第8話 建築系バトルロイヤル

 清太郎君たちが馬車に乗ってゴブリン討伐に向かう途中、気まずい空間が続いていた。

 数人が乗る狭い馬車の中は、口下手な清太郎君にとって地獄である。


 雛子さんはエルフのお姉さんと喋り、楽しそうにしている。「家族はいるんですかー」とか「長寿の秘訣は何ですかー」とか「美容の秘訣は何ですかー」とか。

 エルフのお姉さんは、このメンバーの中では一番の高齢者。それでいて若々しく、美貌を兼ね備えている。雛子さんはその凄まじいアンチエイジングを、自分にも取り入れたいのだろうか。雛子さんによる美への追求は留まるところを知らない。


 一方、口下手な清太郎君は馬車の隅に縮こまり、一言も発することなく目的地に到着するまでの時間を耐えていた。時折、鉄兜の内側から他の面子の表情を窺いつつ、視線が交わる前に視線を逸らす。


 こういうときは、景色でも見よう。


 人生最大の話し相手である雛子さんをエルフのお姉さんに奪われてしまった清太郎君は、何もすることがないので馬車の外を流れていく景色を眺め始めた。高校生活における、清太郎君流の休み時間の過ごし方だ。

 現代日本でそういう過ごし方をしていると孤独感が浮き立つが、このモンスターだらけの世界では「索敵」という大きな意味を持つため、孤独感が薄れるのだ。よりクールなキャラを演じることが可能になり、清太郎君は大いに助かっている。


 この地域は地殻変動が頻繁に起こっていたのだろうか。崖が多く、モンスターが潜んでいそうな横穴がチラホラ見える。きっと、清太郎君のまだ見ぬモンスターが多数生息しているのだろう。

 この世界の生態系について興味はあるが、危険を冒してまで調査はしたくない。


 ちなみに、天気は良くない。

 アニメなら、これから死人が出そうな雰囲気である。本当に大丈夫か。

 普段、清太郎君は雨が好きだ。全ての生命に水を恵む雨。しかし、こういうときだけ無性に天気が気になる。


「ここから先が、ゴブリンの巣穴がある森林です」


 いよいよ、ゴブリンとの戦闘が始まる。


 清太郎君たちは馬車から降りると、荷物をまとめて目的地へ向かった。


「ここです」


 エルフのお姉さんは、崖にポッかり開いた横穴を指差した。穴の入り口には、人間の骨らしきものが積み上げられ、何らかのオブジェクトが形成されている。あれはゴブリン同士の間で表札的な意味があるのかもしれない。


「おおっ、いきなりグロテスクだね」

「そうだね」


 地面には無数の小さな足跡を確認できた。確実にゴブリンたちは横穴を出入りしている。

 指の数は五本。ほぼホモ・サピエンスと変わらない足の形をしている。これはゴブリンが人間の女性を犯し、彼らが人間の遺伝子を取り込んでいるせいかもしれない。


「それでは、進みましょう」


 エルフのお姉さん率いるベテラン冒険者パーティは横穴へ進んでいき、清太郎君たちは足音を立てぬよう彼らの背中を幽霊の如く追っていく。「幽霊が足音を立てるか」なんて知らないが。


「ヤツらがいました」

「ええっ、大丈夫ですか?」

「清太郎さんたちは少し後退してください」

「は、はい」


 エルフのお姉さんに言われ、清太郎君たちは彼らから距離を取る。戦闘に巻き込まれにくく、戦場全体を眺められる位置。

 清太郎君はそういうポジションにいるのが得意である。高校の授業でバスケやサッカーをしたときも、清太郎君はコートの隅で密かに試合時間が経過するのを待っていた。時折、清太郎君は少しずつ動き、コートの横で生徒を見守っている教師へ向けて「戦いに参加している雰囲気」は出しておく。完璧な単位泥棒である。


「それでは、始めます!」


 ついに、エルフのお姉さんたちが本格的な戦闘を始める。光魔法でも使ったのだろうか、横穴の奥が白くピカピカと光り、ゴブリンたちの断末魔の悲鳴が聞こえる。


 清太郎君たちは遠くから戦況を見守っていたのだが、正直、何が起きているのかよく分からなかった。

 エルフのお姉さんたちの動きが速すぎる。「魔法を使った」とか「剣を振った」とか、動作の概要は察することができるが、それを清太郎君が認識できるのは数秒後だ。


 こんな感覚を、清太郎君は前にも味わったことがある。


 現代日本で暮らしていたとき、清太郎君は試しに無料でダウンロードした「バトルロイヤル」ゲームをプレイした。

 しかし、何をやっても最終的な勝者にはなれず、清太郎君は上級者がネットに上げている動画を見て勉強することにしたのだ。ところが、その投稿者の指の動きが速すぎて清太郎君は真似できず、「ああ、これは無理だな」と悟った清太郎君は、そのゲームをアンインストールした。清太郎君はそのゲームに課金しているプレイヤーの気が知れなかった。


 動作の一つ一つは理解できる。

 しかし、清太郎君にはそれを一瞬にして繰り出す反射神経が備わっていなかったのである。


 清太郎君は「バトルロイヤル」で確実に2位には入っていたのだが、それは戦闘を極力避けて隠れているためであり、勝負に強いからではない。結局、清太郎君は一発も敵に当てられずに終了し、試合の勝者にオブラート並みに薄い達成感を与えるのだ。


 気配を消す才能はネットの世界でも発揮する。

 それは、異世界にいる今でも変わらない。


 清太郎君は「エルフのお姉さんたちのように戦うことは無理だな」と諦め、ひたすら後方で息を殺し、戦闘が終わるのを待っていた。ゴブリンからの不意打ちを食らわぬよう、後方をときどき振り返りつつ、念のため手元に短剣を用意しておく。


「エルフのお姉さん、強いね」

「そうだね」

「私たちもあれくらい強かったらなぁ……」

「そうだね」

「……あ、ゴブリンを全部倒したみたいだね」

「そうだね」


 結局、清太郎君たちがゴブリンに一発も攻撃を加えることのないまま、エルフのお姉さんは横穴を制圧したのである。

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