第7話 武具屋での買い物

「じゃあ、少し街で準備を整えてきます」

「承知しました」


 エルフのお姉さんからの依頼を受けた後、清太郎君は久し振りに武具屋へ向かった。ギルドに所属する冒険者がよく使う店で、武具の販売・修理・買い取りなどを行っている。


 そこのドワーフの店長がやたらとプライベートな話題を振ってくるので、「二度と入店したくないなぁ」と感じた記憶がある。エルフのお姉さんと同じく、こちらも口下手な清太郎君の天敵だ。


 弱いスライムしか討伐しない清太郎君は、滅多にその店へ入ることはない。武器が壊されるほどの強敵と戦うこともなければ、アーマーが傷付くほどのダメージを受けることもないからである。


「お邪魔します」

「いらっしゃい。この店は初めてかい?」

「前に一度。数カ月前に来ました」


 清太郎君は店内の壁際に陳列されている武具をじっくりと一つずつ眺め、値札に書かれている価格を確認していく。


 清太郎君は、基本的に心配症で、慎重に行動する。テレビゲームなら、ボス戦の前にプレイ時間がどれだけかかっても拠点まで引き返し、武具の強化と経験値集めを行うタイプだ。

 ストーリーが進んでいないのに、レベルや能力値が異様に高いのはそのせいだ。早めに鍛えているおかげでボス戦自体は楽に終わるのだが、発売当日に買ったゲームソフトを毎日一時間ほどプレイしても、メインストーリーをクリアするのは10カ月後くらいになる。横道に逸れすぎだ。

 ちなみに、清太郎君の好きなゲームジャンルはRPG。できるだけ、マルチプレイ要素の排除されているゲームを好む。清太郎君はネットの世界でも口下手を発揮するため、フレンドが一人もいないのだ。


 話を戻そう。

 普段、極力危険なモンスターと対峙するような依頼は避け、弱いスライムを討伐する依頼ばかり受けている清太郎君。

 しかし今回、清太郎が向かうのは、ゴブリンが多く集う危険地帯。腕の立つ冒険者が前線に立ってくれるとはいえ、万が一のことを考えると不安が残る。


「これ、ください」

「えっ、これを買うのかい?」


 ゴブリンから不意打ちを食らうことを心配した清太郎君は、頭をすっぽり覆える鉄兜を購入した。やや錆の付いた中古品の安物である。視界と通気性は悪くなるが、死ぬよりはマシだ。ずっと店の奥に売れ残っていたのか、少し埃を被っていて、黴臭い。それでも格安なのは魅力的だ。


 そんな鉄兜を被る清太郎君を、店主は訝しげな視線で眺めていた。これまで誰も買わなかったゴミ同然の鉄兜を、なぜこの男は被るのか。


「ありがとうございました」

「ま、まいどあり……」


 武具屋を出た清太郎君は、鉄兜を被ったまま雛子さんとエルフのお姉さんが待つギルドへ戻ってきた。


「どう? これ?」

「プッ……ダっさ」


 鉄兜を被った清太郎君を見て、雛子さんは失笑した。

 清太郎君は真面目に被っているのに、笑ってしまっては失礼だ。しかし、ハロウィンパーティで仮装に失敗した若者のような姿が、雛子さんのツボを刺激したのだ。


 普段の清太郎君は鉄兜など被るようなキャラではない。とことん労力を省くために、重い装備は最低限にしている。

 いつもふらふら歩く清太郎君が、鉄兜を被ってさらに歩き方がふらふらになっている。そんな様子が、酷くおかしかった。


「いやいや、雛子さん。これはね、『フェイルセーフ』の観点から見て大事なことなんだよ」


 鉄兜を被ったまま、清太郎君は説明する。鉄兜に口が塞がれているため、声がこもっており、聞き取りづらい。「まだ戦場じゃないのだから、鉄兜を脱げばいいのに」と思いつつも、雛子さんは清太郎君の言葉に聴覚を研ぎ澄ませる。


「何よ、『フェイルセーフ』って?」

「失敗したときのダメージを軽減する措置だよ。工事現場とか発電所とか、危険な場所でよく使われるんだ。どれだけ注意しても、いつかは失敗が発生する。そういうとき、どれだけ被害を食い止めるのかが大事になるんだ。僕がこの鉄兜を被ることで、万が一ゴブリンが接近しても、急所を守ることができる」

「ほぇー……」


 兜の中に声が篭って説明があまり聞こえなかったが、雛子さんは適当に頷いた。


「嘘、ごめん。本当はあんまり聞こえなかった」

「えぇ……」

「兜を脱いで、もう一度説明してくれない?」

「つまり……『フェイルセーフ』とは、失敗したときのダメージを軽減する措置だよ。工事現場とか発電所とか、危険な場所でよく使われるんだ。どれだけ注意しても、いつかは失敗が発生する。そういうとき、どれだけ被害を食い止めるのかが大事になるんだ。僕がこの鉄兜を被ることで、万が一ゴブリンが接近しても、急所を守ることができる」


 仕方ないので、清太郎君はもう一度説明した。

 こんなしょうもない方法で文字数を稼ぐな。


「よくSF映画とかで、『敵の宇宙戦艦に乗り込んで動力コアを破壊する』みたいなシチュエーションがあるだろう?」

「何とかウォーズとか? インディペンデンス何とか、みたいな?」

「コアを破壊されただけで全部吹き飛ぶなんて、船の安全設計やシステムが未熟すぎると思うんだよ。もっと悪役は『フェイルセーフ』について考え直した方が良いと思うな僕は」

「ほぇー……」


 このように、清太郎君は雛子さんが自分の話を聞いていなくても、あまり怒らない。そもそも清太郎君の話は専門的で難解な部分が多く、世間の人々が真面目に聞いていても彼の独特な感性に追いつけない場合がある。清太郎君もそれをある程度分かっているため、他人に理解してもらうことを諦めているのだ。

 それが、清太郎君の性格が内向的に傾いている原因の一つである。


 こうして、ゴブリン討伐に向かう準備が完了したのだった。

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