第6話 冒険者パーティ救出

 ゴブリンの話の続きである。

 まだゴブリンで引っ張るのか。


 その日も、清太郎君と雛子さんは近所の冒険者ギルドへ「スライム討伐」の依頼を物色しに来ていた。

 集会所の玄関を潜り、受付嬢に軽く会釈し、それから依頼掲示板へ歩いていく。


 そのとき、清太郎君の前に、他の冒険者パーティが立ち塞がった。首にかけている冒険者証の色や、使い込まれた装備品からして、冒険者としてのランクが相当高そうな一団である。


「お久し振りです、清太郎さん」

「えっ、はい」


 清太郎君に話しかけてきたのは、亜麻色の髪の乙女。高身長なスレンダー美女。長く尖った耳は、エルフという種族の証である。


 清太郎君たちが冒険者ギルドに登録した頃、一度だけ彼女たちから挨拶されたことがある。

 そのときに自己紹介もしたが、清太郎君はすっかり彼女の名前を忘れていたが。


 相手側が清太郎君の名前を覚えているのに、清太郎君は彼女の名前を覚えていないとは、自分の記憶力を責めたくなる状況である。

 どうして脳は彼女の情報を消してしまったのだろう。脳は答えなかった。


「そんなに驚かないでくださいよ。いつも集会所や街ですれ違うじゃないですか」

「でも、会話することはほとんどないですから」


 エルフのお姉さん。

 いや、もしかしたら、エルフのお婆ちゃんかもしれない。エルフは不老長寿で、実年齢を外見から察しにくい。

 しかし、彼女の落ち着いた話し方から、それなりの年齢であることは分かる。


「それで、僕に何の用でしょう?」

「先日、ゴブリン討伐に出発した冒険者パーティが帰還していないのをご存知ですか?」

「ああ、はい。出発前に彼らと話しましたから」


 この前、清太郎君たちに挨拶してきた新米冒険者パーティ。「ゴブリン討伐に出発したまま戻らず行方不明になっている」とギルドの連絡板に書かれていた。

 そんな事実から、清太郎君はこの世界の諸行無常を知ったような気分になった。冒険者とは、生まれてすぐの死亡率が高い「r戦略」を繰り広げる生物なのかもしれない。

 清太郎君は親魚に食べられて死んでいく針子を思い出した。メダカの採卵を怠ると、そういう小さな悲劇が何回も生まれるのである。


「それで、その冒険者たちが、どうかしたんですか?」

「これから、私たちはギルドからの依頼で、彼らが向かったゴブリンの巣穴を強襲します。行方不明になった冒険者を放置したとあっては、ギルドの信用に関わりますからね」

「それは、大変ですね」

「しかし、救出には人手が足りません。この案件を、清太郎さんにも手伝ってもらいたいのです」

「ええっ……」


 突然の要望に、清太郎君は口を開けたまま固まった。


 正直、行きたくない。

 平和にのんびり生きていくために「スライム討伐」で稼いでいるのに、「ゴブリン討伐」に同行するなんて、安全な道を外れてしまうではないか。


 何か、やんわりと断る方法はないだろうか。いつも清太郎君はその方法を頭の中の仮想空間で模索しているが、なかなか見つからない。永遠に発見されることのない、テレビ番組で行われる埋蔵金発掘のようなものかもしれない。


「いえ、僕なんか、スライムとしか戦ったことのないような若輩者なので……」

「別に、前線に出て戦ってもらおうとは思っていません」

「えっ?」

「これから襲撃するゴブリンの巣穴には、多くの女性が囚われていることが予想されます。ゴブリン殲滅後、傷の手当てや治療施設への移送、遺体の身元特定など、そういった作業を私たちだけでやると手が足りません。清太郎さんには、そういう後方支援をお願いしたいのです」


 清太郎君は「なるほど」と頷いた。


 これは、最初にハードルを上げておいて、後から下げて交渉を進めるスタイルだ。

 清太郎君はそういうテレビショッピングを思い出した。「でも、お高いんでしょう?」からの「今から30分間だけ、何と、半額で!」という、「実は元々その値段で提供できたのだろうな」と、裏を読んでしまうパターンだ。

 この手の交渉は、相手がかなり譲歩したように見えるため、持ち掛けられた側は「自分も付き合わないと悪い」と感じてしまう。


 そういう意味で、このお姉さんは手強い。口下手な清太郎君の天敵である。


 コミュニケーション障害を抱える清太郎君だが、会話中にそれくらいのことは分かる。問題は、誘いを断る言葉を口に出すのが難しいことだ。


「ほ、報酬は?」

「群れの規模によって上下しますが、お二人には三割ほど渡すつもりです」


 依頼の詳細が記載された紙を清太郎君へ見せてくる。

 なかなか報酬額が高い。いつも清太郎君たちが受注する「スライム討伐」の数倍の額はあるだろうか。

 人命が懸かっていると、それだけ依頼人も必死になってくるのだろう。


 予定外の仕事というのは、任されそうになる都度に尋常でない焦燥感に駆られる。


 このとき、清太郎君は集会所に入る前から、「何か面倒な依頼を押し付けられそうだ」という予感はしていた。


 清太郎君の体内には、「残業センサー」という特殊な臓器が存在する。定時で帰れないような予定外の仕事が入りそうになると、胸の奥深くがムズムズするのだ。日本で社会人として生活していたとき、この「残業センサー」の働きによって、上司から任される追加業務を逸早く察知できた。


 しかし、断り方を知らない清太郎君は、自分へ向けられる残業を全て引き受けてしまい、身体を壊した過去がある。無駄に残業代を稼ぎ、貯蓄だけは結構あった。食費と交通費くらいしか生活支出のない清太郎君は、女性が男性に結婚条件として求める「低姿勢・低依存・低リスク」の「三低」を見事にクリアしていた、と言えよう。


 ただし、「女性にモテるか」と「結婚生活に向いているか」は、全くの別問題であり、清太郎君は雛子さんと出会うまで女性とお付き合いしたことはなかったが。

 雛子さんが外見の冴えない清太郎君を夫として迎え入れたのは、オスの三毛猫が産まれるくらいには奇跡的な確率だった、と言えよう。


 やはり自分の直感を信じて、集会所から引き返せばよかったな。


 清太郎君は、集会所へ足を踏み入れてしまった数分前の自分を恨んだ。「自分はスライムだけ倒して生きていくんだ」という堅いプライドを持っているわけではないが、あまり下手に仕事は引き受けたくないものである。


「本当に、戦わなくて大丈夫ですか?」

「状況にもよりますが、基本的に戦闘は私たちが引き受けます。清太郎さんたちには、アフターケアを任せたいのです」


 戦わなくていい。

 報酬もくれる。


 相手側からの譲歩に、清太郎君は断る言葉を失った。雛子さんに視線を向けると、「私なら行っても大丈夫だよ」と微笑む。最近、バク転できるようになったせいか、体力に自信がある雛子さんは「スライム討伐」に少し物足りなさを感じているらしい。雛子さんは「ゴブリン討伐」への同行に、少し目を輝かせていた。


「じゃあ、はい。行きます」


 清太郎君は、流されたのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る