのコミュニティや生息環境によって、道具の材料や作りに違いがあるのかもしれない。チンパンジーの群れごとに、道具の使い方に違いがあるように。
清太郎君はゴブリンたちの使っていた道具を拾い上げながら、そんなことを思った。
清太郎君は短剣で縄を切り、女性たちを一人ずつ解放していく。皆、ぐったりとしていて、救援が来たことを認識できていないのか、無表情のまま地面へ転がった。
「あれ……?」
「どうかしましたか、清太郎さん?」
「この人、例の新人冒険者ですよ」
彼女たちの顔を確認していくと、行方不明中だった例の新米冒険者パーティの中にいた新米格闘家ちゃんらしき人物がいた。ギルド集会所で出会った当時の笑顔は完全に消え、生気の無い瞳が天井を見つめる。全くの別人のようだった。
まさか一発目の依頼からこんな目に遭うとは、彼女は考えもしなかっただろう。
「ねぇ、君と一緒にいた他のメンバーはどうしたの?」
「……」
新米格闘家ちゃんは発見できたが、他の三人は見当たらない。
食料として生きたまま拘束されていた人々も発見したが、そこにも見えない。
恐らく、横穴の奥に高く積まれている骨や、天井から吊るされている肉のどれかが、彼女の仲間だったのだろう。原形を留めていない死体の身元を割り出すのは、困難を極める。
「うーん。これが僧侶だった子かなぁ?」
頭蓋骨に僅かに残っている髪の毛や、近くに落ちている冒険者のタグから判断するしかない。部位ごとに切り分けされている肉に残っていた、指輪などの装備品。魔術師君がこんなものを身に着けていた記憶がぼんやり残っている。彼の胴体はすでに食われたようだ。
ここのように大規模な群れでは、食料のローリングストックの回転が激しいのだろう。
清太郎君は大学生の頃に鑑賞した、食人族のホラー映画を思い出した。アマゾンで小型飛行機が墜落するやつだ。
こんな状況ではあるが、映画の中と同じシチュエーションであることに、清太郎君は少し感動している。
清太郎君と雛子さんには、ややサイコパス要素が含まれます。この先の展開にご注意ください。こんな警告、今更のような気もするが。
ここで、清太郎君の頭の中には、様々な疑問が浮かんでくる。
一体、なぜ僧侶ちゃんは食べられ、格闘家ちゃんは拘束されたのか。
その違いはどこにあったのだろうか。人間を犯すことでしか子孫を残せないゴブリンが、貴重なメスを殺してしまうのか。
ゴブリンは僧侶ちゃんを戦闘中にうっかり殺してしまったか。それとも、僧侶ちゃんが自刃したのか。その詳細は分からないが。
実は、ゴブリンたちに、メスを選ぶ基準や法則性が存在するのかもしれない。それに従った結果、格闘家ちゃんと僧侶ちゃんの運命が分かれた可能性がある。
清太郎君は様々な仮説を立て、他に捕まっていた女性たちの特徴を脳内に書き記していく。
それから、清太郎君たちは女性たちを抱え上げ、馬車に乗せた。彼女たちの顔色を見て分かるとおり、栄養状態は悪そうだ。
「皆、ぐったりしてますね」
「ゴブリンの子どもを孕んでいると胎児に栄養を奪われますし、食料用の人々も必要最低限の栄養しか与えられませんから」
そのとき、救出された少女が清太郎君たちへ顔を上げた。かなり胸元が痩せており、あまり食料が与えられていなかったことは容易に想像できる。
「な、何か……水と食べ物をください」
「ほーら、沢山サンドイッチを買っておいたのよ。たーんとお食べ」
雛子さんは鞄からサンドイッチの入った包みを取り出した。こっそり、ギルド集会所近くの市場で大量に購入しておいたらしい。
しかし、清太郎君は雛子さんの手を掴み、食事を与えることを止めさせる。
「雛子さん……長期間飢餓状態に置かれていた人間に、いきなり沢山の食べ物を与えてはいけないよ」
「え、何で?」
「『リフィーディング症候群』を引き起こしてしまうからね」
「何よそれ」
「急激に体内に栄養が沢山入ることで引き起こす代謝合併症のことだね。昔、豊臣秀吉も『兵糧攻め』を行った後に大量の飯を人々に食べさせて、多くの人が死んだらしいよ」
昔、清太郎君は異世界転移系ネット小説で、「主人公の住んでいた日本から、大量の穀物を飢餓状態の異世界農村へ持ち込む」という描写を見たことがある。
リフィーディング症候群が頭に浮かんだ清太郎君は「ああ、やはり先住民は皆殺しにされる運命なのだな」と悟った。
鉄砲に撃たれるインディアンのような、エイリアンに骨ごと消されるモブ兵士のような、ブラックバスに食べられるメダカのような、つまり、そういうことである。
しかし、その作品ではリフィーディング症候群が起こる気配はなく、主人公は「村を救った神様」と崇められた。「やれやれ、これだから『なろう系』は」と、ブラウザを閉じた記憶がある。不思議な力を手に入れ、見知らぬ世界へ飛び込む――その結果、童話「人魚姫」のような悲劇が起こるくらい普通であろう。
清太郎君はなかなかヘビィな展開を望んでいるのだ。
雛子さんは清太郎君のアドバイスを受け、捕まっていた女性たちにサンドイッチをナイフで小分けにして与え始めた。
「へぇー……秀吉は『飯を沢山食べさせたら死ぬ』ってことを分かっていたのかな」
「さぁ……それは何とも言えないね。元々敵だった人間にわざわざ大量の飯を用意するのは怪しいと思うけど」
「でも、空腹なときに食べるご飯って、絶対に美味しいと思うんだよね」
「それはそうだけどさ」
雛子さんは人一倍、食い意地が張っている。
そのおかげで、胸の豊満なヨークサック(魚類的比喩)を維持しているのかもしれないが。
何度か、清太郎君は雛子さんのインスタグラムを拝見したことがある。そこには雛子さんがカフェやレストランで食べた料理について載っているのだが、どれも完食後に撮影された空の器の写真ばかり。微量のソースだけが残っている。
ソースだけでは美味しさは伝わらないぞ。
きっと、雛子さんは空腹のあまり、出されてきた料理へすぐに飛び付き、料理を撮影することを忘れてしまったのだろう。インスタ映えよりも食欲を優先させるあたり、非常に動物的で、清太郎君の中での好感度が高い。
中でも、清太郎君が一番気になった投稿がある。「ふー、美味しかった♥」という文章に添付されていた写真。透明なカップのゴミだけが写っている。
一体、雛子さんは何を口へ入れたのか。
カップには何が入っていたのか。
この写真は、ファンの間で議論を呼んでいる。
肝心の雛子さんは当時の記憶を脳内メモリから消去しており、本人は一切把握していない。車内で撮影されており、どこの店で飲んだのかも不明だ。ちなみに清太郎君は「カップには、タピオカミルクティーが入っていた」と予想している。
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